CHAPTER4
「と、とにかく！ 俺はオーガに呼び出されたけど、実際には会いに行ってねーって事で……失礼させてもらうべ！！」
葉隠は苗木との会話を強引に終わらせ、部屋に逃げ込んだ。
これ以上喋るとボロが出る。とにかく疑われる要素をこぼさないようにするしかない……。
ドアを閉じて、葉隠は大きく息を吐いた。
＊
襲われるかもしれないという恐怖から、葉隠は衝動的に大神を殴ってしまった。ボトルで頭を殴打された大神は、動かなくなった。そこから弾き出されるのは――自分が殺人犯“クロ”となってしまった、ということだった。
死体発見アナウンスが響き、モノクマファイルを受け取り……どこかで信じたくないと思っていた大神の死は、揺るぎないものとなった。
葉隠は捜査どころではなかった。……自分が犯人という自覚がある人間の捜査など、意味を持たなかった。
現場に立ち入るなと朝日奈に言われ、捜査のポーズもする必要がなくなった葉隠は、自室に篭ってひたすら考えていた。
どうしたら生き残れるか。どうしたら……学級裁判を切り抜けられるか。
“クロ”である以上は、皆に間違った人物を犯人と指摘させなければ生きる道がない。
偽装ダイイングメッセージにはパニックの最中に、大神に呼び出されていた人物の一人である腐川の名を書いていたが、それだけで全員を欺けるとは思えなかった。
そこで――葉隠は思い出した。
自分が死にそうになった時に身代わりになってくれ、という“約束”をしていたことを。
しかし、取り付けた相手は……灯滝だった。
灯滝は……昨日の一件でハッキリと断る姿を見た後では、「俺以外をクロに仕立てて死んでくれ」と頼んだとしても断られるビジョンしか描けなかった。
かつてセレスが引っ掛けるための推理で披露した“盲目的な慕情を利用した共犯”に、真逆の配役を当てはめたようなものだ。灯滝がそんな態度でないのは、対する葉隠が一番理解していた。
灯滝が全てを聞き入れるような親切な人間でないというのも、昨日わかってしまった。
そしてこれは、念書も何もない口約束だった。打ち明けても、灯滝に反故にされ、逆に自分が犯人だと他に知らされてしまったら――死ぬしかない。
……無理だ、と思った。
灯滝以外を考えても……苗木も難しいだろう。学級裁判での彼は、どんな理由があろうとも苦しい顔をして犯人を指摘してきた人間だ。他は論外と言っていい。
つまり誰一人、葉隠の味方になってくれそうにない。絶体絶命だった。
諦観が渦巻く。
葉隠が死ぬか、他全員が死ぬか。どちらにしても、葉隠と彼らは道を分かつ。
学級裁判が終われば、いずれか片方しか生きていない。
苗木や灯滝に吹っ掛けた、資金の皮算用も無駄になる。彼らとの会話も叶わない。
灯滝の作る料理を食べる機会も、今日限り……今限りになるかもしれない――。
そんな考えを巡らせていたところに……苗木がインターホンを鳴らしたのだった。
＊
一度は閉じたドアをそうっと開くと、苗木はまだ葉隠の部屋の近くにいた。考え事をしているようだった。
苗木が来るまでの考えを思い返した葉隠は、縋るような声で彼を呼んだ。
「な、苗木っち……」
「わっ、……なに、葉隠クン」
不意に声を掛けられた苗木は、ビクリと体を震わせて葉隠のほうに振り向いた。
「灯滝っちに……料理を持って来てくれって……頼んで欲しい」
「……は？」
「俺は苗木っちの話に付き合ったべ！ 後生だから俺の願いを聞き入れてくれッ！」
葉隠は強引なギブアンドテイクへと持ち込んだ。大きくドアを開け放ち、手を合わせて頼み込んだ。
「自分で言いなよ、ていうか食堂すぐそこなんだから行きなよ」
「俺は！ 今どーしても部屋から出たくねーんだっ！ だがどーしても灯滝っちの飯が食いたいし、灯滝っちと話をしておきたい！！」
食い気味に主張を重ねる葉隠に、苗木は頭を痛めた。
要するに、直接声を掛けるのが気まずいから自分に灯滝を呼んで欲しいのだ、と理解した。……だが、どうしてこんな事件捜査の最中に人を使い走りさせるのか。そこが解せなかった。
「……葉隠クンの頼み事って、理由が自分勝手過ぎて……拒みたい」
「そんな事言わんで！！ 頼むよぉぉぉ！！」
恥も外聞もなく、葉隠は苗木に縋り付く。すでに部屋から数歩出ているよ、と突っ込むことすら苗木は面倒だった。
「理不尽……ホント理不尽だよ、葉隠クン……」
何もこのタイミングで仲直りを考えなくてもいいだろうに……と言いたくなったが、霧切との不仲を気遣われた手前、苗木は最低限の義理を果たすべく――まずは葉隠を引き剥がした。