学級裁判は、被害者の特定から始まった。
 被害者は霧切さんで目の前の彼女を幽霊だと言い張る葉隠くんに、「被害者のようにつけ爪をしていたら、霧切さんの手袋は付けられない」と苗木くんや霧切さんが説明して納得させた。
「幽霊嫌いなら、幽霊だって決め付けないほうが怖くないよね……?」
「幽霊じゃないと思ってたらリアルに幽霊だった、ってほうが怖さ倍増するべ! これはある種の予防線だべ!!」

「お前のせいで数分無駄にしたぞ葉隠……。先日決定したお前の鳥葬は、苦痛の末に行われると覚悟しておけ……」
「なっ……数分の代償が重すぎるべ……!」
 鳥葬はともかく……葉隠くんの話で十神くんが怒るのも無理はなかった。とにかく幽霊疑惑を振り払い、やっと本格的な話し合いに入った。

 被害者の手の甲にあった特徴的な紋様――あれはフェンリルという狼で、傭兵部隊の刻印であること、そして希望ヶ峰学園生徒のプロフィールに、戦刃むくろが“超高校級の軍人”であり傭兵部隊フェンリルに所属していた過去が記されていたことを苗木くんと十神くんが突き止めていた。
 つまり、被害者は戦刃むくろだったのだ。彼女が殺されてもモノクマが動いている、ということは黒幕ではなかったと言える。そして、“超高校級の絶望”ではなかったとも言えるだろう。


 ここでモノクマがあらためて、このコロシアイ学園生活の参加者は戦刃むくろを含めた17人であること、今回の被害者も犯人もその中にいることを告げた。
 これ以上に新たな存在は出て来ないのなら……アリバイの関係上、容疑者は苗木くんと霧切さんの二人のどちらかしか考えられなかった。

 苗木くんは自分への疑惑を払拭するために、死体が植物庭園に置かれた時間の特定を始めた。
 苗木くんが私たち、モノクマ解体組と合流したのが7時半だった。なので、それ以降はアリバイがある。
 7時半は植物庭園にスプリンクラーでの散水が行われる時間だけど、死体は爆発の消火活動によって上半身は濡れていても下半身は濡れていなかった。
 つまり死体は7時半以降に現場に置かれているので、アリバイは成立すると苗木くんは主張した。


 これでアリバイがないのは霧切さんだけになった。渦中の霧切さんは注目を集めると……凛とした声でこの場の全員に宣言した。
「……私がここで処刑されたら、この学園の謎は明らかにならない……だから……絶対にそうはさせない……!」
 犯人ではないという事かと問う十神くんに、霧切さんは疑うことすらおかしいと言わんばかりに「当然」と言い放った。
「これは黒幕の罠なのよ……」
 ……モノクマは霧切さんの告発を聞いても、苦しい言い訳だと派手に嗤うだけだった。

 しかし十神くんは、戦刃むくろを“超高校級の絶望”――黒幕だと思っていた霧切さんは、彼女を殺して全てを終わらせようとしていたのだろうと、動機となりうる要素を指摘した。
 霧切さんは依然不利だった。だが彼女は、死体が濡れていなかったのは物置にあったビニールシートを敷いてスプリンクラーをやり過ごしたためで、殺人が起きた時間帯を誤認させるために使ったのだ、と反論した。
 それでは乾いていなかった血がビニールシートに付いてしまうのでは、と苗木くんが疑問を呈しても、それは偽装工作のために散水後に撒いたのだと一蹴し、血は植物庭園のニワトリから調達したと推察した。

「つ、つまり……犯人はニワトリを殺して、その血を使ったってんか……? なんつー残酷な事すんだべ!!」
「そんな事で生き物を殺すなんて酷いよ! どうせだったら、私が食べたのに!」
「食べた……? そういや、今日の朝飯……骨付きの鶏の唐揚げあったよな…………ま、まさか!! 灯滝っち!? ここのニワトリをっ!?」
「待って待って、私も夜からずっと一緒に居たでしょ……? それに前から漬け込んでないと味が染みないし、鶏といえども朝のあの短時間じゃ捌けないからね?」

