夜。片付けと明日の仕込みが終わった厨房に、珍しい人がやって来た。
「およよ、灯滝チャーンじゃな〜い」
「じぇ、ジェノ……さん」
 声を掛けられる前から、気づいてはいた。がらんどうの食堂に響く特徴的な笑い声、そして奇声からして彼女以外に考えられなかった。
 作業を中断して、ジェノサイダーに用事を聞く。
「あのね、アタシご飯食べたいんだけど? ついでに白夜様の分も持って差し上げたいんだけど? どう? 用意できる?」
「すぐ必要なら、出来てるもので包むよ。それでいいかな?」
「オーッケー! 話が早くて助かるわあ〜」
 要するに余ったおかずを詰めるよってことだけど……まあ、黙っておこう。

「白夜様の“び”ーは、美青年の“び”〜。白夜様の“や”ーは、ヤラシイの“や”〜。白夜様の“く”ーは、クラックラの“く”〜。白夜様の“や”ーは、殺りてぇ……! の“や”っ☆」
「な、なにその呪文……」
「白夜様あいうえお。アンタが詰め終わるまでエンドレスリピートして待ってるから。はいワンモアセッ! 白夜様の“び”ーは〜……」
「え……本気で……?」
 恍惚とした表情で本当に繰り返し始めたジェノサイダーに背を向け、私は慌てて冷蔵庫まで駆けた。早くしないと……洗脳される!


「……はい、二人分だよ」
「よっ! 人畜無害の仕事人! ゲラゲラゲラゲラ!!」
 結局、例の呪文は何回か唱えられた後、「飽きた」の一言で終了。洗脳は免れた。
 夕飯を詰めた包みを差し出すと、ジェノサイダーに背中をバシバシ叩かれた。痛い。褒められていると捉えていいのだろうか……。

 と、ジェノサイダーは急に馬鹿笑いをピタリと止め、真顔になった。
「つーかさっきよ、包丁研いでた系女子?」
「うん。ここ来るまでは日課だったから」
「だと思ったー! 手つきがモノホンだもーん! わかるのよアタシもそうだからッ!!」
 真顔もすぐに破顔した。感情の振れ幅が大きすぎて、ちょっと疲れる。
 包丁研ぎは料理人の日課だ。仕事、嗜みと言ってもいい。以前は自分の包丁を毎日研いでいたが、今はそれがないので厨房の備品を研いでいる。
 学園生活を始めた最初の時点から、この厨房の包丁は切れ味がよく手入れが行き届いていた。砥石もすぐ見つかる場所に置いてあり、前に使っていた人間も私と同様包丁研ぎが日課だったようだ。天下の希望ヶ峰学園だし、一流のシェフが仕事をしていたのかもしれない。

「ジェノさんも何か研ぐの……?」
「なーに忘れちゃってんのさ! アタシの獲物、ハ・サ・ミ!!」
「あ、ハサミは研ぐの難しいよね。調理用のやるけど」
「アタシのはもっと細いからさー神経使うのよ。でも研いでる時ってシアワセなのよねん……コレが綺麗に刺さる瞬間を考えて……あはぁん……」
「切れ味のいい刃物は思い通りに切れてテンション上がる……っていうのは同意するかな」
 後半はさて置き、刃物の話題でこんなに共感してくれる人がメンバーの中に居たとは……。
 刃物使いで手入れにこだわっている、というジェノサイダーと私の共通点を発見してしまった。用途は全然違うけれど。

「あらヤダっ、こんな所で長話したら時間が勿体ねーわ! サンキュー灯滝チャーン! アデュー! バイバイベイビー!」
 本来の目的を思い出したジェノサイダーは包みを掴むと、別れの挨拶を重ねに重ねて走っていった。
「…………はあ……」
 嵐が去ったようにシンとする厨房。今ばかりは……その静寂が癒やしに思えた。

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