灯滝さん……!」
 夕食の片付けも終わろうとした頃、食堂の入り口から大きな声を出して駆け寄ってきたのは、霧切さんだった。カウンター越しに見た彼女は、いつもと様子が違っていた。
「“全員でお風呂に入りましょう”。女子には私が声掛けをして来るから、ここに集まったら一緒に脱衣場へ……もちろん腐川さんもよ」
「全員……!? わ、わかった」
「丁度いいところに葉隠君が居たから、彼には話しておいたわ。男子にも伝わるでしょうね」
 ポーカーフェイスではあったけれど、彼女は確実に慌てていた。遠くから大声で呼ぶなんて、普段の霧切さんなら絶対にしない。矢継ぎ早に出てくる言葉を懸命に咀嚼して、頷いた。

「声掛けが終わったら、私は先に脱衣場に行くわ。……出来るだけ早く集まることを祈ってる」
 そう言って霧切さんは再び駆け足で食堂から出て行った。
 しばらくしてまず来たのは、セレスさんだった。倉庫に行こうと廊下に出ていたところに、葉隠くんと霧切さんが通りかかったという。
「集まるまでは、もう少し掛かりそうですわね……倉庫の用事を済ませたかったのですが」
「悪いけど……“お風呂”の後にしてもらっても――」
「冗談ですわ。それくらい弁えております……」

「おや……セレスっち、早いな。灯滝っちも霧切っちから聞いたか?」
「うん、さっき……」
「俺は、たまたまランドリーに行こうとしたところで捕まってパシリだべ……」
 続いて来たのは葉隠くん。やれやれと頭を掻いたその眉間には、少しシワが寄っていた。
「ご愁傷さまです」
「葉隠くんが男子担当してくれて、助かってるよ?」
 セレスさんと私が労いのような、そうでないような言葉を投げると、大きな溜め息が返ってきた。
「はぁー……。女のほうはすぐ風呂行けて羨ましいべ……こっちはどう持ってくか考えねーと怪しまれるだろ……? 部屋にいるかもわからんし――」


「オレを食堂に呼びつけたのはどこのどいつだぁー!?」
「ヒッ、石丸っち! よりによってオメーが男子の一番乗りか!」
 バァン、と扉の打ち付ける音が鳴り、ズカズカと入って来たのは石丸くんだ。葉隠くんはもう頭を抱え始めた。
「決闘でもしようってのか!? 山田かァ!? 出てこいオラァッ!!」
「“超高校級の風紀委員”たる貴方が、なんてはしたない……」
 石丸くんより遥かに小さな声量で、セレスさんは彼を刺した。
 自分に突っかかってきた、と捉えた石丸くんは、真っ赤な瞳をいっそう滾らせて彼女を睨みつける。

「何だぁ、女ァ? 真っ黒い服ヒラヒラさせてんじゃねーぞ!」
「わたくしの服装に言及する前に、まず自分が発する騒音を止めるべきでしょう? 今ここの風紀を乱しているのは、紛れも無く貴方です」
「なっ……なんだとォ!?」
 以前にも増して感情的になった石丸くんは、負けじとイチャモンに近い文句をあれこれ投げつける。しかし、セレスさんの冷々とした論述に次第に言いくるめられてしまった。
 最終的に石丸くんは、セレスさんの隣の席にストンと座っていた。まだ喋ってはいるものの、全方向への大音量はおさまった。

「セレスさんが石丸くんをコントロールしてるなんて……」
「意外だべ……」
 てっきり服装をなじられてブチ切れ……いや怒りを露わにして収集がつかなくなるパターンと思いきや……。
 私の言葉を引き継いだようなセリフを連ねた葉隠くんのほうを見たら、私と同じように右手を口にやってポカン顔だった。……こんな同調(シンクロ)は求めていない。目が合うと、二人して我に返った。

「――じゃなくって! 何故だか馴染んでしまっていたが……俺は校舎の方を回ってくるって伝えようと来たんだべ! 全員完了しねーとずっとパシリ……そんなん嫌だべ……!」
「安心しろ! たとえ山田が来たって、この食堂の風紀は俺が乱させねーぜ!」
「オメーが一番心配だべ……」
 葉隠くんは石丸くんの登場で調子が狂ってしまっている。霧切さんからの課題はなかなかの無理難題だ。
「女子が集まるまでは見てるから、いってらっしゃい」
「頼むべ……」
 ひらりと手を振って送り出すのが、精一杯のエールだ。
 去っていく葉隠くんの背中からは、哀愁が漂っていた。リーダー代理になってからの彼は、どうにも苦労続きだった。



