いたい、揺れる……頭が……脳が振らされているような。……なんだろう、これ……。
 いたい……痛い? 熱い、痺れる、腫れる感覚…………両頬が。……頬……?
「……ろ…………きろ……、――起きろ灯滝ッ!!」
「っ……いっ!?」
 強烈な外部からの刺激によって、私は妨害される形で睡眠から覚醒した。
 眠っていたいところを強引に引き戻された不満で、眉間にはシワが寄る。渋々目を開くと、付けっぱなしだった灯りを覆うように私を上から見下ろす人がいた。

「……やっと起きたか」
「…………十神、くん……?」
「今まで寝ていたとは、呑気な女だ」
 十神くんが私を見ていた。彼が私を起こしたのか……珍しいこともあるんだな……。
 ――と思ったけれど、これはおかしい。ここは……私の部屋だ!
「な、な、なんでここにッ」
「捜査中だ。鍵は開いていたんだから問題ないだろう?」
「えっ。……締め忘れてた……?」
 跳ねるように起き上がって私は尋ねた。十神くんはこれが世界の総意と言わんばかりの堂々たる態度を崩さない。
 鍵を掛けなかった記憶はないが、掛けた記憶もない。……さっきは心身がくたびれていて、それどころではなかった。とにかく鍵は開いていた、らしい。

「いつから寝ていた」
「夜時間が開けてから15分くらい後に、食堂から真っ直ぐ戻ってきたから……その後すぐ……、ていうか、さっき“捜査”って言った? 何かあったの?」
 ジンジンする頬をおさえつつ聞き返した私に、十神くんは何か見定めるような視線を投げていた。それもほんの数秒で、彼は小さく溜め息を吐いて返答した。
「……。殺人が起きた。二人死んだ。死体発見アナウンスも二回流れている」
「二人!? ……だ、誰が……」
「石丸、そして山田だ」
「…………っ」
 名前を挙げられると一気に現実味が増し、衝撃が全身を走った。
 石丸くんが、山田くんが……。


「アリバイがなく、現在行方不明なのは葉隠のみ。だが、犯人は……」
「葉隠くん……それじゃあやっぱり……」
「何か知っているのか?」
 私が言葉を漏らしたのを、十神くんは聞き逃さなかった。
 夜時間の件と合わせて、全て葉隠くんの仕業なのか――。確証がなくても……考えはそちらに傾いていた。
「何故黙る。後ろめたい事でもあるのか」
 犯人だなんて信じたくない、でも……葉隠くんを信じられない。
 十神くんが痺れを切らすより早く、私は口を開いた。

「私……夜時間中、食堂に閉じ込められていたんだけど」
「それは聞いたぞ」
「さっき……朝に聞かれた時、朝日奈さんたちには嘘言ったけど…………夜時間の校内放送の後、鍵が閉まる寸前に急いで出ようとしたんだ。でも、外側から誰かに突き飛ばされて……もう一度扉を押した時にはロックが掛かってて、出られなくなっちゃって……」
「……ほう」
「夜時間直前に食堂に行ったのは、葉隠くんから手紙で呼び出しを受けたからで……だから……突き飛ばしたのも、葉隠くんなのかもって……」
 一つ眉を動かした十神くんは、私が話し終えたと見ると疑問を潰しに入った。

「葉隠から手紙を渡されたのか」
「ううん、セレスさんから貰った。葉隠くんから頼まれた、って」
「手紙は葉隠本人からと断定できるのか?」
「文字は絶対に葉隠くん本人が書いてた。あんな綺麗な字はなかなか書けないと思うし」
「確かに、無駄に達筆だったな。……現物は無いのか?」
「あ……そういえばセレスさんに見せてもらっただけだ……」
「……なら、文面は覚えているか」
「縦書二行で大きく“食堂に集合せよ!”ってだけの手紙だったよ」

 そこまで聞くと十神くんは、苛つきを抑えるような低い声でもう一つだけ質問をした。
「おい……昨日全員が脱衣場に呼ばれた時、お前はどうやって招集を知った」
「霧切さんから直接聞いたよ。女子は“霧切さんに誘われてお風呂に入る”事にしていたから。男子は葉隠くん担当で……十神くんのところにも呼びに行ってたでしょ?」
「……なるほどな」
 十神くんは一人で納得し、薄笑いを浮かべていた。

「お前も嵌められた側のようだな、灯滝
「……え?」
「ククク……思わぬ収穫をした。何度もはたいた甲斐があったというものだ」
「やっぱ殴って起こしたの……」
「両頬を平手打ちしただけだ。人聞きの悪いことを言うな。」
 それは通称、往復ビンタという……。頬の違和感は、十神くんによるものだった。


