モノクマの分解は一筋縄ではいかず、交代で作業と見張りを繰り返し、完遂までもう少しというところで朝を迎えていた。
 朝の校内放送は、昨夜集まった5人で体育館で聞いた。モノクマが動かなくても定刻の放送は流れる仕組みなのだろう。思い返してみると、いつも同じ台詞だった気がする。
 食堂のロックが解除されたことを受けて十神くんは、朝食を体育館まで運搬することと、苗木くんを連れて来る役割を募った。
 私は朝食作りのため、自動的にその役に入る。さらに2人行動ルールと、サポートがいたほうが用意が捗ることを踏まえ、もう一人はジャンケンで朝日奈さんに決まった。


 体育館を出て食堂に向かう道すがら、私の隣の朝日奈さんは、徹夜明けでも普段と変わらないテンションだった。
「寝たかったは寝たかったけど、一徹くらいは何てことないねっ」
「私も思ったより元気してる。……あ、でも朝日奈さんから見てどう? 目が死んでたりしない?」
「んー……ちょっと疲れてるかな、って思うくらい? でも、この前の灯滝ちゃんよりずいぶんマシだよ!」
「そう……そっか……」

 今すぐ寝たいほどにつらくはなかった。ただ……顔によく出ると言われてしまったので確認しておこうと聞いたら、これだ。
 朝日奈さんが力を込めて大丈夫と言ってくれたけど、それはセレスさんに閉じ込められた時の酷さを突きつけられているのと同じだった。
「前回はびっくりするほどグロッキーだったけどさ、特別に疲れてたの?」
「うーん。料理疲れ、よりも……考え疲れ? 葉隠くんに裏切られたって思ってたからなぁ……」

「あれはセレスちゃんの罠だったけど、……そっか! 好きな人に裏切られたら誰だってそうなるよね!」
 正解に思い当たったと言わんばかりに目を輝かせて、朝日奈さんは私を見た。
「ん? 好きな人?」
「好きなんじゃないの?」
「え、誰を」
「葉隠を」

「……誰が」
灯滝ちゃんが」
 朝日奈さんは私の問いに当然のように即答して、きょとんと小首を傾げる。
「違うの?」
「えっ、いや……え? なんで」
「だって、……前に皆でお風呂入った時も一回話したけどさ、よく話してて嫌いって事はないでしょ」

「まあ……嫌いではないよ」
 確かにそう言われれば、そうだなあと思う。
「好きじゃないの?」
 私の答え方では納得してくれなかったらしく、今度は逆に私が朝日奈さんに問われ始めてしまった。
 朝日奈さんは、苗木くんと霧切さんの仲もすぐに恋愛絡みだと即断していたり、ちょっと決め付けたがりなところがある。人の恋愛話は大好きなのだろう。そして、自分に振られると慌てるんだろう。下ネタに対する反応からして。


 はぐらかしてしまおうかと一瞬思ったものの、ここは真面目に考えてみた。
 ……好き、といっても、恋愛的な意味でなければ、私はそれなりに葉隠くんを好きなんじゃないかと思う。
 あれだけ自由な人はなかなか居ないし、私にはない部分に触れると視野が開ける。葉隠くんは自分のことを第一に考えているわりに、他の人を思いやらないわけでもなく、不思議な価値観で動いている。たまにこちらを犠牲に何かをしたがるけど、そういう人なんだと思えば相応の交流ができる人だ。

「好きといえば、好きかもしれないけど……恋ではないんじゃないかな」
「どうして?」
「恋っていうのは、腐川さんの十神くんへの想いみたいなものでしょ? だったら違うよ」
「あれは普通じゃないよ。だって命令されて喜んでるんだよ!?」
 全力否定された腐川さんは、これを聞いたらどう思うんだろうと頭の端で考えた。……全然気にしないどころか理解できない層を憐れむ姿すら浮かんだ。腐川さんは何というか、一定方向に物凄い強さがある。

