「今の霧切さんの言葉には……ウソがあるよ……」
 ――それは、苗木くんだけが知っていた決定的な証拠だった。



 「霧切さんは、学園長室から盗み出した、学園中のすべての鍵を解錠できる“モノクマの秘密道具”を持っている」という苗木くんの証言によって、霧切さん以外の犯人は考えられなくなった。
「…………どうやら、ここまでのようね……」
 霧切さんは“罪”ではなく“負け”を認めたと、静かに言った。
「……たとえ罠だとしても、その罠から抜け出せなかった以上は……私の負け……そういう意味よ……」
「……え? じゃあ、もしかして……本当に……霧切さんは犯人じゃ……」

「はい! タイムアップでーす!!」
 苗木くんが言っている途中で、モノクマは時間切れを宣告した。モノクマは霧切さんが遅れてきたせいで時間が押していると説明すると、口を挟む間もなく投票は始まってしまった。
投票は霧切さんに集中し、選ばれた霧切さんは「大正解」――つまり“クロ”だと、モノクマは腹を抱えてご機嫌に言った。
 霧切さんは、何も言わなかった。


 学級裁判中に霧切さんは、自分は犯人ではない、これは黒幕の罠だと言っていた。
 ……だけど“校則”だけは律儀に守るモノクマが、ここに来て嘘を付くだろうか。
 霧切さんは人を殺しても、苗木くんを陥れようとしても……ひいては私たちを処刑してまでも生き残って、一人で真相を暴くつもりだったのだろうか。
「霧切さんにとって、どんな犠牲を払ってでも得たかったものが……この学園の謎を明かすこと、だったの……?」
「…………」

 霧切さんは答えず……誰もが沈黙していた。
 霧切さんを見つめる苗木くんの顔色は、すこぶる悪かった。
 これまでの学級裁判は、苗木くんと霧切さんが中心になって解決まで導いていたようなものだった。そんな霧切さんが犯人で、苗木くんは指摘しなければならなかったのだから、衝撃も心理的負担も大きかったのだろう。



 モノクマはせっかちに、オシオキを始めるべくボタンを叩いた。
 隣の部屋には、教室のようなセットがあった。机がずらりと並べられたその中央で、霧切さんは姿勢良く席につき、ベルトコンベアーに乗せられていた。後ろ向きに運ばれているその先では巨大なプレス機が稼働し、彼女の到来を待ち構えている。
 丸眼鏡を掛けて教師ぶったモノクマは黒板に書かれた“プレス機”の説明を指し棒で示すが、霧切さんは険しい顔でメモすら取れないほどに硬直していた。ベルトコンベアー上のモニターではモノクマフェイスが転がりはしゃぐ。
 講義は“生命の始め”へと移り、霧切さんは一瞬顔を赤らめたように見えたけれど、迫るプレス機の振動と音にみるみる青ざめ……一瞬後ろに視線をやったあと、瞳を閉じた。
 規則的に地面を叩くプレス音は、一度だけ水気を帯びた音を立てた。
 ――霧切さんへの“補習”は、彼女の死をもって終了した。





 霧切さんが処刑された後、学級裁判を行うことはなかった。
 十神くんはコロシアイというゲーム(彼曰く)を降りていたし、他のみんなも人を殺してまで外に出ようとはしなかった。……ジェノサイダーだけは考えが読めない人だったけど、殺したいほどに気に入っていた十神くんを殺すこともなく、至極平和に日々は過ぎた。

 ただ……「私を犯人にしたら、この学園の謎を明かすことはできない」という霧切さんの言葉通り、いつになっても黒幕の正体はおろか新たな手掛かりすら掴めなかった。
 開かないままになっている、寄宿舎の2階へ続くシャッターの先は気になった。でも、モノクマが解錠するケースは今までからして、“殺人が起き、学級裁判でクロをオシオキできた場合”以外にない。
 2人の犠牲を出してまで解錠させる選択はできなかった。かと言って、シャッターを壊せるほどの道具も作り出せる能力も私たちには無かった。



 そうして……どれくらい月日が流れたんだろう。
 いつしか私たちは、黒幕を暴き脱出することを第一にしなくなった。次第にモノクマが現れる頻度は減ったものの、食料を始めとする物資は毎日補充され、生きる事に不自由はなかった。
 だけど全く進展はなく……ただただこの閉鎖空間で生活し続ける異常は、緩やかに私たちを変えていったんだと思う。

――「次世代と共に手段を探す。それが最善の選択だ。」
 原因も分からず衰弱死した腐川さんを弔った日、十神くんはみんなを前にそう言った。
 医療に長けた人間はここにいない。あらゆる知識を持つ十神くんにも限界はある。腐川さんのことで、そう悟ったからこその言葉だった。
 全員が“超高校級”と言えど……年季とも言い換えられるような、経験による技術の研鑽と精神の成熟は、誰もが不十分だった。
 ……寿命は誰にでも訪れる。腐川さんの死が、それらを私たちに強く意識付けた。