「そ、そうか……。じゃあ完全に血のためだけに、犯人はニワトリ殺したんか……。悲しすぎるべ……」
 ガックリと肩を落とす葉隠くんに言葉を掛けたかったところだけれど、議論から話が逸れてしまいそうなので今回は堪えた。
 

 偽装工作の血はあらかじめ白衣に付けておいて、スプリンクラーの散水が終わってからビニールシートと掛け替えるように死体に被せたのなら、短時間で行える……。
 この方法なら、朝に私と朝日奈さんが苗木くんと離れていた少しの間でも、苗木くんは実行できる。そう霧切さんは断言した。
 確かに、と納得するものの……これで苗木くんが犯人ではないと言い切れなくなってしまった。
 さらに、死体の腹部に刺さっていたナイフ……苗木くんが預かっていたサバイバルナイフに話題は移った。

 ナイフは白衣の上から刺さっていた。死後の偽装工作の後に刺されたのだから、直接の死因とは無関係だ。つまり、苗木くん疑惑を向ける罠……。
 発見後の爆発も、体育館でモノクマから取り出した爆弾を使って、本来の致命傷をわかりにくくする証拠隠滅の手段だったと苗木くんは考えていた。
「戦刃むくろの致命傷は、後頭部の打撃痕だったはずだよ!」
「全身の無数の傷ってのは? あれは、事件とは関係ねーのか?」
「モノクマファイルによると、あれは、以前からあった古傷らしいんだ……」
「古傷じゃ……関係ねーか……」

 “以前からあったと見られる全身の傷跡”では、直接の死因ではない……。戦刃むくろが軍人でいたのなら、傷を作ることくらい日常茶飯事のように思える。だから消去法で“後頭部の打撃痕”が致命傷だと考えられる。葉隠くんの疑問に答えた苗木くんの推理は、間違っているようには聞こえなかった。
 そして十神くんと苗木くんが武道場のロッカーで見つけたというジュラルミン製の矢と血塗れのガムテープ……テープで束ねた矢が凶器であり、犯人は証拠を隠すためにロッカーに入れて鍵を掛けたのだろう。……その武道場のロッカーの鍵が落ちていたのは、霧切さんの部屋だと苗木くんは言った。


 十神くんはこの証拠と、今まで出たアリバイ・動機・苗木くんに疑惑を向ける偽装工作から、霧切さんが犯人だと断定していた。
 だけど苗木くんは、これだけ要素が上がっていても霧切さんを犯人視していない……というより、犯人とは考えられないようだった。
「……霧切さん、教えて欲しいんだ。昨日の夜の件だよ……」
 昨夜に霧切さんが苗木くんの部屋にいたのは何故かと、苗木くんが霧切さんに尋ねた。
「私は……あなたを助けただけよ……」 
 意味深な二人の会話は彼ら以外には意味不明で、……苗木くんですら霧切さんの答えがどういうことなのかを正確にわからない様子だった。

 結論を急かす十神くんを、霧切さんは制した。霧切さんが犯人じゃないことは十神くんが一番よく知っているはず……その言葉で、私は気付いた。
 霧切さんの部屋の鍵は、数日前から十神くんが預かったきりだったのだ。
「霧切さんは自分の部屋に入れなかったはず……そういう事だよね?」
 苗木くんが説明をして、十神くんもハッと顔色を変えた。自分自身が管理していた鍵だ、霧切さんには不可能と思い至ったのだろう。

「やっと、わかってくれたみたいね……」
 霧切さんは追求される心配がなくなったと、少しばかり緊張を緩めたように見えた。
「…………」
 苗木くんは眉間にシワを寄せて黙っていたが……それも数十秒のことだった。
 やがて、苗木くんは迷いを捨て去るように私たちを見た。



>>「今の霧切さんの言葉には……ウソがあるよ……」――それは、苗木くんだけが知っていた決定的な証拠だった。

>>「…………」――私たちを見た苗木くんは、何を言うでもなかった。……口を真一文字に結ぶことが意思表明のように、私には映った。

←BACK | return to menu |

(文中最後のいずれかの台詞から、次ページへどうぞ)

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!