CHAPTER3
投票で選出されたセレスさんこと安広多恵子さんは、“クロ”だった。
山田くんに計画を持ちかけたのも自分からだと、セレスさん(やっぱりそう呼ぶことにする)話し始めた。
まず彼女は、事前に葉隠くんに接触して計画に使える材料を探った。それが昨日の娯楽室でのオセロ勝負だった。そこで葉隠くんに、有事の脱衣場集合連絡を手紙で伝えるアドバイスをし、葉隠くんの筆跡を見せるために私とのオセロ対戦を彼にけしかけた。
そして娯楽室を離れた彼女は、“例の物”ことアルターエゴを盗み出した。
霧切さんが気付いてから全員が脱衣場へ集まる間に、一次集合場所の食堂へいち早く来た石丸くんを体良く落ち着かせ(規則正しい石丸くんの信条からして早く来ることも予想していたという……)、葉隠くんが男子招集に使った手紙を彼から抜き取った。そして脱衣場に入る前にその“葉隠くん直筆の手紙”を私に見せ、夜時間直前に私を食堂におびき出した。……私を突き飛ばして食堂に閉じ込めたのも、彼女の仕業だった。
その後、山田くんの部屋に行ったセレスさんは、アルターエゴを餌に石丸くんを貶めるような嘘を付き、巧みな心理誘導で共犯を持ちかけ彼を了承させた。
ちなみにジャスティスロボ関連は全て山田くんのお手製だったらしい。……数時間で葉隠くんに合う衣装を設計し作ったということだ。“超高校級の同人作家”は、立体制作も超高校級だった。
「俺を…容疑者に仕立て上げたのはどうしてだべ…?」
「バカだからですわ。」
「それだけ…ッ!?」
葉隠くんが計画に巻き込まれた理由は、単純かつ明快な即答だった。セレスさんは選んで正解だったと振り返り、葉隠くんは「泣けるべ……」と沈み込んだ。
「ただ……あなたを容疑者に仕立てるには、灯滝さんの存在が気がかりでしたので……念には念を入れて食堂に閉じ込めたのです」
「俺と灯滝っちで共犯なんてしねーぞ……?」
「でっち上げの容疑者の共犯って、わけわかんないよ……」
朝日奈さんが両手のひらを上げて、葉隠くんに呆れ顔をした。
「何で私が気がかりだったの……?」
「……葉隠君が娯楽室誘導の手紙を読んだ後に、灯滝さんに相談や同行を頼む可能性です」
「……え?」
「そんなん思いつきもしなかったべ……」
葉隠くんが私に相談を持ちかける……? その逆はあったけれど……。
「……結果的には杞憂だったようなので無駄といえば無駄でしたが、わたくしが灯滝さん殺しになることもなかったですし、計画は当初の予定通りに進められました」
私と葉隠くんの反応を交互に見て、セレスさんは小さな嘆息の後に話を続けた。
「もしモノクマが灯滝さんを校則違反扱いで罰して、あなたを加害者……つまりクロ扱いしていたら、あなたはどうするつもりだったの」
「それでもわたくしの殺害数は2人ですから問題はありませんわ。ただ、その場合は灯滝さんが一番最初に死体として発見されてから、わたくしたちを探しに行く流れになっていたでしょう。……まあ、あの夜時間開始寸前に突き飛ばす、というタイミングからして、灯滝さん殺しの犯人探しは難航したと思いますが。この件は校則のグレーゾーンですから、わたくしがクロ扱いされるかどうかは……ある種の賭けでした」
霧切さんの問いに冷静に答えるセレスさんは、この計画のパターンを何通りもシミュレートしてきたことを物語っていた。
「モノクマが校則違反扱いするかも不明、校則違反の瞬間に灯滝を殺すかも不明……賭けをするには不確定要素ばかりで高リスクだな」
「わたくしは灯滝さんをフリーにしておく方にリスクを感じたまでです。灯滝さんが死ぬかどうかも、どちらでもよかったので。……あなたには理解できないでしょうから、この話はこれくらいにさせていただきますわ」
セレスさんはニッコリと十神くんの言及も一蹴する。まだ言いたそうに睨んだ十神くんだったけれど、小さく唸っただけでやめていた。
「万が一、灯滝も亡くなっていたならば……セレスは灯滝と山田を、山田は石丸を殺す事件になっていたということか」
「ふ、複雑すぎる……!」
大神さんの言葉に、朝日奈さんが青ざめる。
そう……今回は、自分も死ぬかも知れなかったのだ。あの夜時間を何とか持ちこたえられたのは、ライフラインが止まらず料理ができたからだった。……紙一重を生きていた。
