「…………」
――私たちを見た苗木くんは何を言うでもなかった。……口を真一文字に結ぶことが意思表明のように、私には映った。



「……どうした、誰も反論はないのか? 霧切の主張を認めるということか?」
 しばらく静寂が続き、十神くんが確認しても、誰も口を開かなかった。
 この様子に、霧切さん以外が武道場のロッカーの鍵を置いたことを認めざるを得ない、と十神くんはこぼした。
「でも……どうして霧切さんの部屋に武道場のロッカーの鍵があったんだろう……。誰も入れないはずなのに……」
 十神くんはアリバイがあって、犯行はおろか途中で霧切さんの部屋に行く隙すらなかった。
 霧切さんも苗木くんも、もちろん私たちも霧切さんの部屋に立ち入れなかったはずなのに、そこに鍵があったなんて……おかしいのだ。

「考えられる可能性は一つだけだ……あらかじめ自分が持っていた鍵を、あたかも、その場で見つけたようなフリをした……」
 十神くんが言うような人物は――一人しか思い当たらなかった。
「それって……苗木の事だよね……?」
「そうとしか考えられまい。」
 指摘した朝日奈さんに、十神くんは苦々しげに言葉を吐いた。
 捜査で十神くんと一緒に霧切さんの部屋に入ったのは、苗木くんだけだった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 疑惑の目が一斉に向いた苗木くんは、慌てて反論を始めた。
 この事件には裏がある、この学級裁判自体がおかしい――その主張には同意したい。だけど今の彼に言われると、疑惑を振り払いたいがための言い訳にも聞こえてしまう。
 真偽はわからなかった。苗木くんを信じたかった。だけど状況は、苗木くんが犯人だと言っていた。

「霧切さんも言ってただろ? 黒幕の罠だって! だから……きっとこれは……ッ!!」
「はい! タイムアップでーす!!」
 苗木くんが言っている途中で、モノクマは時間切れを宣告した。
「どういう事? タイムアップなんておかしいわ! だって、今まで一度もそんな事……」
 霧切さんの抗議も意に介さず、モノクマは霧切さんが遅れてきたせいで時間が押していると説明すると、苗木くんが制止を叫んでも、そのまま投票が始まってしまった。



投票は苗木くんに集中し、選ばれた苗木くんは「大正解」――つまり“クロ”だと、モノクマは腹を抱えてご機嫌に言った。
 葉隠くんと朝日奈さんはすまなそうに、腐川さんと十神くんは苦々しげに、苗木くんを見ていた。
 ……私も、苗木くんに投票した。
 苗木くんではなかったら……霧切さんの犯行が否定された今となっては、もはや誰も犯人になり得ない。彼に票を入れるほかなかった。

 クロと言われてもなお、苗木くんは自分が犯人じゃない、この学級裁判は変だと必死に主張していた。
 モノクマはそんな苗木くんを大声で制し、オシオキを宣告した。
「ま、待てよ……どうしてボクが……」
 弱々しく呟いた苗木くんを、霧切さんが苦悶の表情で見つめていた。
「……許してもらおうとは思わないわ。すべて私の責任だから……」
「霧切……さん……?」
 聞き返したそれが、最後だった。



 モノクマはオシオキを始めるべく、ボタンを叩いた。
 隣の部屋には、教室のようなセットがあった。机がずらりと並べられ、その中央で苗木くんは姿勢良く席につき、ベルトコンベアーに乗せられていた。後ろ向きに運ばれているその先では巨大なプレス機が稼働し、彼の到来を待ち構えている。
 丸眼鏡を掛けて教師ぶったモノクマは黒板に書かれた“プレス機”の説明を指し棒で示すが、苗木くんは険しい顔でメモすら取れないほどに硬直していた。ベルトコンベアー上のモニターではモノクマフェイスが転がりはしゃぐ。
 講義は“生命の始め”へと移り、苗木くんは一瞬顔を赤らめたように見えたけれど、迫るプレス機の振動と音にみるみる青ざめて、冷や汗を吹き出した。そして……覚悟をしたようにぎゅっと瞳を閉じた。

 しかし苗木くんがプレス機の手前に迫ったところで、そのディスプレイに怒り顔のアルターエゴが現れた。
 プレス機は稼働を停止し、苗木くんは当たる事なくベルトコンベアーで運ばれ続けた。
 苗木くんはそうっと目を開けて、状況を見ていた。
 そのまま最後まで運ばれた彼は、穴へと落下していった。
 “生命の終わり”を教えようとしたモノクマは、驚きの表情で教卓から身を乗り出した。
 ――苗木くんへの“補習”は、彼がプレス機奥から奈落へ落ちる様を見届けて終了した。



「な、なんだよこれ……なんなんだよ……!」
 予想もしなかった事態にモノクマは動揺していた。
 モノクマはアルターエゴの介入を、ネットワーク侵入時に仕掛けられたウイルスと予測して、怒りも露わだった。
「どうやら計算が狂ったみたいね……いえ、狂いっぱなしね……」
 霧切さんは数分前の苦悶の表情とは一変していた。尚もモノクマに「私達のことを甘く見過ぎていた」と追い打って、口の端を上げた。

 だけどモノクマはすぐに感情を鎮めて、多少のイレギュラーは痛くも痒くもないと返した。私たちに、世界に、絶望を与えてやると嗤って、学級裁判場から去っていった。
 負け惜しみ、捨て台詞……そう捉えるにはまだ確証がなく、不気味だった。
 そして……混乱しているのはモノクマだけではなく、私たちもだった。
 最後まで犯行を認めなかった苗木くん。「許してもらおうとは思わない」と告げた霧切さん。アルターエゴによって苗木くんが処刑を免れた事実。そして今の、霧切さんの意味深な発言。
 霧切さんに状況の説明を求める十神くんに、彼女は「追い詰められているのは黒幕の方だ、その意味はすぐにわかる」と……いっそう不敵に笑った。

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