CHAPTER3
「今日は、石丸君と霧切さんがいないのですね……」
朝の挨拶もそこそこに、セレスさんはテーブルを見渡して腰掛けた。
「霧切っちは見張りだべ。」
葉隠くんが返したとおり、霧切さんは相変わらず監視担当だ。今朝も一言挨拶を交わすと食堂から出ていった。
山田くんもだけど今の石丸くん(やっぱりそう呼びたい)の状態からして、不測の事態に備えているんだと思う。直接脱衣場に行くことは最小限にしているから、洗濯がてら隣のランドリーにいるんだろう。朝食会も出ないと言っていたので、軽食セットを渡しておいた。
「石丸に関しては……わからんな……」
大神さんは腕組みをして空いている席を見つめていた。石丸くんが朝食会でよく座っていた、通称・議長席。数人が勝手に呼んでいただけだから、本人も大神さんも知らないと思うけど……。
石丸くんは石田くんになってから、もっと話を聞いてくれなくなってしまった。前と違って明確に拒否を口にするので、取り付く島もない。
食事している姿を見ていないのは気掛かりだけど、あんなに血気盛んに叫んでいるのだから、どこかで何かを食べていると思いたい。
石丸くんの話題に、山田くんは刺々しい反応だった。完全にライバル視している……。
童貞問題はさて置き、そろそろ朝食を……というタイミングで、特徴的な笑い声とともにジェノサイダー翔が乱入してきた。……続いて十神くんも。
ジェノサイダーは朝日奈さんのスリーサイズを挙げたりで、今日は朝から性的な話題続きだ。言い合う賑やかなグループを尻目に、セレスさんは十神くんに用件を尋ねた。
「俺に説明していない話があるはずだぞ……」
十神くんは射るような目で私たちを見回した。十神くんたちに話していない内容と言うと、アルターエゴの件だろう。だけどそれは、監視カメラのあるここで話すわけにはいかない。
事情があるので今は話せない、と大神さんが告げても十神くんは納得せず、同調しない側には情報すら与えないのかと皮肉たっぷりに返してきた。
苗木くんが「そんなつもりじゃない」と言っても、事情を知らない十神くんには通じない。意図がねじれて伝わっているとわかっていても、ここで解消はできないもどかしさに溜め息が出た。
口を割る気がないと踏んだ十神くんは、次に石丸くんの状態を聞いてきた。
駄目になってしまった、と俯きがちに答えたセレスさんの答えに、十神くんは鼻で笑って「面白い事になりそうだ」と口の端を上げた。
そして「偽りの仲間意識を頼りにすると、手痛いしっぺ返しを食らう」と忠告すると、十神くんは私たちに背を向け……急に走り去った。
全員呆気にとられる中、ジェノサイダーは自分から逃げたのだとわかると猛ダッシュで追いかけていった。……嵐のような時間だった。
「非道キャラが展開変わる度に、性格変わったり、ヘタレになるパターン……」
山田くんが十神くんを分析する。十神くんの印象が少し変わったのは、ジェノサイダーに憑かれている影響なんだろう……。
*
「おっ、灯滝っち! これから暇か?」
昼食を終え、食堂から離れる時間を前に出ようとしたところ、廊下から葉隠くんが声を掛けてきた。
「まあ暇、になるかも」
「なら丁度いいべ。一緒に娯楽室でゲームするべ! さあっ!」
葉隠くんは今にも連れて行こうという感じで、両手を校舎入り口側に伸ばし、誘致の図だった。
「え、今すぐ……?」
「おいおい、暇なんだろ? 嘘ついたらチュパカブラに吸血されんぞ!」
「それ葉隠くんが呼ぶの? 呼べるの?」
呼ぶ呼ばないじゃない、チュパカブラはあっちから襲来するんだべ! ……とか何とか力説する葉隠くんを見遣りつつ、誘いに乗るか考える。時間がある時に洗濯しておきたかったところだけど……。
「……ははーん。さては、あれだな? 俺がちゃんと持て成しできねーと思ってんな? だーいじょうぶだべ! 倉庫で飲みモンとか漁っといたから手ぶらでいいぞ。でもゲームは真剣勝負だべ!」
「なんかテンション高くない……?」
「さっき軽い気持ちでセレスっちとオセロしたらだな……コテンパンにされた上に俺の占いバカにすっから……ああもう我慢ならん! もっとオセロの腕を磨いてリベンジだべ! ってわけだ! 相手をギャフンと言わせるには、あえて相手の得意なモンで潰すのが最も効果的だかんな!」
