私は娯楽室を一通り調べてから、食堂に向かった。
 娯楽室だけを捜査しても、具体的な犯人像まで見えそうにはなかった。なので、頭の中の整理も兼ねて、いったん現場保持役に軽食の差し入れを用意しようと考えた。
 差し入れは、不二咲くんと大和田くんの事件の時にも行っていた。その時の現場保持役――大和田くんと大神さんが、どちらも亡くなってしまったと思っても……事実と感覚が一致しなかった。


 改めて娯楽室に入り、霧切さんと朝日奈さんに軽食の包みを渡すと、二人はそれぞれ「状況次第でいただくわ」「食べるかはわかんないけど、灯滝ちゃんの気持ちは嬉しいよ」と、お礼付きで受け取ってくれた。
 私が離れていた間に霧切さんの現場捜査は更に進んだようで、雑誌棚に逆さに入っていた雑誌に“フカワ”という血文字――ダイイングメッセージがあったこと、大神さんの上履きに薬品の粉末らしきものが付いていることを発見していた。

 ダイイングメッセージは……犯人が慌てて隠したのだろうか。とすると、名前が書かれている腐川さんが俄然怪しくなる。
 薬品の粉末も気になる点だ。それに、ドア前に落ちていた容器には、化学室の備品を示すラベルがあった。……念のため、化学室の状況を確認しに行ったほうがよさそうだ。
 腐川さんに話を聞くか、化学室に行くか――娯楽室を出て決めかねていると、こちらを目指し来る苗木くんと鉢合わせた。


 私は現場保持役の二人に差し入れに来たことと、霧切さんが現場で新しい手掛かりを掴んでいることを伝えて苗木くんと別れようとしたのだけれど、何故か引き止められた。
 苗木くんは、あのさ……と言いにくそうに眉を下げた。
灯滝さん……葉隠クンの部屋まで、ご飯を持って行ってあげてくれないかな……?」
「……え?」
「さっき部屋の前で葉隠クンと話をしたんだけど……ボクが色々聞いたせいでイヤになっちゃったみたいで、とにかく外に出たくないって……」

 葉隠くんは、容疑者に浮上していて現場の立ち入りも禁止されている。出来ることがない中でただただ聞かれ、嫌気が差した――にしても、それとご飯とは別問題な気がする。
 この前の腐川さんもそうだけど……私は料理人であって給仕やホテリエではない。運ぶのは基本的に別の人間の仕事で、いないならセルフサービスでお願いしたい。……まだ捜査もある。

「もしかしたら、灯滝さんになら話せることもあるかも知れないし……」
 何も言わない私に、苗木くんはもう一言を付け加えた。 
 大神さんから呼ばれていた葉隠くんから手掛かりを得られるかもしれない……そう言っているのか。
「ボク、霧切さんに聞き込みの話を伝えなきゃいけないから……お願いできないかな?」
 自分が出来ないワケを言って、苗木くんは手を合わせ私を窺い見た。

 苗木くんは昨日の私と葉隠くんのやり取りについて知らないから、“いつも通り”だと思って私に頼んでいるのだろう。
 顔を合わせにくい気持ちはあるけれど……葉隠くんに聞き込みに行ったがゆえに使い走りをさせられてしまった苗木くんに応える意味で、届けるだけ届けることにした。
「……わかった。用意して行くよ」
 苗木くんの顔は立てるよ……と心で呟き、娯楽室に入って行く彼を見届けて別れた。





灯滝だけど……苗木くんから聞いて、ご飯を持って来たよ」
「……ちっと、入ってくれるか? ……もう、なんも頼まんから」
 個室のドアを半開きにした葉隠くんの表情は、沈んでいた。
 私は包みをを渡して少し捜査の話をしたら戻るつもりで来たので、中に入るか考えたものの……結局、部屋に入ることにした。

 適当に座ってくれと言われるもイスは一脚しかない。食事をする人間に譲って、ベッドに軽く腰掛けた。
「オメーも昼飯、食ってねーよな? 腹に物入れたほうがいいんじゃねーか」
「……あんまりお腹空いてないから」
「体の具合、まだ良くないんか? 目の前で一人だけ食うってのも気が引けるべ……」
 一緒に食べようとは言わなかったが、そういう意図で私を呼んだんだろうか。

 結局、葉隠くんは一人で食べ始めた。無言で見守るのも妙なので、朝日奈さんが言っていた“大神さんからの呼び出し”について聞いた。
「苗木っちにも言ったが……確かに俺はオーガからメモを貰ったべ。だが娯楽室には行っていない……」
 答えてくれたものの、やはりそれだけでは真偽はわからない。参考程度に捉えるしかなかった。


 葉隠くんは箸を止めることなく、それでいて慌ててかき込むでもなく、一定のペースを保って食べ進んでいた。詰め合わせたお弁当状のそれは、満遍なくおかずと白米を減らしていた。
「……しかし、灯滝っちの飯はどんな状況でも美味いんだな」
「……ありがとう」
「俺は食えりゃいいってスタンスだが、美味いに越したことはないし……腹だけでなく舌が満足すると、精神的にかなり落ち着くべ」
 そうだね、と相槌を打った。
 “美味しいご飯”による心の充足感には、独特な“快”があると、私も思う。
 そして……自分の料理を美味しいと食べる姿は、見ていて嫌なものではなかった。

