朝の校内放送はベッドの中で聞いた。特有の気だるさに、目は覚めていても動くことが億劫で仕方がなかった。
 朝食までは食堂に用意をしてあるので、私はもうしばらく部屋に居ることを選んだ。
 今の私たちは……かつて無いほどにまとまりを欠いている。
 大神さんのことで朝日奈さんは十神くん、そして彼に追従する腐川さんと対立する中、苗木くんも霧切さんとギスギスとしている。私は私で、昨日葉隠くんとああいう風に別れた手前、今は以前のように接せられそうにない。

 大神さんは望んで内通者になったわけではない。朝日奈さんは親しい大神さんを想って周りの理解を求めている。十神くんは……言い方はさて置き、内通者のアンフェアさを不服としている。腐川さんは他人への不信感と十神くんへの恋心から、彼に付き従う。
 苗木くんは何らかの原因で霧切さんを怒らせ、彼女はまだ許す気がなく無視を決め込んでいる。葉隠くんは頼みを聞き入れなかった私に失望した様子だったし、私は葉隠くんを勝手に見誤って失望を引きずっている。


 それぞれの事情による摩擦。なまじ相手を知ってしまったことで起こる感情のもつれが危うかった。
 モノクマの仕向け通りに、また殺人が起きてしまうのだろうか。……私もまた不和の渦中に入ってしまっては、止める力も術も出て来なかった。
 ……すべてを投げ出して、まどろみに身を任せていたい。
 いっそこんなコロシアイ学園生活なんてなかったことに、真っさらにしてしまいたい。そんな気持ちになる。

 ――これに単語を当てはめるとすれば、自殺か無理心中か。
 これまで死の危機に晒されても、死のう殺そうという発想は出て来なかった。体調のせいか、破滅的な考え方になって仕方がない。
 料理を極めんと生きてきたのに、志半ばで自ら命を絶つ最期を選ぶのかと思うと、……支えてくれた師匠や親の顔が浮かんでくる。
 彼らを裏切れるほど、私はまだ消耗してはいなかった。

 ……鎮痛剤を飲んで、もう少し休んだら、昼食を作りに向かうことにした。
 葉隠くんの頼みは確かに理不尽だったけど、断るだけの理由があるのだと納得してもらえるような仕事をしたい。
 どこかの漫画のように魔法じみた効果は付けられないけれど……料理を食べた誰かの張り詰めた気分を少しでも解せたらいい。





『死体が発見されました……』
 包丁を取り落とすような校内放送が入ったのは、昼過ぎのことだった。
 1時間以上前から昼食作りをしていた中で、誰かと顔を合わせることはなかった。通常なら、何人かが食べに来てもおかしくない時間帯だったのが少し気がかりではあったけれど――考えたくもない原因を知らされることとなった。
 私は慌てて厨房を片付け、食堂を出た。

灯滝ちゃん……」
「あ、朝日奈さん……死体発見アナウンスが……」
「さくらちゃんだよ……。さくらちゃんが、し、んで……」
 校舎側に出たところで、真っ青な顔をした朝日奈さんが断片的な情報を教えてくれた。。
 大神さんが死んでしまった。場所は娯楽室……。
 朝日奈さんはまだ人を呼びに行くと言うので、私も一緒に他の人たちを探すことにした。



 十神くん、腐川さん……ではなくジェノサイダー、そして葉隠くんを集め、朝日奈さんと私は5人で娯楽室まで向かった。
 何人一緒でも……気が進むわけがなかった。重い足で3階まで上り、その開け放たれたドアの先を見ると――彼女は眠っているかように一人がけのイスに座っていた。
「大神さん……。こんな、嘘……」
灯滝さん……みんなも……」
「信じたくない気持ちは分かるけれど、……あのアナウンスは絶対よ」
 娯楽室にいた苗木くんと霧切さんは、それぞれの方向に俯いた。
 大神さんが死んだという事実を、すでに受け止めていた。

