CHAPTER5
学級裁判場で全員がモノクマに立ち向かう意志を表した、翌朝。
食堂にみんなが揃うと、十神くんは即時探索を切り出した。
「では、学級裁判後の探索を始めるぞ。」
「なんの前置きもねーのか!? いきなり本題なんて前代未聞だべ……!」
同陣営になった途端に有無を言わさずの高圧的リーダーシップを発揮する十神くんに、戸惑いと呆れ気味の声が上がった。それでも彼は意に介さず、黒幕を倒したければ俺に従えと指示をする。
「ご飯も食べずに行くの?」
「お前は俺がここに来たからといって食事を取るとは限らんと何度言ったら理解するんだ? 頭の中に料理しか入っていない無能でも、さっさと手足を動かして手がかりを掴む努力をしろ」
「……十神くんの分は……用意してないし。他のみんなの分だけだし……」
十神くんは人の神経を逆撫でするのが上手だ。私はテーブルに並べておいた彼の前の食器を片付けた。
「あーそっか。十神だけは、灯滝ちゃんのご飯は要らないって言ったっきりなんだね。じゃあ気にしないで食べようよ」
「いいの、十神クン? 灯滝さんのご飯食べなくて」
「…………」
合点がいったという様子で、朝日奈さんはこぶしで手をたたいた。苗木くんは十神くんに念を押すように聞いたものの、十神くんは先の発言を覆すことはなかった。
ご飯の件はさておいても、十神くんの打倒黒幕の意志は固かった。「必ず駆除してやる」と力強く言われると、託したくなる気持ちもわかるというか……上に立つ者の資質みたいなものを感じてしまう。
いつもならここで腐川さんが熱い心酔のセリフを言うところだけど、十神くんからの命令で口を開けないことになっていて、忠実に守る彼女は最後まで何も言わなかった。
朝日奈さんが言うように、食事も水も取れなくなった腐川さんは今後もずっと守るつもりなのか。気掛かりだ。
なんだかんだで話が長くなったことを霧切さんに指摘され、十神くんは機嫌を損ねながら一時解散を告げた。
いったんは全員食堂から出たものの、私を含めた何人かは十神くんが見えなくなった隙を突いて朝食に戻ってきた。
再度集まるのは夜だから、それまで絶食なんて現実的ではなかった。探索が最優先とはいえ、動くエネルギーの補給はして然るべきだった。
*
私は例によって、料理の都合をつけてから探索に入り、また夕食作りのために早めに戻った。
「……灯滝」
時刻は夕方。食事には中途半端な時間に、十神くんが食堂にいた。
厨房までの動線沿いのテーブルでコーヒーを啜っていた彼は、私が横切ろうとしたその時に、声を掛けてきた。
「うん? 何?」
「俺は探索を既に終わらせ、得た情報からこの学園についての分析を始めている」
「そうなんだ。お疲れさま」
聞いてもいないのに状況を伝えられて、少し違和感を覚える。
立ち止まった私に、十神くんは話を続けた。
「全員がここに再び集合するのは暫く後になるが、お前はここに何をしに来た」
「これからのご飯を作るためだよ」
「そういえば、集合時刻は夕食時だったな。ならば俺はお前にリーダーとして命を下す。報告会に夕食を出せ。そして以降も全員分の食事を用意しろ」
私が答えるとすぐ、流れるような数言が返ってきた。
あまりにもスルスルと発せられたそれらを、もう一度頭の中で理解するに……「後でみんなが集まったら一緒にご飯を食べよう。以前は自分の食事を作るなって言ったけど、これからはまた用意してくれ」ということか。
それを十神くんは、“命令”として呑ませようとしているのだった。
「……ええと、十神くんはご飯要らないんじゃなかったの」
「全員分の食事を用意しろ」
繰り返し、上から言葉を注がれる。どうあっても崩さないと見えるその姿勢は、上に立つ者として当然の振る舞いなんだろうか。……少なくとも、私の師匠は違っていたが。
「……十神くんも食べるの?」
「そうするのが最も効率的だと判断したまでだ。報告と食事を兼ねることで時間を、お前が全員分の食事を用意することで個々の手間が省ける」
個々と言っても実質、十神くんだけの問題だ。
突っ込みたい部分はあれど……こんなところでまた仲をこじらせても面倒なだけで、周りの負担も増えるのが目に見えた。
「……わかった。今から作るから、食べられない食材があったら早めに教えてね」
「…………」
素直に受け入れた私を見て、十神くんは意外という顔をした。大方、言い返してくると思っていたのだろう。
「灯滝……お前は、下につく者の素養があるな」
「10年以上、師匠に師事してるし。周りは大人だらけだったから」
十神くんの言い方は、私の下積みの一端が見えたとも取れるし、お前は上に立つ器ではないと言っているようにも取れた。
ともあれ、私が背景を明かすと十神くんは納得したようで、少し前に表情を崩したのが嘘のように、また自分の優位で話を続けた。
「フン……。圧倒的な才能をもってしても、年齢の上下は別軸だからな。だがお前はそこに甘んじ、目上を隠れ蓑にし続けるのか?」
「キャリアの分かれ道は……理解してるつもりだよ。……この、希望ヶ峰学園入学を切っ掛けに、独り立ちしていくつもりだった」
私は十神くんみたいな、人の上に立つために生まれてきたような人間ではない。一介の料理人としては、上に立つより自立をしたかった。
「ならば、とっとと違う店に出るなり、自分の店でも出せ。実行する金に困るような生き方をしてきたわけでもないだろう」
「……うん。外に出たら、具体的に考える」
「――チンタラしているようなら引き抜くぞ」
え、と聞き返す間に十神くんは立ち上がり、空のコーヒーカップを私の立つ方に少し滑らせた。
「……元・超高校級の料理人――いや“料理界の至宝”の愛弟子は、小学生時代から師事しているという現役女子高校生。知識・技術・センスと三拍子揃った実力に加えて、“至宝の右腕”として阿吽の呼吸で料理を作り上げる唯一無二の存在……だったか」
「な……!」
それは、ここに入学する前の私の経歴だった。てっきり十神くんは私のことなど知りもしないと思っていただけに、目を丸くした。
十神くんはそんな私を見て、ニヤリとした。
「お前の料理の味など、ここに来る前から知っている。」
「ええ……!? 食べたことあったの!?」
「不必要な時に告げて何になる? 超常連でもない限り、お前は誰に出す料理かなんて気にして作らんだろう?」
……確かにその通りだった。厨房内にまで名が知れている超常連さんは味付けなどが特殊なごく一部だけだ。それ以外は、給仕さんや仲間に今日のお客はどこの誰かだと言われても、正直頭に入ってこなかった。それより、料理の好みや何を望んでいるかを読むほうに意識が行ってしまう。
「師から離れる意志があるのなら――十神グループの末端で使える駒だと、この俺の頭の隅に記憶しておいてやる」
出口に向いた十神くんは振り返って一言残すと、スタスタと食堂を後にした。
僅かにコーヒーの香りが残る空間にポツンと佇んで、ぽかんとしてしまった。
まさか十神くんが私の料理を以前に食べていたとは……。しかも、散々バカにされていると思っていたのに、曰くの“下につく者の素養”によって彼の仕事で使える駒になったらしい。
それらに対して私は……大きな組織を動かす人は公私混同しないんだなあ、というくらいの感想しか出せないでいた。