「えっ、で、帰るの……!?」
 無言で身を翻し、ドアへ向かおうとする十神くんを引き止めた。
「お前にもう用はない。せいぜい寝惚けた頭を覚醒させておけ。そう遠くないうちに学級裁判が始まるぞ」
「ま、待って、私も行く」
「付いて来るな」
 威圧的な全身全霊の拒否をされても、今は彼に縋るのが状況把握の近道だ。引くわけにもいかない。

「だって、石丸くんと山田くんがどこで亡くなっているかも知らないし! 状況を教えて欲し――」
「……フン、俺は一人で現場に戻る。お前に構う暇などない」
 私の言葉を遮った十神くんは、言い終わると背を向けドアに手を掛けた。
 ……わざわざ行き先を宣言……それは、私が付いて行っても感知しない、ということ……?
「……もう喋らないから、付いて行くのは許してね……」
 私は小声で投げかけて、離れないよう急いでベッドから出た。
 誰にも容赦がない彼が救済措置を残してくれたのは、情報提供のお礼か何かだろうか……。





 寄宿舎から校舎側に入った十神くんに付いて行く形で、私も彼のやや後ろを歩く。
 すると、保健室から苗木くんが出てくるのが見えた。
「あれ、十神クンに灯滝さん。起きたんだ……っていうかどうしたのその顔!?」
「苗木くん……」
「起きないので両頬を平手打ちしただけだ。それより苗木、ここにいたのか。捜したぞ……」
「それって往復ビンタ……。って、それもそうだけど、ボクを捜した……?」
「捜してたの……?」
 個室を出てから話は一切していなかったので、必然的に初耳だった。

 十神くんは苗木くんに「さっきのお礼」と前置きしてから、葉隠くんの部屋に行ってみろと意味深な笑いを添えて伝えていた。
 併せて、何やら渡していたのは紙切れだった。広げて苗木くんに見せたものを、私も覗きこむ。……刹那、動転した。
 “食堂に集合せよ!”――私がセレスさんから受け取った内容と全く同じだったのだ。
「これって、葉隠クンがボク達を集める時に使ったメモ書きだよね……?」
「えっ!? “ボク達”……?」
「ほら、昨日の夜みんなが脱衣場に集合した時だよ。葉隠クンが男子の部屋に手紙を入れていたんだ」
「え、え……!?」
 葉隠くんは私に渡す手紙も、これでいいやと流用した、のか……?

「これでハッキリしただろう。……これは罠だ。」
「どれが……?」
「……どういうこと……!?」
 苗木くんも私も混乱するばかりだった。
 ますます面白くなったきた、と一人ごちる十神くんは含み笑いだけでそれ以上を話してはくれなかった。

 苗木くんはアドバイス通りに葉隠くんの部屋に向かうことにしたらしく、その場で彼と別れた。
「お前も葉隠の部屋に行ってみたらどうだ」
「……入りたくない」
「“騙されて閉じ込められたから”か? ……勘の働かない奴だ」
「そう言われても、事件の流れも中身も掴めてないんだよ、私……」
「……」
 返事をせずに移動を始めた十神くんに、私も黙って付いて行くのを再開した。会話を遮断されるのは……心の耐久力を試されている気分だった。



 2階に上がり、十神くんは3階を目指しているのか……と思った矢先に、朝日奈さんが大声でこちらを呼び止めた。
「あっ、十神! 灯滝ちゃんも! ……灯滝ちゃん眠気は覚めた?」
「目が覚めたら、眠っていられない状況だったよ……」
「現場保全放棄とは大層なご身分だな、朝日奈」
 上から冷めた目で突付く十神くんにも飛びかかりそうな勢いで、朝日奈さんは胸の前に両拳を作って訴えた。

「違うよ! 緊急事態なの! 霧切ちゃんが見つかったって!」
「え? 霧切さんも行方不明だったの!?」
「なんだ、死体にでもなっていたか?」
「縁起でもない事言わないで! 違くて、霧切ちゃんがジャスティスロボを見つけたって……!」
「ジャス、……ロボ?」
 新情報と聞きなれない名詞がまた出てきた。

「あっ正確にはジャスティスロボの衣装を着た葉隠で……」
「葉隠くんが……ロボなの?」
「説明は後で聞け。それで、場所は?」
「水練場、プールサイドのロッカーだって! 私、他の人にも知らせてくるから、先に行ってて!」
 まくし立てた朝日奈さんは、廊下を猛ダッシュして行った。

 巻き起こったそよ風が凪ぐと、十神くんは顔色一つ変えず端的に私へ伝達した。
「行先変更だ」
「……お願いだから、少し事情を教えて下さい……わけがわからないよ!!」
 進行方向を180度反転し、留まる私から離れていく十神くんにやけくそで叫んだけれど、やっぱり止まってはくれなかった。

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