CHAPTER4
脱衣場へ入ると、ノートパソコンの前に腐川さんが正座をしていた。聞けば、十神くんに「待て」を命令されて待機していたという。
例え犬扱いでも、十神くんの願いを叶えたい……。腐川さんの恋心は超奉仕的な域に来ていた。……恋愛の正気と狂気の振れ幅に、目眩がしそうだ。
と、急にクシャミをした彼女は、例によってジェノサイダーへと人格交代してしまった。アルターエゴを確認するためには、気まぐれかつ嗜虐嗜好の彼女を退かさなければならない。ジェノサイダーはひざまずいてお願いしろと宣告し、ご機嫌で対応を待っていた。
嫌だという朝日奈さんに、自分では聞き入れてくれないだろうと大神さん。霧切さんはさっきから不機嫌そうでしそうにない。私にしても……ジェノサイダーの趣味に合わない“女子”なので難しいだろう。
となると頼みの綱は男子だ。葉隠くんは力ずくを宣言し、顔は目立つから腹でいくと空打ちを始めた。……昨日の私の顔の腫れを見て決めたんだろうか。
「で、でも……相手は女の子だし……」
「関係ねーべ! 俺はすでに山ほど訴訟を抱えてんだ! もう怖いモンなんてねーべ!」
苗木くんの制止は意味を成さなかった。葉隠くんの目は、やる男の目だった。
……ところで、訴訟とは?
「葉隠くん……訴訟って……なに……?」
「あっ……」
「……あちゃー」
男子二人の、マズった、な声。
「そうだよね……いくら葉隠クンでも灯滝さんには言ってないよね」
「もう法的機関に向かうレベルの問題抱えてたの? それでどうして懲りないの……」
「だからな……前にも言ったが、俺は俺の金を人に使われるのがイヤなんだって!」
「葉隠くんてさ……もっと生きやすい方法あると思う」
どうやら葉隠くんのトラブルは日常茶飯事だったらしい。共感できない考え方に嘆息する。
「コラァ! テメーら、じゃれ合いやがって見せ付けんじゃねーぞ!?」
「じゃれ合ってねーって! とにかくオメーに一発見舞ってやんべ!」
待たされているジェノサイダーがハサミ片手にドスの利いた声を出すと、葉隠くんは彼女に手を上げるべく立ち位置を変えた。
「うわ……葉隠くん本気!?」
しかしジェノサイダーに「萌えない男は致命傷にならない程度に刺す」と凄まれた葉隠くんは、即刻暴力をあきらめて縮こまった。曰く、弱い女子供には強く、強い女子供には弱い。……わかりやすく現金な人だった。
結局、苗木くんが“お願い”をしてくれたおかげで、ジェノサイダーは場所を退いた。役目を回避した葉隠くんから無神経に応援され労われた苗木くんは、ちょっぴりヘソを曲げていた。
「ありがとう、苗木くん……」
「……仕方ないよ。男子じゃないと納得しそうになかったし……」
たぶん……私が十神くんから往復ビンタされた時と同じような感じだと思う。必要だったとは言え、理不尽じゃないか、という気持ちだ……。
*
アルターエゴは変わらぬ笑顔で私たちと対面した。予想通り、ファイルを調べ終わったと報告すると、さっそく本題を伝えてくれた。
ファイルは、要約すると『今から1年前に“人類史上最大最悪の絶望的事件”が起きたことにより、希望ヶ峰学園は閉鎖に追い込まれた。そこでこの施設に生徒を隔離し、一生の共同生活を送らせる計画が持ち上がった。計画の責任者は希望ヶ峰学園の学園長で、30代後半の男性。今も学園内にいる可能性が高い』といった内容だった。
アルターエゴは“学園長”が黒幕の手掛かりではないかと指摘し、“学園長”という言葉に霧切さんは「必ず捜し出す」と鬼気迫る表情で呟いていた。
新情報を掴むことはできたが、パソコン内の情報だけでは真相に迫るまでは至らなかった。
アルターエゴは報告を終えると、姿の見えない石丸くん、山田くん、セレスさんについて尋ね、彼らの死を知ると沈んだ表情をディスプレイに映していた。
そして役目を終えたことを伝えられると、「またね……」という言葉を最後に自動的にスリープモードに入っていった。
別れ際の反応といい、アルターエゴはプログラムながら感情を伴った違うもののように思えてしまう。苗木くんが「プログラムでも“仲間”」と表現したのが、しっくり来るかもしれない。
アルターエゴの報告を振り返っても、1年前の“人類史上最大最悪の絶望的事件”には私も誰も心当たりがなかった。そんな大仰な名前が付いているのにも拘らず、だ。
とにかく黒幕、あるいは学園長を見つけ出すのを念頭に置くということで、私たちは脱衣場を離れることにした。
ジェノサイダーから腐川に戻った彼女は……再び“待て”を始めたので残っていた。
脱衣場外には、モノクマがいた。ドア破り禁止の校則の件や、今の“混浴”の件ではない“何か”で怒り狂っていた。
「ボクは、やられたらやり返す子なんだよ。メニワ・メオ……ハニワ・ハオ……」
目には目を歯には歯を――不気味に言い残していったその言葉を気に掛けつつ、夜時間を迎えた私たちは解散した。