 女子が揃った頃には十神くんと山田くんも来ていたので、彼らに石丸くんを託して(二人とも心底苦々しい顔をしていた)女子は脱衣場に移動した。
灯滝さん……少しよろしいですか」
 脱衣場へ入りかけた時、セレスさんが私を引き止めた。他の女子は先に入って、少しの間廊下に二人きりになる。
「先ほど……食堂に入る前に、葉隠君から手紙を預かっておりましたの。……霧切さんの話が終わったら、灯滝さんとお話がしたいそうですわ」
 几帳面に小さく畳まれた紙を広げると、縦書二行で“食堂に集合せよ!”の文字。その無駄な達筆は、確かに葉隠くんの字だった。
「なんで手紙……? さっき居る時に言えばよかったのに……」
「理由はわかりませんが、あまり多人数に知られたくなかったのでは?」

「まあ……よっぽどの事なのかな……。わざわざありがとうね、セレスさん」
「これくらい構いませんわ。でも……このわたくしに使い走りをさせたのですから……しっかり約束を果たしてくださいませ?」
 目を見開き真顔で凄むセレスさんに気圧されて、無言で首を縦に振った。
「では、霧切さんのお話を聞きに行きましょうか」
 彼女の表情がいつもの微笑みに戻ったのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。二人で脱衣場に入った。



 女子が脱衣場に集まって間もなく、石丸くん、十神くん、山田くんが来て、少し後に葉隠くんが苗木くんを連れてきた。
「えーっと、とりあえず全員集合したみたいやね!」
 パシリから開放された葉隠くんは清々しい顔をしていた。
 ……でもこれからが本題だ。急かすメンバーもいる中、霧切さんはずっと噤んでいた口をようやく開いた。
「アルターエゴが……ノートパソコンが……無くなっていた……」
 アルターエゴには、石丸くん、山田くん、見知らぬ人のいずれかが来たら叫び声を上げるように言って、霧切さんは1日中ランドリーにいた。それなのに、先ほど確認しに来たらアルターエゴは消えていたのだと言う。

 事情を知らなかった十神くんも、話の中で“重要な手掛かりを持つ存在が消えた”事を把握していた。
 十神くんの考えでは、先の二人と監視役の霧切さん、彼女にパシられた葉隠くんを除いた誰かが犯人。あるいは裏切り者――黒幕側の人間、内通者がこの中にいる可能性を挙げた。
「裏切り者なんて……そんな」
「なんでもいいッ!! なんでも……いいよ……」
「同感だぁ……」
 誰でもいいから彼女を助けてくれ、兄弟を無事に返してくれと、山田くんも石丸くんも半泣き、あるいはボロ泣きだ。自分の元に返してくれというのは置いておいて、悲痛な気持ちはわかる。私も朝日奈さんと一緒に同意していた。

 霧切さんはアルターエゴを壊す目的ではないだろうと推測していた。すなわちどこかにアルターエゴがある、という事だ。
「ですが……間もなく夜時間になりますし、アルターエゴの捜索は明日からがよろしいかと」
 セレスさんが休んでから探すべきだと山田くんと石丸くんに言っても、彼らは今すぐにでも飛び出しかねない勢いだった。
「夜中に目立った行動をしていると、黒幕に勘付かれてしまう可能性が高いわ……」
 霧切さん、そして苗木くんもセレスさんの意見に賛成し、もう一度諭すように二人に話した。彼らは唸りながらも……逸る気持ちを抑えて、リスクを避ける方を取ることを了承してくれた。

「では、今日のところは解散しましょう。」
 セレスさんの声掛けで、脱衣場の入り口側の人からバラバラと帰っていく。後から入ってきた男子が先に出ていった。
 苗木くん、葉隠くんと去り、十神くんは最後にまた裏切り者説を話して行った。山田くんと石丸くんも傷心のまましんみりと出て行く。
 続いて私も廊下に出た。……夜時間が近いとはいえ、約束があったことを思い出した。
 ――食堂に行って、葉隠くんの話を聞くんだった。

←BACK | return to menu | NEXT→

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル