漠然と、気分と体調が優れない。裏切り者の話によって……だけではない、体の違和感があった。
 だけど朝食会までに食事の用意をしなければいけない。……幸い、今にも動けないようなものではなかった。
 気合を入れて、食堂へ向かう準備を始めた。自分に“超高校級”なる大仰な肩書きが付いた以上、多少の不調で影響させるわけにはいかなかった。



 朝の食堂には、大神さん以外の全員が早々に集まった。腐川さんも、……あの十神くんもだ。
 最後に来た苗木くんに、葉隠くんが「無事だったか」と不安そうに言った。……昨日の朝食会の雰囲気とは、まるで変わってしまっていた。
 十神くんは、黒幕の手先……つまり大神さんの脅威から身を守るために、ここに避難中だという。
「だったら個室で引きこもっていたほうが安全じゃない?」
「馬鹿か灯滝。相手は内通者だぞ? 黒幕がついていれば、鍵などあって無いようなものだ。それに大神なら、ぶち破るくらい造作も無い。校則だって内通者ならば度外視できる……お前のように馬鹿正直に守る必要もないんだ」
「…………」
 二回も馬鹿と言われ、私は返す言葉をなくした。

 私を論破した十神くんは、「命がけのゲームに黒幕の内通者がいたらフェアではない」と不満を露わに語った。そんな彼に朝日奈さんは、大神さんは内通をやめている、と信じてほしい一心から怒る。
 十神くんと朝日奈さんのやり取りを見ていた霧切さんは、昨夜のように間に入って“内通者をバラした黒幕の真意”を二人に問いかけた。大神さんが内通者であると知らせる以上に、そこからの不和といがみ合いから“動機”が生まれることこそが目的だろう、と。

 黒幕を倒してくれたら信じられる、と言う葉隠くんにも、大神さんの身を案じる朝日奈さんは突っ掛かった。……その発言をも、十神くんは鼻で笑った。
「大神が死んだところで黒幕側の人間が一人減るだけだ。別に構わないじゃないか……」
 十神くんは、とことん朝日奈さんの心情にそぐわなかった。
 大神さんが死ねば解決する、と十神くんが口にした刹那に、朝日奈さんが動いた。
 ――バチン、という乾いた音。
 弾かれた十神くんの眼鏡が、床に落ちる音がした。

「そんな事言う……あんたの方こそ……! ……死ねばいいんだよッ!!」
 朝日奈さんが、十神くんの頬をはたいていた。
 激昂する彼女の瞳から、涙が零れていた。
 手を上げられても、そんな姿を見てもなお、十神くんは殺してみろと挑発をやめない。朝日奈さんも、十神くんへの殺意を剥き出しに彼を睨みつけた。
「あ、朝日奈さん! 落ち着いてよっ!」
 苗木くんの制止の声と、霧切さんの「争いは大神さんだって望んでいない」という冷静な呼び掛けに、朝日奈さんは暫し沈黙し……怒りの収まらない様子ながら「部屋に帰る」と呟いて、走り去った。


 朝日奈さんがいなくなると、彼女が十神くんに手を上げたことに、腐川さんは怒りを燃やしていた。
 霧切さんは十神くんに「人の感情を軽んじていると足元をすくわれる」と忠告したけれど、十神くんは聞く耳を持たず、“女のヒステリー”として先の朝日奈さんを片付けた。
「その……なんつーか……とりあえずメシにすっか……? ……って雰囲気じゃねーか。ハハ……ハハハ……」
 葉隠くんの乾いた笑いが虚しかった。無言で、一人、また一人と食堂を後にしていく。
 こんな風にバラバラになって解散するのならば、十神くんはただ不和をもたらしに来ただけの存在だった。もしかしたら“避難”なんて嘘っぱちで、最初から“ゲーム”のために有利な行動をしたかったのかもしれないと、今になって私は思った。



「葉隠くん……朝ご飯、食べる……?」
 二人になってもなお、切り出すのがつらい空気が残っていた。私は、最後まで食堂に残っていた葉隠くんに、本当にその気があるのかと聞いた。
「……さっき切り出した側が言うのもアレだが、今は食事って気分じゃねーべ……。腹はまあ、減ってるはずなんだがな……」
「…………葉隠くんも、ご飯を食べたくない時があるんだ」

「んん? ちっと引っかかるが……。俺は気晴らしに部屋で霊界の先生方と少しお話してから、また食いに来るべ。」
「……ん、わかった」
 気持ちを切り替えてから美味しくいただくべ、と言われては、引き止められなかった。
灯滝っちも……いったん戻ったらどうだ? ……顔色が悪いべ」
「…………」
 至って普通に振舞っていたところでのこの言葉は、少しショックだった。十神くんと朝日奈さんのやり取りが原因ではない。昨夜から続く漠然とした体調不良は、他人の目からも明らかだったのだ。



 形ばかりのありがとうを伝えて、出て行く葉隠くんを見送った。
 葉隠くんには言わなかったけれど、体が動く今のうちに料理を作りためておくべきだと思った。これから丸一日分くらいは用意してから部屋に戻ったほうが安心できる。

 厨房に入ってから、私は先の葉隠くんとの会話を思い返していた。……言葉足らずで相手に当たるような言い方をした自分が恨めしくなる。
 私が葉隠くんに切り出したのは、料理の提供者として食事をするかを聞いた……だけではなかった。本当は……食事関係なしに、ここに残って欲しかったのだ。
 もう少し話し合いたかったし、……葉隠くんに不安な気持ちを吐露したかったのだった。

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