「ねぇ、十神クン……腐川さんが何か話したいみたいだけど……」
 葉隠くんの話が終わったところで、苗木くんが腐川さんの様子を窺いながら十神くんに言った。
 十神くんは自分がした命令を忘れていたと、しれっと返した。十神くんは腐川さんを歯牙にも掛けていない様子だけど、彼女はやはりそれでも構わないらしい。
 命令解除を受けた腐川さんは、ようやく喋り始めた。まず十神くんに感謝と口臭問題の解決報告から入る彼女に、朝から何も口にしていないだろうからとお茶を差し出すと、一気に呷っていた。

 腐川さんは、5階の教室でサバイバルナイフを見つけて持って来ていた。誰もが持て余すようなそれは、霧切さんの鶴の一声から全員の賛成をもって、苗木くんに預かってもらうことになった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ナイフなら灯滝さんのほうがよくない? 鶏とか捌けるんでしょ……?」
「捌くにしてもサバイバルナイフって使いにくいから……やっぱり苗木くんが持ってるほうがいいよ」
「それだけ信用されているという事だ。いいから預かっておけ……」
 十神くんからも信用された苗木くんは、釈然としない顔ながら、差し出されたナイフを受け取った。

 ナイフの発見を十神くんから褒められた腐川さんは、現実を受け止めきれず夢だと思い込んで、一人で笑っていた。
「最近の腐川っちを見てると……せつない気持ちになんべ……」
「……恋っていうか、崇拝に見えるのは私だけかな……」
「あそこまで行くと、自分から幸せを掴み損ねる可能性もあり得るべ……」
 私が漏らした言葉に、葉隠くんがコソリと返した。


「ところで、お前たちは見たか? 5階にあった妙な教室……」
「5-C、だよね……」
 十神くんが言っているのは、5-C以外に考えられなかった。……そこだけが異常だったのだ。
 教室中に刃物の傷跡と飛び散った血痕、床には人の形を描いた白線が幾つもあり、多数の死人がいたことをうかがわせた。
 十神くんや霧切さんは、そこで行われた希望ヶ峰学園生徒の大量虐殺が“1年前の人類史上最大最悪の絶望的事件”ではないかと推測していた。
 ……つじつまは合っても、当たってほしくはない話だった。



 いくつかの新情報と謎を残した報告が終わると、十神くんが再び進行を司った。
 十神くんは私たちと行動を共にするにあたって、霧切さんに素性を明かせと迫った。
 肩書きを始めとした霧切さんの情報は一切不明のままだった。でも、私たちの敵どころか対黒幕派であることは、今までの行動からわかることだ。
「話したくないなら、それでいいと思うけど……だって、これまでの学級裁判を乗りきれたのは霧切さんの推理があってこそだよ」
 しかし十神くんは、「これは信用問題だ」と譲らなかった。無用な疑心暗鬼を引き起こさないためというのも、わかる意見ではあった。

「……言えない……」
 その理由は「記憶がない」からだと、霧切さんは答えた。
「記憶喪失なんて笑うに笑えない冗談だぞ……」
 言う気がないなら個室の鍵を預かると脅しをかけた十神くんにも、霧切さんは動じなかった。
「……いいわ、わかった。」
 そう言った霧切さんは、話す覚悟を決めたのではなく……鍵を十神くんに差し出していた。校則上、個室でなければ就寝できないというのに、だ。
「話したくても話せないのよ……さっきから言っているでしょう?」
 十神くんは、理解できないというような目で霧切さんを見ていた。

 ここまで話そうとしない姿に、記憶喪失が本当ではないかと朝日奈さんや葉隠くんが話し始める。
 最悪な事ばかりが起きる最悪の学園――でも、ここでの生活が“全部悪い事ばかり”とは言い切れないのではないか。……そんな意味深な言葉を残して、霧切さんは食堂を離れていった。
「心配しなくても、あなた達に害を及ぼすような事はしないわ……」
 最後の一言と彼女の足音が消えても、残った私たちはしばらく何も話せないでいた。


「十神くん……少し強引すぎたんじゃない?」
「あ、あいつには……あれくらいで……ちょ、ちょうどいいのよ……!」
 先ほどのやり取りについて各々が話し始めると、十神くんは喋り続けた腐川さんに対して理不尽なまでの苛立ちを吐きつけた。
 記憶喪失の可能性などないと見た十神くんからしたら、霧切さんの行動を制限したにもかかわらず効果を感じないこの状況は、穏やかではいられないのだろう。



「きゃあああああッ!!」
 突如として起こった悲鳴は、朝日奈さんの声だった。彼女の指差す先には……モノクマがいた。
「ボクはね……非常に非常に…………怒っているんだよぉぉぉぉおおおおッ!!」
 怒りのオーラに包まれたモノクマは、「ドロボウに宝物を盗まれた」と私たちに凄み、叫び、そして去って行った。

 モノクマは私たちを犯人だと決めつけていたものの、誰も身に覚えはなく、首を傾げる。
「霧切響子の仕業だろう……」
 モノクマから何かを盗むなんてあいつしかできない……そんな十神くんの呟きは、霧切さんの力量を認めたものだった。
 十神くんは彼女が有能だと思うからこそ、素性を明かして信頼をおきたかったのかもしれない。


『キーン、コーン……カーン、コーン』
「えっ! もう10時!?」
 チャイムの音に、みんなが一斉に時計を見た。
「……大変だよ。早く食堂から出ないと。」
 朝日奈さんの言うように、急いで出ないとここで徹夜しなければならなくなる。……数日前の私のように。
 お皿を洗う猶予はなかった。テーブルにまとめておくのが精一杯だ。
 片付け切れないのは非常に心残りだけど、仕方がない。

「話し合いは明日に持ち越しだべ。もちろん、霧切っちの事もな。」
 葉隠くんの言葉に続き、十神くんが、モノクマや霧切さんのこともあるので夜時間の出歩きは控えておくよう忠告をして、解散を言い渡した。
 私は食器を重ねるだけ重ねて、最後に駆け足で食堂から出た。


 5階の部屋の謎……モノクマの言うドロボウとは誰か、宝物とは何か……そして霧切さんの正体と思惑は――?
 やっと団結できたと思ったのも束の間で、霧切さんだけが切り離されたような状態になってしまった。
 不安は尽きない。きっと、黒幕を倒すその日まで……何度でも出てきてしまうのだろう。
 ……夜時間を迎えた部屋で出来ることは少なかった。早く眠って、明日に備えることくらいだった。

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