CHAPTER3
数品が仕上げ寸前まで出来上がり、煮込み物も落ち着いた。ふと時計を確認すると、明け方に差し掛かっていた。……あれから5時間以上過ぎたわけだ。
休みなく動いてきたので、少し座って体を休めることにした。
足の裏がジンとする。座ったことで、体が疲労を実感し始めていた。
……いけない。何か考えて眠気を防ごうと頭を働かせる。
うんうん唸っているうちに……葉隠くんのことを思い出していた。
結局、手紙で呼び出したのは何だったんだろう。
実はこれ自体が葉隠くんのいたずらで、私はまんまと引っ掛かったとか……? 食堂から出ようとした時に突き飛ばしたのも、葉隠くん……? まさか、校則違反にして、殺そうと……?
「…………」
眠気より悪いものを呼び込んでしまった。……疑心暗鬼。
気持ちを切り替えないと料理に影響してしまう。何か楽しいこと……!
はたと、昨日(正確には一昨日)のモノモノマシーンで引いたグッズを思い返した。
あかの着ぐるみ……むっくむくの赤いボディが恋しい。苗木くんに交換してもらった、みどりの着ぐるみ……がちゃがちゃなアイツが料理に挑戦ロケとかしないだろうか。お供のむっくむく目当てだけど、それならテレビが来ても大歓迎なのに……。
……ものすごく不毛な想像をした。でも……とにかく元気は出た。
そろそろ仕事に戻ろうと、私は立ち上がった。
*
『オマエラ、おはようございます! 朝です、7時になりました! 起床時間ですよ〜!』
何事もなかったように朝の校内放送が入った。結局モノクマが現れることはなく、私は食堂で夜時間を過ごしきった。
“立ち入り禁止になる寸前に立ち入った”場合は、例えロックがかかってからその空間にいても校則違反ではない、という事か。あるいはこの後で“見せしめ”にされるのだろうか……江ノ島さんのように。
どうなるかはわからない。なら、できることをするしかない。
だからまずは……お花を摘みにダッシュした。約10時間……私はがんばった。
ダッシュで戻ってきても、まだ食堂には誰も来ていなかった。
だが今日はアルターエゴ探しがある。みんな早めに動きそうなので、先にテーブルへ料理を運んでおくことにした。
「おはよう、灯滝」
「灯滝ちゃんおはよー!」
一番乗りは大神さんと朝日奈さんだった。今日は朝のトレーニングをしていないのか、やはり早かった。清々しい爽やかさを纏った二人は徹夜明けの目に眩しい。
朝の挨拶を返すと、二人の目はテーブルの上の料理に移っていた。
「何これスゴイ! 朝からフルコースだね! 今日は誰かの誕生日!?」
「ローストビーフか……ずいぶん時間を掛けたようだな、灯滝」
「横のコレも何かな? パン? シュークリームみたいな?」
「ヨークシャープディングっていって、よくローストビーフに添えるんだよ」
本場では日曜の昼に食べるのが習慣で……と、以前に仕事場の給仕の人がお客さんに言っていたのを思い出す。久しぶりに作りたくなったから作ったので、そういった部分はお構いなしだ。
「しかし灯滝……このような手の込んだ物、いつから用意していた? まさか……」
大神さんがハッと息を呑んだ。……少しでも料理を知っていれば、この献立が普通ではないことには気付くだろう。
これは、それは、と料理をひとしきり尋ね終わった朝日奈さんも、私を見て顔色を変え口元に手をやった。
「ていうか、灯滝ちゃんどうしたの!? いつになくひどい顔してるよ!?」
ひどい顔、なのは……仕方がない。正直な言葉に頭を殴られたようなダメージを感じつつ、困り笑顔で朝日奈さんに返した。
「……えーと、徹夜しちゃった。」
「ええー!?」
“時間の掛かる料理”という証拠もあるので、素直にどういうことかを二人に説明した。
ただ、葉隠くんに手紙で言われたから食堂にいた、とは言わなかった。忘れ物をして探していた、と誤魔化しておいた。
「ロックが掛かる前に入ったから問題なかった、という事か……?」
「灯滝ちゃんよく耐えたね……私だったら絶対寝てたと思う、うん」
驚きを隠せないといったリアクションが返ってくる。自分自身もそうだ。
「――おはよう。……灯滝さん、寝不足?」
二人に話し終えた頃合いで霧切さんが来た。ひと目で見抜くその観察眼には、完敗だった。
「霧切ちゃん鋭い。徹夜明けなんだって」
私と反対に霧切さんは昨日より血色がよさそうだった。アルターエゴ監視役で、連日あまり眠れなかったのだろう。盗まれたから休養を得られた……なんて考え方はよくないけれど。
「……灯滝よ。個室に戻って仮眠を取ったらどうだ? アルターエゴ探しどころではあるまい……」
「その方がいいよ! これだけ料理があれば、しばらく食事に困らないし!」
「……でも」
「事情は知らないけれど、今のあなたは休養を必要としている。ただの寝不足以上の疲れが見て取れるわ」
「私とさくらちゃんで、霧切ちゃんや後から来た人に説明しとくから休んできなよ。ね?」
「探す方は、気合の入っている人たちがいるから……大丈夫よ」
頷く大神さんに加え、霧切さんのもう一言が押し問答の止めとなった。
「…………うん。少し、寝てくる」
食堂を出て一人になると、奥に追いやっていた眠気と疲労感が体に廻り始めた。肉体的な疲れというより……気疲れだろうか、頭が重たく感じて、だるい。
……葉隠くんは今、個室にいるだろうか。騙してからかったのか、あわよくばと私を殺そうとしたのか……。疑心暗鬼が疲れと重なって、嫌な考えで埋まっていく。
今、葉隠くんの部屋を訪ねて直接確かめに行く気力はなかった。
……勝手に裏切られたような気持ちでいた。
自分の個室の前に来る頃には、足元がふらついた。鍵を開けて中に入ると――もう限界だった。
そのままベッドに吸い込まれるように入った。目を閉じて寝てしまえば、暗鬱な気分からも逃れられる。
思惑通りに考える隙もなく、私は眠りに落ちた。