いつもより短い探索時間を終えて、全員が食堂に戻って来た。
 思えば、学級裁判後の当日中に探索と報告会をするのは初めてだ。
 夕食を取りながらみんなの話を聞くと、新しいエリアの開放や鍵付きの部屋が開いていたということはなく、残念ながら収穫はなかった。
 校内探索と苗木くんについての手がかり探しは引き続き翌日も行うことにして、今日のところは食事後すぐ解散すると決まった。
 一日が長い気がするのは、昨日から夜通し動いているからというのもあるだろう。ひとまず休養を取って、明日に託したほうがいいと私も思った。



「ああ……そうだ、灯滝ちゃん。こんな時くらいさ、料理は……例えば野菜は簡単なサラダにするとか、いろいろ凝らなくたっていいんだよ?」
「あー、うん……そうだよね……」
「ま、俺は食えるもんなら食うから、手抜きしても文句言わんべ」
 報告が落ち着くと、朝日奈さんが私に話し掛けた。
 料理に手間や時間を掛けなくていい――朝日奈さんも葉隠くんも、そう言っているのだろう。
 私は曖昧に返した。調理したものを提供したい理由は、私が料理好きというだけではないのだけれど、上手く説明できそうにはなかった。

「……みんなの食事を預かった以上、料理人としてのプライドがそれを許さないのよね、灯滝さん?」
「うーん、そんな感じかな……」
「おい灯滝、今日の昼食7人分は何分で作った?」
「ええと……15分くらい? 片付け込で」
「……才能の極振りもここまで来ると潔いものだな」
「ちょ、ちょっと灯滝……ッ! 白夜様の胃袋を掴んで、横恋慕なんて……ゆ、ゆ、許さないわよ……!!」
「横も何も、はなからオメーと十神っちが関係してるようには見えんべ……」


 十神くんと私が会話する間に、霧切さんは厨房に入って行った。腐川さんの抗議と葉隠くんの突っ込みが終わる頃に戻った彼女は、とある物を持っていた。
「朝日奈さん、このパプリカを齧ってみてもらえるかしら」
「え? うん、いいけど……」
「うわー、この後で挑戦者と3人の鉄人が出てきそうだべ。朝日奈っち、どうせならカメラ目線で……さあっ!」
「は!? 嫌に決まってるでしょ! これ全国生中継されてるんだよ!?」
 どこぞのテレビ番組さながらに演出したがる葉隠くんの提案を、朝日奈さんは断固拒否で怒っている。

「生中継……?」
「ああ、霧切さんは知らないよね。あのね……」
 霧切さんに聞き返され、彼女が情報処理室での一部始終の場にいなかったことを思い出した私は、掻い摘んで話した。
「でも……モノクマが脅かすために仕掛けをしたのかもしれないよね?」
「ええ、だけど……おそらく事実でしょう」
「だろうな……」
 私はまだ信じられない気持ちだけど、霧切さんも十神くんも生中継が事実と考えているらしい。そう思い至る要素を、私はまだ掴めていなかった。



「朝日奈さんどうかしら、美味しかった?」
「うーん……正直、あんまり美味しくない……」
「だと思ったわ。」
 霧切さんが朝日奈さんに向き直って生パプリカの味を尋ねると、もぐもぐと咀嚼する彼女は眉間にシワが寄っていた。歯型のついたパプリカを見るに、朝日奈さんは思い切り齧りついたらしい。
 パプリカは似た形のピーマンと違い、生食でも苦味がないのでサラダ等で提供することも多い野菜だ。でも、その意識でここのものを出してしまうと、彼女のような反応になると思い控えていた。

「私も以前に生野菜を口にしてみたけれど、どれも鮮度はあっても旨味がなかったわ。……どうやらここに補充される生鮮食品は、食材として上質ではなみたいね。だから灯滝さんは、必ず調理……つまり加工をして提供しているんじゃないかしら」
「ただのサラダじゃ素材の味が出ちゃうから、毎回一手間掛けてたってこと?」
「そうでしょうね。そして、これは野菜に限ったことではないみたい。……思い返してみて。ただの白米が出てきたことがあったかしら?」
「あー、そういや何かしら入ってたな……いつも炊き込みとか混ぜご飯だったべ」


