今日の朝食会の集合時間は、夕食時から夜時間になるまで続いた話し合いを考慮して、十神くんが遅めに設定していた。
 どれくらいかというと、朝の校内放送が入ってすぐシャワーを浴び、髪が生乾きのまま食堂に走りテーブルを片付け、それから朝食の用意をしても何とか間に合う程度のゆったり感だ。
 昨日の洗い物は、定刻より早く来た朝日奈さんが手伝ってくれた。……彼女がいなかったら、朝食会後にまで持ち越していたところだった。

 定刻になるとほぼ全員が集まったものの、苗木くんは1分遅れて十神くんにきつく言われていた。ただ、「ちょっと体調が悪い」というのは本当のようで、普段より食が進んでいなかった。
 そして、朝食会に霧切さんは来なかった。どこにいるかは誰も知らず……モノクマですら、わざわざ探りに食堂へ現れた。
 モノクマにもわからない霧切さんの居場所を、私たちが捜せるとも思えない。彼女についてあれこれ話をしながらも新しい方向性を掴めないまま、私たちは食事を終えた。



 その後、昼食を取りに来た苗木くんは、さっきよりも顔色が優れていなかった。
「苗木くん、雑炊とかどう? すぐに用意できるよ」
「ああ、ありがとう。お願いできるかな。……でも大丈夫だから、心配はいらないよ」
「私も、ちょっと前まで体調良くなかったから……。遠慮も無理もしないでね」
 三つ葉を散らした卵雑炊をふうふうと口に運ぶ姿を見て少し安心する。カウンター越しの私は、厨房の片付けをしながらこれからの行動を考えた。

 腐川さんと十神くんが私たちと一緒の食事を取ることになったので、彼らが厨房を使えるようにと決めた、私の“昼休み時間”は意味を成さなくなった。
 それでも、日中くらいは厨房から離れるように、この習慣はそのままにしようと思う。洗濯や部屋の掃除、手がかり探し……料理以外にもすることはたくさんある。それに、自分の時間を作ったり、休養を入れて体調を整えることも時には必要だ。





 そして昼休み。今日は休養にあてることにして、私は植物庭園に来ていた。
 扉を開けて、見上げる。天井と壁の嘘っぽい青空でさえも、ずっと建物内で暮らしていると、ちょっぴり懐かしい気持ちを覚えた。
 本当の青空は、ここの入学式の日に見た以来で遠ざかっている。早く外の空気を、太陽の光を感じたい……なんて、恋しくなってしまいそうだ。
 そんな、芽吹きかけた気持ちを一旦仕舞うべく、私は舗装された道を一周して緑を満喫した。草の匂いと土の香りは外と同じで、少しばかり安らぐ。

「のどかだなあ……」
「うん。のどかだべ」
「っ!?」
 気を緩めて呟いたところに声が聞こえて、ビクリと体が跳ねた。心臓が慌てて血を送る。
 見回すと、飼育小屋の前に座ってくつろいでいる葉隠くんと目が合った。
 地べたに腰を下ろして後ろに片手をついた恰好からして、それまではニワトリを見ていたらしい。

「居たなら声掛けてよ……ちょっとびっくりしたよ」
「んー、夢中だったんだべ」
「ニワトリに?」
 葉隠くんに近寄って、傍にしゃがむ。目線を下げると、そこはニワトリ観察に絶好のポジションだった。
 昨日、植物庭園を熱心に調べていた報告からしても、葉隠くんはこの場所が気に入ってるんだろう。


「……灯滝っち、ずっとその恰好はしんどいべ?」
 葉隠くんは肩に掛けていた上着を取って、隣に置いた。というか広げたそれは、“敷いた”と言ったほうが正解だった。
 来い来いと手招きされて、躊躇う。
 料理をする手前、地面にそのまま座ったら後で着替えて厨房に行くべきだな、なんて考えて、中途半端にしゃがみ込んだのが良くなかった。
 ここに座れ、と気を遣われたのだ。申し訳なさが先に立つ。
「いや、さすがに、悪いから」
「前から袖と裾は土に触ってたんだから、今更おんなじだべ」

 葉隠くんは気にする様子もなく、すでに敷かれた上着をポンポンたたいて言われては、もはや座らないほうが悪いような気がしてくる。
「……ありがとう。後で洗う……」
「こんくらい、どってことないべ。気にし過ぎだって」
「食べ物扱うから、そういうところあるかもしれない……」
 遠慮しても仕方がないと、ある意味諦めて、私は隣に腰掛けた。
 ベンチでもあれば、こんなことにはならなかったのにと思うも、本来は授業や研究で使う施設だろうから公園的な要素を求めるほうが間違いなのだ。
 こういう場所があってよかったと英気を養うことにして、これ以上深く考えることはやめた。