返事の隙無く捲し立てる葉隠くんは、雪辱に燃え上がっていた。
「うーん……」
何回か相談に付き合ってもらっている手前、断るのは悪い気がする。でもタスクも片付けたい……。
*
悩む顔を見せた私に「頼むべ!」の追い打ちがかかり……そうまで言われては、首を横に振れなかった。
3戦まで、と上限を約束して、珍しくお持て成しスタイルの葉隠くんと共に娯楽室に来た。
入って正面にある一人掛けのソファに座り、ローテーブルを挟んで対峙する。
「オセロ、ねえ……」
ルールくらいは知っているが、最後に遊んだのはいつだっただろう……。
葉隠くんはペットボトルやキャンディ包みのお菓子を机上に置くと、持て成し要素を出し切ったようで、「灯滝っちも好きなの取っていいぞ」と言いつつ先にお茶を飲み始めた。
「せっかくだから何か賭けるか。俺に勝てたら……占い一回分タダにしてやってもいいべ」
「占いは間に合ってるんで、要らないよ」
「歯に衣着せんで返してくれるのな……。じゃあ俺が勝ったら、灯滝っちに好きな献立作ってもらうっつーのは?」
「リクエストはいつでも受け付けてるよ」
「っだー! 全然賭けにならん! 何なんだべ灯滝っち!!」
「……と言われても……」
ゲームに張りを出そうとしてんのに……と肩を落とされると、少し悪いことをした気持ちになってくる。どちらにも嬉しい賭けになる物がないか、頭の中から捻り出した。
「じゃあ……モノクマメダルは? 葉隠くんも持ってるよね」
「あー……たまに落ちてたり部屋に置かれてたりするやつか? あれ使い道ねーべ」
「それが、購買部のガチャガチャで使えるんだよ。私も昨日知ったばっかりだけど」
「へっ? そうなんか?」
昨日、苗木くんに教えてもらったそのままの情報を葉隠くんに流す。葉隠くんも知らなかった側らしい。苗木くんは当然のようにモノモノマシーンについて喋っていたけれど、実は知っている方が少数側かもしれない。
「生活用品からよくわからないグッズまでいろいろ出てくるよ。今度使ってみたらいいよ」
「ふーむ。それで手を打つか。メダル賭けなんてカジノみてーだな」
「遊ぶゲームはオセロだけどね」
お互い手持ちはほんの数枚なので、自室所持の概数で賭けて後で精算することに決めた。
「んじゃ、賭けたメダル数とこれからの勝敗はちゃーんとメモっとくからな。誤魔化しはナシだべ」
葉隠くんは『葉隠 20』『灯滝 15』と紙にしたためた。その文字は……お手本のような楷書。あまりの美しさに、私は感嘆した。
「わ……すごい、字が綺麗……」
「汚い字を書くと呪われるから、例えメモだろうとしっかり書くべ」
しっかり書く、くらいの意識でそのレベルに仕上がる人間は……ほんの一握りだろう。
でも、あの葉隠くんが、こんな美文字使いだったなんて……。
「葉隠くん……ちょっと見直した」
「おう、……っつーか、俺は見直しが必要な存在なんか……?」
素直に尊敬の念を伝えたつもりだったのに、葉隠くんの笑顔は引きつり気味に見えた。
……ともあれ、準備が整ったところでゲーム開始だ。
*
「Foooooooooo!!! 3戦3勝だべっ!!」
「……な、なんで……」
歓声を上げ喜ぶ葉隠くん、それとは逆に……私は無残だった。
黒を取っても白を取っても、最終的に盤上を占めたのは全戦、葉隠くん側の色だった。
「アレだな、灯滝っちは視野を広げたほうがいいべ。前に置いたとこの近くで、すぐひっくり返せるのばっかに置いてっから、もっと有利になれるとこを見落としてるんだべ」
「それ今言われても……」
「ま、そうやって人は成長していくもんだべ」
「答えになってない……」
がっくりと肩を落とす私に、遅すぎるプレイアドバイスと的外れの励ましをくれた葉隠くんはイキイキとしていた。
葉隠くんのレベルアップには貢献できた気はしないけれど、セレスさんに滅多打ちにされた傷心からは立ち直ったようだった。
「よーし。弾みをつけたところで苗木っちとでも対戦してみっか……その後セレスっちにリベンジだべっ!」
寄宿舎まで戻り、ほぼ全部のモノクマメダルを献上したところで、葉隠くんと別れた。
全敗により、私のモノクマメダルは……この2日で残り数枚まで擦ってしまった。
賭け事は良くない、私は堅実に仕事だけしよう……。固く心に誓って、私は洗濯物の片付けに移った。