 私たちは、十神くんの発言の意味を理解した上で……全員が同意した。
 新たな命と知恵を合わせることで“私たちの希望”は繋がっていくのだと、未来に思いを馳せた――。





 さらに、数年後。
 全員で食堂に集まり、私の正面でみんなが一列に並ぼうとしていた。
「ほーらー、写真撮るんだからちゃんと並ぶんだよー」
実ノ梨はこっちに来い。身重のくせに……」
「パパママでじゃんけん一発勝負って決めたでしょ。パパなら子どもちゃんと見てて」
「はは……一回撮ったらすぐボクが交代するからさ……」

 朝日奈さんは葉隠くんの子を抱っこ紐でかかえながら、十神くんと苗木くんの息子たちに声を掛ける。
 十神くんは不機嫌そうに私に言うけれど、一度決めたルールを破るなんて子どもの目の前でしちゃいけないと思う。長男のパパなのに、そういう自覚が足りていないのは困る。
 ――撮影役じゃんけんで真っ先に負けたのが私で、その次が苗木くんだった。
 以前に比べれば小規模ながら未だに衝突が絶えないメンバーの中で、苗木くんは常に間に入る役割をしてくれる。

「文句言うなら十神っちが撮影買って出ればよかったんだべ」
「俺が勝負に参加してやっただけでも譲歩だ」
「あーはいはい。それで実ノ梨ちゃんが当たっちゃったんだから任せようよ……」
 葉隠くん、十神くん、朝日奈さんのやり取りは相変わらずだ。
 葉隠くんと言えば……髪を後ろで括るようになって髭も伸ばしたせいか、少し雰囲気が変わった。中身は……よく分からないという意味では変わっていない。

「おーおー、ぐずんなっつの。オメー眠くなったか?」
「泣き止ませろ葉隠」
「このまま撮っちゃったほうがいいんじゃない? 子どもは待てないし」
 パパ3人が葉隠くんの子についてあれこれ話している姿が微笑ましい。この学園内でこんな平和な風景が見られるようになるなんて……数年前は想像もしなかった。


 腐川さんが亡くなってから私たちは、全員で一つの家族になると決めた。
 次世代を誕生させるために、私と朝日奈さんは毎日入れ替わり立ち代り彼らを受け入れるようになった。
 監視が続く中、カメラのない場所や死角で交わっていたけれど、ある日を境にあまり気にしなくなってしまった。
 「希望を作る過程なんだから、むしろ見せた方が外の人たちに希望を与えられるんじゃないか」…………そう言ったのは、誰だったっけ?

 一つの家族として、私も朝日奈さんも誰の子どもを身篭ろうと産み育てる。全員、誰と誰の子というのを気にせず子どもたちに接する。
 そんな決まりを意識しなくても、自然にそうなっているのが私たち家族の素晴らしいところだと思う。
 ただ、パパたち……特に十神くんは、母親はともかく父親が自分かどうかは気にしてしまうみたいだけど。それくらいは個性というか……ご愛嬌として許してあげている。……これに関して、ちょっと上から目線で彼らを見ているのは内緒だ。


「はーい、じゃあそろそろ撮るよ」
「お父さん、その写真はなんですか?」
「……入れないと怨念で復活しそうだからな」
「ギャー! 腐川っちの幽霊化とか怖すぎんべ!!」
「ていうかそんな写真、いつの間に撮ってたの?」
「誠パパ、お父さんがおしえてくれない」
「写真の人……腐川さんはね、お父さんやボクたちみんなにとって、大切な人だったんだよ」

「みんな、こっち向いてー」
 ファインダー越しに、みんなを見る。
 子どもたちの様子を見つつも、余裕が見える葉隠くん。
 間近で泣く子に少し慌てた顔をした、でもお母さんしている朝日奈さん。
 自分の息子を朝日奈さんと支えながら、困り顔の苗木くん。
 腐川さんの遺影を手に、柔らかい表情で微笑む十神くん。
 すくすくと成長している、3人の子どもたち。
 ここに、もうすぐ私のお腹に宿った新しい命も加わると思うと……胸がいっぱいになる。

「はい、チーズっ!」
 世界というには小さすぎるこの学園の中での、私たちだけの平和を、切り取る。
 こんな非日常的な日常も、希望の形の一つなんだと感じながら、私 は シャ ッター を 切 っ た ……

 …………

 …………?





 ……あ……れ?

「…………?」
「苗木、何をボーっとしている。霧切の主張に反論はないのか?」
 十神くんに言われた苗木くんが、目を瞬かせてあたりを見回していた。
 霧切さんと十神くんがそれを厳しい目で見つめて…………、霧切さんが生きている!!
「っ!!」

灯滝っち、どうかしたん……? 目がうつろだったべ」
「大丈夫? 灯滝ちゃん?」
 葉隠くんが髪を括っていない。朝日奈さんもポニーテールじゃない。それに――腐川さんも生きている!!
「な、なに見てるのよ……気色悪いわね……」
「あ……ごめん、何でもない……。立ち眩みかもしれない……」
 違う。そんな一瞬ではない白昼夢を見ていた気がする。でも説明できない。薄ぼんやりとして、ほとんど覚えていなかった。

「フン……この状況で居眠りか? 大した度胸だな。さっさと議論に戻るぞ……!」
 痺れを切らした十神くんが、再度問いかけた。
「……霧切の主張に反論はないのか?」

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(another)

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