「うーん、久しぶりに自然の緑を見たよね……なんだかホッとする」
「植物で癒やしを得られるとは、よく言ったもんだべ……。でも油断すんなよ……植物はいつだって、人間に取って代わって支配する隙を狙ってんだぞ……!」
「え……SF映画みたい」
「映画なんて可愛いもんだべ。リアルは作りもんより素っ頓狂なんだべ!」
「……事実は小説よりも奇なり?」
「まあ……そういう感じだ。」

 気持ちを切り替えた私は、変なことを言い出す葉隠くんの隣で緑を眺めた。
 真ん中のモノクマフラワーは不気味だけど、目立つおかげで毎度視界に入ってくる。
 何でも食べちゃう、なんてゴミ箱要らずだ。使い切れなかった食べ物を放り込めばエコかもしれない。それより堆肥にしたほうが土の質が良くなるだろうか。……ここで農業を始めるつもりではないけれど。
 私の考えの方向も、葉隠くんにつられたのか横に逸れる。敷かれた上着の上に両手をついて天井を見れば、雲の模様のペイントがやけにリアルだった。


「でもま、灯滝っちは調子良くなったみたいだな」
「あ、うん……ありがとう。もう大丈夫」
 顔を向けてふっと笑うと、葉隠くんも目尻を下げた。彼のカラッとした、湿度を感じさせない笑顔は気持ちがいい。
 私の体調はほぼ元通りだった。また痛くなるとしたら、数週間後だ。
「……だけど、今度は苗木くんが体調崩してるみたいだよね……」
「やっぱ、ずーっと外に出られんってのは体に悪いべ。こんな人工空間じゃなくて、ほんまモンの外で大地の息吹を感じたいべ」

 今度は葉隠くんが緑に目を遣った。
 学ランのない葉隠くんは、前に倉庫で落下に巻き込まれた時以来だ。変わらず七分に捲った白ワイシャツに、中はくすんだ色合いのくったりしたシャツと腹巻き。地面についた左手首には読めない文字の入った数珠があって、料理優先で飾り気のない私は自分の外見の主張の無さを見て膝を抱えた。
 隣にいるから比較してしまうのだろうか。たまには何も考えずに、思い切りめかし込みたくなった。
 ……公園も然り、おしゃれも然り。学園内だけで生活していると外にしかないものがたくさんあることに気付く。最低限の衣食住の保証だけでは、満たされない部分だった。


「外かあ……。ああ、親が心配してるかな。入学式が終わったら連絡するって言ったっきりだから。……それに師匠は――あのモノクマから渡されたDVDは、何だったんだろう」
 のどかな環境にボケかけたところで、現実を思い出す。
 外の大切な人はどうしているだろうか。そして、この学園の中で同期の人たちが半分以上も亡くなってしまったというのに、解決の糸口がまだ見えない。
「……普通に考えて……こんな大事件に巻き込まれてんだから、外は大騒ぎなんじゃねーかと思ってたけどよ……。“1年前の人類史上最大最悪の絶望的事件”を誰も知らんレベルに隠蔽されてるとこからすっと、俺らの事も外に伝わってねーのかもな……」

「そう考えると、黒幕ってすごい権力者っぽいね……。個別に作られたDVDや、苗木くんが見つけたっていう写真がねつ造だったら、なかなかの技術者だし」
「権力といい技術といい……黒幕がたった一人だったら、こんなん過労死するべ。きっと闇の秘密組織に違いないべ。」
 立ち向かう黒幕が集団だったら、7人しかいない私たちが太刀打ちできるんだろうか。
 学園内には私たちと学園長しかいない、というアルターエゴの情報からすると、学園長という名の黒幕のリーダーが一人潜伏している……ということかもしれない。

「あ、アルターエゴのことだけど……きっと、誰かがネットワークに繋いだんだよね。だから、あんなことに……」
「だろうな……。俺も知らんかったべ。……でもよ、繋いだ奴もアルターエゴも、リスクを承知でやったんじゃねーか?」
「……うん」
 関わった人が誰なのかは、あのオシオキの時に何となくわかっていた。
 その人にしても、アルターエゴにしても、私たちのためを思っての行動だったのだと思う。……くよくよしてばかりでは駄目だと、頭を振った。

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