「葉隠と灯滝ちゃんの仲って、ちょっと前に苗木が霧切ちゃんを追いかけていた感じとも違うけどさ……。でも、恋は切っ掛け一つで一変するらしいから、頑張って!!」
「うーん、頑張るのか……」
 別に恋したいと思っているわけでもないのだけど、という言葉は飲み込んで、朝日奈さんからの励ましを曖昧に受け取る。


 唸った私を見て、朝日奈さんは意気込む表情を次第に変えていった。
「ええと、どうするかは本人次第、だけどさ……。その……前にね、さくらちゃんとそんな話をしてたんだ」
 先の言葉は大神さんが言っていたものなんだろう。彼女は思い出すように遠くを見た。
 寂しそうな横顔に、彼女の思いが詰まっていた。

「大切な人が生きているって、それだけで幸せなことだよね……。だから……後悔しないように、精一杯生きなきゃ。」
 灯滝ちゃんも、後悔しないように、ね。
 そう言って笑った朝日奈さんの眉は下がったままで、大神さんのことをまだ完全に割りきれてはいないように思う。
 それでも、今を生きていく決意を持った朝日奈さんは以前よりも格好良くて、可愛いだけではない、美しさが見えた。


 生きている人には、生きているうちしか関われない。伝えたいことも、そのうちでなければ届かない。……それこそ、オカルトみたいな力があれば別だけど。
 ――師匠や親を、葉隠くんやここのみんなを、思い浮かべる。
 生きていてほしい。共に生きたい。甘かろうが青かろうが、誰にも死んでほしくなかった。
 そのためには、できることを、できる限り。そして……後から悔やむよりは無茶をやったほうがいい。

「……うん、生きよう。みんなで生きて、ここを出る。……だからまずは…………ご飯だ。」
「え……うん……確かに食べないと頑張ろうって気持ちもしぼんじゃうよね……?」
「しっかり作るよ。朝日奈さん、できるだけ早く揃えるからちょっと待っててね」
「あー、私も手伝うよ……? 遅いと十神が怒るだろうし」
 協力を申し出てくれた朝日奈さんに感謝を告げる。
 私の心の中は、新たな決意に燃えていた。
 料理で人を生かしたい。単なる食料以上の何かを、受け取ってもらいたい。
 料理くらいしか出来ない私の――だけどそんな私だからこそ出来ることだと、今は思えた。



 食堂から厨房に入った私たちは、急いで準備を始めた。
 私は油を火にかけて、食材を冷蔵庫から取り出しつつ、手を洗い終えた朝日奈さんに作業をお願いした。
「じゃあまずはおにぎり作りを頼むね。私は、せんざんき揚げつつ三五八漬け用意するから、朝日奈さんは余裕あったら一文字ぐるぐる作ってくれる?」
「えっ……おにぎりの後の灯滝ちゃんの言葉が全然わからない……!」
 ついそのまま伝えてしまった郷土料理の名前は、朝日奈さんが知らなくても無理はなかった。
 ……取り急ぎ炊飯器の前に促して、作りながら説明をした。


「……灯滝ちゃんて本当、料理に一途なんだね……。案外セレスちゃんが嘘で言ってたように、葉隠のほうが気に入ってるのかも……」
「ん? 今、何て?」
「あー、っと、こっちは順調だよ! 1人2個で足りるかなっ?」
 聞かれたおにぎりの個数について返すと、朝日奈さんはせっせと続きを作るのに集中して無言になった。
 揚げ物の音で聞こえなかったその前の言葉は何だったのか……一瞬考えたものの、作業に追われるうちに霧散していった。

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・せんざんき:愛媛(今治)の郷土料理。下味をつけた鶏の骨付き唐揚げ
・三五八漬け(さごはちづけ):福島、山形、秋田の郷土料理。塩、麹、米を3:5:8の割合で漬床にした野菜などの麹漬け
・一文字ぐるぐる(ひともじぐるぐる):熊本の郷土料理。茹でたワケギの根本を軸に葉の部分を巻きつけたものを酢味噌につけて食す

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