CHAPTER3
水練場に着いてしばらくすると、現場保全の大神さんとジェノサイダー(朝日奈さんの代理らしい)以外の全員が揃った。
私、十神くん、苗木くん、朝日奈さん、セレスさん、霧切さん、そしてジャスティスロボ……の衣装を着た葉隠くん。……石丸くんも山田くんもいない。
霧切さんはプールサイドのロッカーの中に嵌って眠っていた葉隠くんを発見し、蹴っ飛ばして起こしたと言う。
渦中の葉隠くんはというと、気づいたらここで眠っていたとしか言わない。
衣装が自力で脱げないと嘆く葉隠くんは、みんなに手伝ってもらって元の姿に戻った。どうやら、こんな恰好をして石丸くんと山田くんを襲った……容疑が掛かっているらしい。
「なにこれ何でこんなピッタリ仕様なの!? 灯滝ちゃん、そっち持っててくれない?」
「うん……」
「ちょっと、左胸んとこ押さえてるヤツ! やる気が感じられねーべ! そんなんじゃいつまで経っても外れねーぞ!」
「貴方が頼んだから手伝っているのよ。いい加減にして。」
「あっ、はい……何卒よろしくお願いします……」
……私を閉じ込めた後に、二人も殺した……? 目の前の、葉隠くんが……?
そんな考えばかりが巡り、作業は上の空で何もかも身が入らなかった。
ジャスティスロボの衣装は、葉隠くん以外には合わない仕様だった。襲う姿が確かに目撃されたと言うのなら、やっぱり葉隠くんが……犯人……?
「なに? 犯人とかなに? 俺は知らーんッ! きっと俺のフリした誰かの仕業だべ!!」
葉隠くんは、被害者が石丸くんと山田くんだと苗木くんに説明されると「犯人はアルターエゴだ」と言ったり、部屋のドアに挟まっていたメモに誘導されて娯楽室に向かったら眠ってしまったと弁明したりで、全力で犯人じゃないと訴えていた。
だけど、セレスさんが言うように……どの説にしたって、納得できる根拠や証拠がなければ……信じられなかった。
「そもそも、どういう流れで事件が起きてんのか、サッパリわかんねーんだが! なあ灯滝っち……腹も減ってっからよ、飯がてら食堂で事情を聞かせてくれ……」
「…………」
「あれ……灯滝っち……?」
「私……石丸くんと山田くんに会ってくるから……ご飯はたくさん作ったから、好きなだけ食べていいよ」
思えば、今までは事件が起きるたび、葉隠くんと食堂に行って話をしていた。
いつもの流れで、いつもどおりの雰囲気で、葉隠くんは私に声を掛けた。でも……私は、そうはなれなかった。
「葉隠くん……。昨日の夜時間の直前……どうして来なかったの? それとも……葉隠くんが、私を食堂に突き飛ばして閉じ込めたの? 最初から、そういうつもりで……」
「へ……? な、何のことだべ……?」
「何もかも……葉隠くんが、仕組んでいたの……?」
面と向かって、本人に言った。尋ねるというより、もうそれが自分の中では真実で、わけを聞くような気持ちだった。
「それは違うべ! 本当だって!」
「まあ! 灯滝さんにも一計を案じていたんですか! 全てを仕組んだ犯人のくせに、この期に及んでよくそんな事を言えますわね」
「灯滝ちゃんを閉じ込めたのも葉隠だったの!? 最ッ低……。灯滝ちゃんはね、校則違反になるから寝られなくて、朝からひどい顔だったんだよっ!」
セレスさんも朝日奈さんも葉隠くんが犯人だと断定している。糾弾を浴びても、葉隠くんは“被害者側”のスタンスを崩さなかった。
「と、閉じ込め!? オメーも何か巻き込まれたんか!?」
「……そろそろ捜査を再開させるか。葉隠もわめいているヒマがあるなら、探し物を急いだ方がいいんじゃないのか?」
「……ハッ、そうだった! メモと衣装、急いで探さんとッ!!」
十神くんの言葉に葉隠くんは慌てて、プールサイドを走って出て行った。
他のみんなもそれぞれの場所へと散り始める。
私は現場の見張り役だと言う朝日奈さんに頼んで、一緒に現場まで行かせてもらうことになった。十神くんは……それでも何も言わずに行ってしまった。状況がまた変わったことだし、現場以外を調べに行ったのかもしれない。
*
現場……美術準備室に入ると、倒れている石丸くんと山田くんの姿に絶句した。
うつ伏せの石丸くんは、ここ数日の“石田”と名乗っていた雰囲気はなく、石丸くんとしてそこにあった。……頭部の血がなかったら、ただ派手に転んでしまっただけのような気すらする。でも……起き上がる様子は全くなかった。
仰向けの山田くん……血だらけの海に苦しそうな顔で浮かぶ彼は、目から涙の筋が通っているのが見えた。自分が死ぬと悟ったら、こんな表情をするのかもしれない。
朝日奈さんの代理で現場保全に立っていたジェノサイダーは、私たちが来るとすぐに現場を出て行ってしまった。朝日奈さんは不安げに自分がいなかった間のことを大神さんに聞いていたけれど、何事も無かったようだった。
私は大神さんから、この事件のあらましを教えてもらった。ジャスティスロボによる連続襲撃、死体の同時発見……。それぞれの現場から消えた後、ここ美術準備室で発見され、一瞬息を吹き返した山田くんが残した言葉が“犯人はやすひろ”……。
「“やすひろ”って、葉隠くんの名前……じゃあやっぱり全部、葉隠くんが……?」
「我には何とも言えぬ。だが最も疑われている存在であるのは間違いない」
話を聞いている間に、苗木くんと霧切さんが現場に来ていた。霧切さんも事件の状況には疎かったようで、苗木くんから話を聞きながら亡くなった二人の体を触って調べていた。
「……ねえ灯滝さん、ちょっと手伝ってもらってもいいかしら」
「え、私……?」
不意に霧切さんに呼ばれて、彼女と同じような捜査をするのか、と緊張がよぎった。
「別に難しいことを頼むわけではないわ。私の言うことをメモして欲しいだけよ。少しの間、記録役になってくれないかしら」
「ああ……そういうことなら、大丈夫だよ」
『8時頃まで食堂で待機』……『セレスが階段付近にいるジャスティスロボを目撃』……『葉隠の証言によると、彼が読んだメモには深夜1時に娯楽室に集合とあった』……『山田所持のメモには、早朝6時に物理準備室に集合とある』……。メモした内容は、そういった事件の流れと情報だった。
「灯滝さん、ありがとう。確認させてもらっていいかしら」
「確認もなにも、霧切さんのノートだよね。書くのはこれだけでいいの?」
「充分よ。手を使う捜査はだいたい済ませたから、後は私も書けるわ」
私からノートを受け取った霧切さんは、苗木くんと確認しながら何やら話していた。
捜査……私もしないと。
二人を横目にぼんやりと考えたけれど、葉隠くん以外が犯人だとは思えないような心境だった。
せめて、本来の死体発見現場である物理準備室と保健室には行こうか――と、美術準備室を出ようとしたところで、捜査終了のチャイムが鳴り響いた。