CHAPTER4
これで決まったと投票に移ろうとする朝日奈さんを、今度は十神くんが止めた。霧切さんも密室の謎が解けていないと、それに賛同する。
ジェノサイダーが大神さんを殴ったのは雑誌棚の前で、血だまりもあるというのに、死体発見時の彼女はイスに座った状態だった。彼女に吐血が見られることから十神くんは、死因は殴打ではなく毒殺と推理していた。
その根拠は、化学室の栄養剤が置かれるはずの薬品棚に毒薬のビンがあったこと。それを持参していた十神くんは――あろうことか、中身の粉末を飲み込んだ。
水を飲ませろとジェノサイダーが、毒を吐き出させろと葉隠くんが喚くのを無視し、十神くんはただ「まずい」と感想を漏らした。
「自殺……ってわけじゃないよね……?」
「当然だ。……どんなに高級であっても味の保証はないらしいな。この俺自ら味見してやったんだ、今後の料理人生に役立てろ、灯滝」
「は……? なんの話だべ……?」
「……毒じゃないんだよね?」
「もちろん、プロテインの話だ。」
十神くんが飲んだ粉末を、霧切さんも口に入れてプロテインだと言った。
「プロテイン入りの料理って……スポーツ栄養士とかじゃないと作らないと思う……」
「知るか。話を逸らすな」
「……うん。どうぞ続けて十神くん」
私の仕事人生に云々と言ったから真面目に考えたというのに……と思う間に、話の続きが始まったのでそちらに集中した。
十神くんは、毒薬とプロテインは中身が入れ替えられ、プロテインの容器を渡された大神さんは中身が毒だと知らずに飲んで死んでしまった、と考えていた。そして、化学室に残ったスニーカーの足跡……サイズの合わなかった苗木くん以外でスニーカーを履いているのは――。
「……私だよ。その足跡……」
3人目の自白者は――朝日奈さんだった。
親友という立場を利用したのだと十神くんが追及しても……信じられない気持ちだった。苗木くんも、どうしてそんな事をと彼女に問いただす。
朝日奈さんは……負傷した大神さんにプロテインを取ってきてくれと頼まれた時に化学室で思いついたと、力なく言った。
今なら殺せると思ったんだろうと、引き継ぐように十神くんは推理を披露した。
それでも霧切さんは、朝日奈さんが密室トリックをどう作り上げたかを話さないことに納得しなかった。
化学室の目立つ足跡を消そうともしていないことが引っかかると、苗木くんも話し合いを続けたがった。
十神くんは、朝日奈さんの真犯人は揺るがないと言いながらも、議論を止めはしなかった。
朝日奈さんの化学室での動きについての供述は、現場の状況と矛盾していた。薬品の粉末をまき散らしてからの足取りと一致しなかったのだ。足跡をつけていたことに気付かなかったという人が、粉を避けるように歩いたとしても、矛盾してしまう。
自身の推理の雲行きが怪しくなり、十神くんは徐々に苛立った。
霧切さんは、十神くんが提出した毒薬のビンの中から、割れたガラス――密室を破るために苗木くんが割った娯楽室の窓ガラスを発見したと、みんなに見せた。
それは化学室に置かれていたはずのビンが、密室が破られるまでは娯楽室にあったということを示していた。
しどろもどろになる朝日奈さんと、ますます混乱する状況に、十神くんも把握が追いつかない様子を見せる。
さらに霧切さんが、娯楽室にあったプロテインの容器の下にもガラス片が落ちていたことを指摘した。直前に誰かが蹴ったわけでもないと全員に尋ねていたので、その容器は密室が破られた後に置かれた……ということになる。
つまり、毒薬のビンとプロテインの容器は、密室が破られてから場所の入れ替えがあったのだ。
そして、化学室に撒かれていた粉末と、大神さんの上履きに付いていた粉末の特徴は一致する。
ビンを割ってしまったのが彼女ならば……最初に化学室から毒薬のビンを持ちだしたのが大神さんで、彼女自身が毒薬を飲んで自殺を図ったと考えられた。
誰も作り得ない密室も、被害者自身が作っていたとすれば謎が解ける。
霧切さんによって一つずつ暴かれていく度に、朝日奈さんは何度も自分がやった、自分が犯人だと悲痛に叫んだ。
朝日奈さんが自分の行いを隠そうとはしなかったのは……たとえ疑われても大神さんの死の真相を隠したかったからだった。
みんなが亡くなった大神さんに注目している隙に、大神さんが飲んだ毒薬の空ビンを持ち出して化学室でプロテインを入れ、空となったプロテインの容器を後で娯楽室に置いて偽装工作をしたのだった。
事件の全貌を明かされた朝日奈さんは、ただただ涙を流していた。
十神くんは、苗木くんの推理が自分を上回った事実に愕然としていた。
「どうしてお前如きが……そこに、たどり着けたんだ……俺がたどり着けなかった……真実に……!」
「人間は計算や損得で動く訳じゃない……だからこそ人間は難しい……あなたは、それを理解していなかった。だから、真実にたどり着けなかったのよ……」
“人の感情というものを軽んじていると、いつか足元をすくわれる”と、霧切さんは十神くんに、一昨日と同じ言葉を掛けた。