 食材の事情を知っていた霧切さんは、朝日奈さんの反応を見越して、実際に体験させたのだった。
 ここに来て以来、毎日私の料理を口にしていた朝日奈さんと葉隠くんは、納得の表情で霧切さんの話を聞いていた。
「……灯滝さん、合っていたかしら? 私の推理」
「うん、私の出る幕がないくらいに、その通りだよ……。任された以上は、美味しいと思えるものを出したくて……」
 でも、なるべく時間を掛けないで作っていると補足して、私は言葉を続けた。

「生鮮食品は……見た目はいいんだけどね。肉にしても、サシが入ってるのに味が乗っていないのが不思議で……。なんていうか……どれも工場で画一生産されているように思えるんだ。倉庫の保存食類は、まあマシなんだけど……賞味期限がやたらと長いから、作りたてを持って来てるのかも」
「黒幕って、あんまり食べ物に興味ないのかな」
「というか、工場経営者なんか?」
「うーん……。でも、黒幕はここでの生活の安定を防ぎたかったのかなって思ってる。不自由がないように見せかけて、不満がある方が外に出たくなるだろうし……」
「……コロシアイの助長、ね」
 朝日奈さんと葉隠くん、そして私の考えを聞いて霧切さんも、食材の話から浮かぶ黒幕像に思いを巡らせた。


「確かに……美味しいご飯って、生活がパッと明るくなるっていうか……」
「じ、じゃあ黒幕は……ここに“超高校級の料理人”がいることを知っていて……不味い食材を置いてるのね!? 灯滝が死んだら絶望するように……!」
「や、逆じゃねーか? 灯滝っちみたいのがいるんなら、食材なんて置かずに毎日同じ仕出し弁当来る方が、全員生き続けてても皆が地味に凹んでくべ……」
「うわ、それは……ずーっとご飯作れない環境だったら、私、発狂しかねない……」
「これ以上面倒を増やされたら堪らんな。お前は一生料理していろ」
 再び朝日奈さんがこぼした呟きに反応して、腐川さんも黒幕に非難の声を上げた。
 食事一つ取っても、腐川さんや葉隠くんの言うように、黒幕は策を講じていたのだろうか。

 ……黒幕は私たちを、そして世界を絶望させたがっている。希望を潰したがっている。
 私の場合は……料理が出来なくなることが、絶望に繋がる。私から料理を抜いたら、私が私でなくなってしまう。
 今までの動機の出し方からして、黒幕は私たちの事情に詳しいはずなのに……ピンポイントで私を絶望させないのは、黒幕も校則に則って動くというポリシーのせいなんだろうか。
 いずれにしても……料理ができる環境がある限りは、十神くんに言われずとも私は一生料理をするだろう。それが私という存在なのだから。



「それじゃあ……食事は引き続き、灯滝さんの裁量で用意してもらうのが良さそうね」
「んー、そうだね。これからもよろしくね、灯滝ちゃん」
「わ、私は……あるから食べてるだけよ……」
「何にしても、作ったものを食べてもらえるのが一番嬉しいから。任せて」
 結局、食事については今までの形が継続されるということになり、霧切さんと朝日奈さんに次々頼まれた私は、大きく頷いた。
 腐川さんの場合は……言葉より空のお皿を見るほうが、気持ちが読めた。

「非常事態では空気を読めよ。火事場で死ぬまで料理し続ける馬鹿は捨て置くぞ」
「まっ、こんだけ灯滝っちの飯食わされて急に倉庫飯ばっかになったら、耐えられんくなりそうだけどな!」
 アッハッハ! と葉隠くんに笑い飛ばされるのも、その前の十神くんの辛辣なようでそうでもない忠言も……今は、料理に関してはみんなに認めてもらえているからだと思えた。

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