CHAPTER4
食事中に誰かと同席する機会は、日に日に減ってきている。
相変わらず十神くんは来ないし、大神さんは体調不良で姿を見せない。苗木くんと霧切さんは喧嘩中で、特に霧切さんの方が人を避けているし、苗木くんは気を遣ってそそくさと出て行ってしまう。
腐川さんは、今日は食堂で食事を取っているものの、お昼のようなことでもなければ同席を喜ばない。となると、ムードメーカーな朝日奈さんと、来る者拒まずな葉隠くんくらいしかいなかった。
朝日奈さんは、昼食夕食もこの中では早めなので、用意だ何だと厨房にいる私とは時間が重ならない。いつもは大神さんと一緒に来る彼女だったが、今日は一人で食べていた。
逆に葉隠くんは遅めで、決まった頃に来るわけでもない。ただ、食事を抜かすことはなく、多少の非常時でもしっかり取るのが特徴的だった。
夕食時の葉隠くんはリラックスした様子で、私が同席をした時にはもうすぐ食べ終わるところだった。雑談ついでに聞いてみると、昨日のモノクマの不吉な言葉もあまり気にしていないようだった。
「占いで誰も死なんって出て、正直ホッとしているべ。殺人が起きなければ、オメーが俺の身代わりで死ぬこともなくなるわけだしよ」
「あの約束……やっぱり生きてたんだ……」
「身代わりっつーからには、たぶん灯滝っちは俺の目の前で死ぬだろ? 俺は人が目の前で死ぬのは嫌なんだべ。絶対に寝付きが悪くなるからな」
「…………」
最後の一言が、ものすごく印象を下げる。……正直な人だ。
読めないけれど、裏表はない。そういう意味では、かえって安心感すら湧いてくるから不思議だった。
「にしても、灯滝っちには2回もタダで占ってんな。2回目は完全にサービスだし……こんなん前例が無いべ」
「何でサービスだったの? 良くない結果だったから?」
そこは疑問だった。お金を取ることには容赦の無い葉隠くんが占いでサービスをするなんて、よっぽどだ。
しかし葉隠くんは自分で振っておいて、私が尋ねると途端に顔色を悪くした。
「いや、……まだ魂の修行に行きたくなかったっつーか……」
「またオカルト話?」
「オカルトでもスピリチュアルな話でもないべ……そんなんより怖えー人間もいるんだべ……」
「……へえ」
誰かが怖くてタダで占った……? 答えの意味がわからなかったけれど、それ以上は聞かないことにした。
*
『校内放送、校内放送…………至急……体育館までお集まりください………』
差し迫ったような声で、至急、と4度も繰り返すと、放送は沈黙した。
モノクマからの呼び出しだ。……おそらく、動機提示だろう。
時計を見ると、間もなく夜時間になるが……行かざるを得ない。
覚悟を決めるべく一つ息を吐いて、私は自室を出た。
*
全員が集まったところで、体育館の壇上から飛び出たモノクマは、動機提示のためではなく「恨みを晴らすために呼び出した」と言った。“目には目を歯には歯を”……昨夜の言葉の実践だ、と。
言葉足らずの説明に十神くんは焦れ、声を荒らげた。モノクマは彼の様子をおちょくらなかった。モノクマは、いつもより無表情で彼に――私たちに、返した。
「あのね……内通者の正体は、大神さくらさんです!」
重大発表は躊躇いも溜めもなく出た。葉隠くんがモノクマに聞き返すのも、無理はなかった。……そうしたくなるくらい、信じ難い発言だった。
モノクマがいなくなった体育館には、葉隠くんや腐川さんが大神さんを追及する声が響いた。その中で朝日奈さんだけは、絶対にあり得ないと言い張っていた。
霧切さんに促され、大神さんは重い口を開く。
「…………黙っていて……すまなかった……」
「そんな……本当に……?」
眉間に濃いシワを寄せて……彼女は疑惑を、肯定した。
まさか。いつもみんなを静かに見守り、時には律していた……真摯で真面目な彼女が、裏切り者……? ただただ信じられず、衝撃が身を包んでいた。
周りでは、自白を聞いてもなお、何か理由があるのだと認めない朝日奈さんに、苗木くんが同調していた。
人質を取られた大神さんは黒幕に従わざるを得なかったのかもしれないが、「黒幕と戦う決心をした」と言ってモノクマと勝負をしていた場面を、苗木くんは目撃したのだという。
それでも十神くんや葉隠くんは、黒幕の手先だった人間を信じられないと主張した。黒幕とは何者か、先にモノクマが大神さんに言った“約束”の意味――黒幕からの命令は何なのか、十神くんは大神さんに問い詰めた。
黒幕の正体は、大神さんにもわからないと言う。
もう一つの質問は、……モノクマは大神さんに「“約束”を果たしてもらわないと、人質の件には責任が持てない」と言い残していた。命令に背けば、人質の身に危害が及ぶという事だろう。
暫しの沈黙の後、大神さんは再び、絞りだすように言葉を紡いだ。
「…………我が……黒幕から命じられたのは……仲間の誰かを殺す事だ。」
みんなの息を飲む音がした。誰も二の句が告げず、すうっと体育館が冷えるかのような感覚を覚えた。
自分のことで諍いが起きてほしくない、責任は取ると言う大神さんは、決意を口にした。
「黒幕に戦いを挑み、刺し違えてでも倒してみせる。それが……我の責任の取り方だ……」
引き止めるように大神さんの言葉の意味を聞き返した朝日奈さんに、大神さんは心境を僅かに吐露し、返事を待たずに立ち去った。
朝日奈さんにだけは打ち明けようと何度も迷っていた、打ち明けて軽蔑されるのが怖かった、すまなかった――。
彼女の葛藤がひしひしと伝わるその数言からは……彼女が今も仲間を欺こうとしている“裏切り者”であるとは、私には思えなかった。
大神さんがいなくなった体育館に、夜時間開始のチャイムが鳴った。
大神さんを敵視する十神くんと、十神くんの考えを真っ向から否定する朝日奈さん。険悪な雰囲気の中、互いの主張が平行線を辿ると見た霧切さんは、話し合いを明日に持ち越すことを提案して解散を促した。
*
自室に戻って、持ち帰ってきた不和の空気を払うかのように服を脱いだ。寝間着代わりのジャージに袖を通して、……溜め息をついた。
十神くんの言い方はあんまりだ。葉隠くんや腐川さんのように警戒する気持ちはわからなくもない。だけど……大神さんと親しかった朝日奈さんの気持ちにも共感してしまう。
苗木くんは大神さんの言葉と、目撃した時の彼女の行動を信じる様子だった。霧切さんは、最後まで静観の姿勢でいた。
私は……信じたかった。
仲間だと思っていた人間が切っ掛け一つで、仲間に手を掛けるような異常の中でも。その生活の端々で、人を思いやって日々を過ごしていた大神さんが……偽りを口にしてまで黒幕の命令を遂行するだろうか。
ただ、彼女には人質がいるのが問題だった。大和田くんの時のように、“誰かのため”が根底にある人間が凶行に及ぶ可能性は……否定出来なかった。
ベッドの中で、同じことを何度も考えていた。
次第に頭が痛くなり、お腹までキリキリと痛くなってきた。
もはや痛みとの戦いとなり、私は必死に目を閉じて眠ろうと念じ続けた。
横を向いて丸く縮こまる。……私は寝る、眠る……眠る……。
――眠りに落ちる瞬間の、ベッドと、掛け物と、触れ合う私が溶ける感覚にようやく安堵して……私は意識を手放した。