また、セレスさんは、山田くんが死んだフリをした後に“瀕死だが逃げてきた”ことにしてみんなの前に出るよう指示していた。山田くんが事情を話す時間が彼のアリバイになるよう、セレスさんは別の誰かを殺す予定、と話していたと言う。
「この時点で灯滝さんが生きていれば満身創痍でしょうから、彼女が最有力候補……と説明しておきました」
「説得力が増したようだが、それでも陳腐な嘘だな」
十神くんが言うように、殺される瞬間までそれを信じ込んでいたという山田くんは、完全にセレスさんの掌で踊らされていたのだった。……最初から山田くんを殺すつもりだったセレスさんからすれば、最高の仕上がりだった。
「この計画は、死んだフリをした人物が後で本当に死ぬところに意味があるんですもの。」
「…………」
その冷酷さに、私は……彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
ここまで人を駒のように見て計画を企てたセレスさんでも、娯楽で殺人を犯したわけではないと、そこだけは否定した。
彼女がこの行動に走った本当の理由は、“夢の実現のために外に出る”こと。
自分の貯蓄とモノクマが提示した動機の100億円があれば、西洋のお城に住めるから、殺人を企て外に出ようと挑戦した……。
結果は失敗だったが悔いはないと、セレスさん爽やかに微笑んだ。
平気な顔をしていることを朝日奈さんに追及されても、自分の気持ちすら騙せる嘘つきだから、人を殺すこともこれから自分が死ぬことも怖くないと、また微笑んだ。
「もし生まれ変わったら……その時は……きっと、マリーアントワネットになりますわ。」
「そしたら、また処刑だけどな……」
冤罪をかけられた葉隠くんが、真犯人のセレスさんに返す。
彼女は……西洋の姫になりたいということか、それとも……再び私欲で人を振り回して身を滅ぼすだろうと言っているのか……。
品の良い笑い声を止めないセレスさんを一瞥して、モノクマはおしおきを宣告した。
「……最後に、霧切さんにこれを渡しておきましょう。」
セレスさんから何かを受け取った霧切さんの表情は一変した。
「あれは希望とは思えなかったから……」というような言葉を途中で切って、セレスさんは最期の挨拶に変えた。
「それでは、ごきげんよう。また、来世でお会いしましょう。」
いつもと同じ微笑みがそこにはあった。
覚悟を決めたような声色に聞こえたのは、……私だけだろうか。
*
クロがどんな気概でオシオキに臨もうとも、モノクマは変わらずボタンを叩き、クロを引き摺ってセットに連れて行く。
体と足を固定され磔状態のセレスさんは、口元で手を組んで微笑んでいた。荒んだ城がバックに組み上がり、柵が立ち、周りは処刑台の様相。継ぎ接ぎだらけの巨大なウサギの人形が彼女を上から覆うかように囲った。手前にはクマの形をしたたくさんの民衆が彼女の最期を今か今かと待ちわびている。
満を持して……というところか、クマの形をしていないモノクロ頭巾がセレスさんの足元に火を放った。じわりじわり、燃え広がる炎にセレスさんは炙られていく。
退廃的でどこか優雅さを感じさせるそれは、“ベルサイユ産 火あぶり 魔女狩り仕立て”と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出していた。
真っ暗な舞台で炎だけが明るく、炎の熱によって汗を流すセレスさんがはっきりと見えた。このまま彼女は炎によって処刑されてしまうのか――そう思った時。
耳を塞ぎたくなる程の大音量でサイレンが響いた。飛び出したのは巨大な消防車。猛スピードで処刑台に向かって暴走していた。
民衆の手前の急な坂もブレーキなく突進。坂はさながらジャンプ台となって、車体を華麗に浮かせた。
宙を舞う車体は民衆たちを軽々と越え、その先……セレスさんの立つ処刑台に、真正面から突っ込んだ。
ぶつかる音、のち、壊れる音。鼓膜が震え、むごさに私の体は竦み上がった。
炎はモノクマ消防隊員によって鎮火された。
セットは、希望ヶ峰印の消防車によって見るも無残に壊滅していた。そのど真ん中に突き刺さったままの消防車。セレスさんの姿は見えなかった。セレスさんは……おそらく……。