 葉隠くんは亡骸に何度目かの動揺を見せ、ジェノサイダーは彼女の死をすげなく理解し、十神くんは元・内通者の最期を不敵な笑み混じりで捉えていた。
「さくらちゃんを……殺したのは……葉隠、十神、腐川……の誰かだよッ!」
 大神さんを目の敵にしていた彼らの誰かに決まっている、と朝日奈さんは目に涙を浮かべながら睨みつけた。
 モノクマファイルを渡しに来たモノクマの「校則違反を罰せなかった大神さんを殺したクロには感謝している」、それに返す十神くんの「黒幕の内通者が被害者になってよかった」――彼らが口々に言う様子に、朝日奈さんは怒り心頭だった。

 現場の見張りは、大神さんを想い、買って出た朝日奈さんと、十神くんに「目障りだから大人しく見張りをしていろ」と言われた霧切さんに決まった。
 朝日奈さんは容疑者扱いしている3人に対して現場立ち入り禁止を主張したものの、十神くんのみ立ち入れるという譲歩案で落ち着いた。それでも大神さんには触るなと食い下がる朝日奈さんを、十神くんは「薄汚い死体なんかに触るか」と挑発した。
「誰が大神さんを殺したのか解き明かされない限り……生き残った私達も……全員殺されてしまうのよ……」
 二人の諍いの間に入った霧切さんの言葉が、重くのしかかる。
 ……私たちはまた、学級裁判に臨まなければならない。


 立ち入り禁止を宣告された葉隠くんとジェノサイダーは程なく退室し、私を含めた5人と大神さんが娯楽室に残った。
 昨日から部屋に篭もりきりだった私は、苗木くんや朝日奈さんから事件までの流れを大まかに教えてもらった。
 今朝、腐川さんと朝日奈さんが言い合いになり、腐川さんがジェノサイダーに交代してしまった後に朝日奈さんを切りつけて保健室沙汰になったこと。
 その原因が自分だとわかった大神さんが、自分を警戒している十神くん、腐川さん、葉隠くんの部屋に手紙を置き、昼前に娯楽室で話をしようと呼び出していたこと。
 呼び出すという話を聞いていた朝日奈さんが、その後に娯楽室の前を通りかかった時に大神さんの異変に気づき、彼女と霧切さんと苗木くんの3人で死体発見アナウンスを聞いたこと。

 状況からして、朝日奈さんが呼び出された3人を容疑者と思うのも納得してしまう。
 ただ、大神さんから呼び出された件は十神くんも認めたものの、彼はここには来なかったと言う。……彼らの誰かが犯人なら嘘を交えた話をするだろうから、信じきることはできないけれど。
 話をする中で、私の事件までの所在についても話した。でも、昨日の夕方から部屋に居たので誰とも会わず、自分のアリバイを証明出来る人はいないとしか言えなかった。
 思い返せば、一昨日に内通者と知らされて以来、大神さんと顔を合わせることはなかった。悲しそうな表情で体育館から去ったあの時が、私の見た最後の大神さんだった。

 生気の抜けた大神さんは、私が最後に見た時とは異なり、つらそうな表情ではないのが奇妙だった。薄笑いにすら見えるそれは……裏切り者だったことに強い罪悪感を持っていた彼女が、誰かに与えられた死を受け入れたということなのか。
 頭と口から血が流れている姿に、雑誌棚の前の血だまり、割れたモノクマボトル……凄惨な出来事があったとしか思えないのに……。
 他にも開いたロッカーの手形跡や、密室化に使われたであろう娯楽室のイスなど、謎めく点が幾つもある。――犯人の特定は難儀するだろう、と霧切さんが話す声が聞こえた。



「――私は見張りだから、ここを離れられないの。だから、あなたに行ってもらう事に決まったわ。」
 現場周りを大方調べ終わったところで、霧切さんはやや強引に苗木くんを聞き込み担当に指名したらしい。苗木くんは困ったような顔をしながらも任務を受け入れて、娯楽室から出て行った。
 二人のやり取りは、捜査中だから事務的な連絡だけをしている、という感じには見えなかった。霧切さんに怒っている様子もない。

「苗木くんと仲直りしたんだね」
「……許しただけよ。……つまらない意地を張っていても、仕方がないわ」
「……よかった」
「どうしてあなたが安堵するのかしら」
「苗木くん、ご飯の時も霧切さんに気を遣って早食いしてたから……」
「……そう」
 短い返事をして、霧切さんはそれきり何も言わなかった。
 ともあれ、懸念は一つ解消していた。二人が和解したようで何よりだった。

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