「ささくれ立っても落ち込んでも、……人が死んでも、飯食って生きてかなきゃなんねーんだ……。」
 ふいに呟やかれた葉隠くんの言葉を、私は無意識の中で反芻していた。
 そこには、死にたくない、生きていたい、という気持ちと同じくらいに、食べないと生きていけないという意識……危機感があるように思えた。まるで、過去に飢えでも味わったかのような……。


灯滝っち……。最初に殺人が起きた日にした“約束”、覚えているか……?」
 絶えず動かしていた箸を止めて、葉隠くんは私を見た。
 “約束”は数日前にも話題に上がっていたのに、改めて聞いていた。
「もし……。もし、俺が死にそうになったら……。灯滝っちは……俺の身代わりになってくれるか……?」
 葉隠くんは、言葉一つ一つを紡ぐかのように発していた。
 “約束”を守ってくれるのか――。
 頼みとも願いとも違う。私の意志を、葉隠くんは尋ねた。
 じいっと、私の言葉を待っていた。
 
「私は、……私は……もっと料理の道を極めたいから、まだ死にたくない。でも、葉隠くんを死なせたくはない。だから……助かる道がないかを、全力で探すよ」
 第三の手段があろうと無かろうと、探さないことには見つからない。
 甘くて青い発想だと腐川さんは言ったけれど、手に入れる試みや努力をしたらダメなんてことはないはずだ。

「……そうか……。俺も――何もしないで死ぬのはゴメンだべ。……全力で足掻くべ。生きてやるべ」
 オシオキされそうになったら命乞いしてでも生き延びると、違う選択肢だって取れることを教えてくれたのは葉隠くんだ。二度目の殺人が起きた時の捜査時間に、あっけらかんと言い放っているのを見て、私は視野が開けたのだった。
「そうだよ。みんなで生きてここを出るんだから……。生きることを諦めちゃだめだよ」
 私自身にも言い聞かせるように、力強く口にした。


 いつになく弱気で落ち込んでいた葉隠くんは、改めて自分のスタンスを確認して吹っ切れたようだった。
 再び箸を進めるその中は、もうすぐ無くなりそうだった。食の好みもあるだろうに、いつも食べきる姿勢の葉隠くんは作る側からしたら気持ちのいい人だ。
「苗木くんから、外に出たくないくらい参ってるって聞いて、どうしたのかと思ったけど……。なんだろ、占いが外れちゃったから?」
 ここ数日で幾つも占ったうちの“人殺しは起こらない”“葉隠くんはもう疑われない”は外れたと言っていいだろう。私への占いは当たっているけれど……今は言うのはやめておいた。

「確かにそれもあるけどよ……。でも、さっきまた占ったんだ。俺の占いによると……オシオキされても死なん奴がいるって……次の学級裁判がそれなんかな……うう」
 ……それはまた当たりそうにない……けど、どんな存在であれ、これ以上人が死ぬのを見たくはなかった。
 当たるといいね、とだけ返して、少しばかり笑みを作った。


「……都合のいい話ついでに言うが、その……昨日の話はなかったことにしてくれねーか……。頼み事も……いったん忘れてくれ。……何せ、一緒に外に出られたらの話だ。その日が来たら……たぶん、また違う事を考えてるべ」
 葉隠くんは目線をやったり逸したり、私の様子を窺いつつ話した。
 ……保留、あるいは凍結だろうか。やり取りした以上、全くなかったことにはできないけれど……今はそれでいいかと思った。
「あれはいつ聞かれても、全部ダメ以外の返事ができないと思うけど……まあ、いいよ」
「……もうしばらくは、飯が美味くて親切な灯滝っちでいてくれ」
 思っていたよりも、私たちは、するりと和解に至っていた。
 最後のご飯を口に入れた葉隠くんは、箸を置いた。


『キーン、コーン……カーン、コーン……』
 チャイムとモノクマの声が、差し迫る現実へと引き戻した。
「捜査の時間、終わっちゃったんだ……」
「……どっか調べ損ねたんか?」
「……何も調べていなさそうな葉隠くんよりかはマシかなって思ってる」
「ぐう……。し、仕方ないべ……人間、心が弱ると体は動かんべ……」
 私は冗談めかして答えた。「葉隠くんと話をしていたから」と事実を突きつけたら、もっと凹んでしまいそうだと思った。

「とにかく、行くしかねーな……。灯滝っち……ごちそうさま、だべ。美味い飯をありがとうな」
「いいえ、お粗末さまでした。」
 部屋を出た私と葉隠くんは一緒に赤い扉まで向かった。特に話さず、ひたすら歩いていた。

 赤い扉が見えてきた時、葉隠くんは半ば独り言のように言った。
「どっちも欲しいのに片方しか取れん時ってのが、人生では何度もあるよな……。取れんかったもう片方が、二度と手にできないものなら、忘れないでいる……そんくらいしかできねーべ……」
 ……葉隠くんの言葉の真意は、わからなかった。

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