夕食は、全員が集まったことで自然と早めに始まった。
 霧切さんと苗木くんを待ちながら……とはいえ、二人がいつ帰ってくるかはわからない。それでも誰も食堂を出ようとはせず、食事を終えて暇を持て余した彼らは雑談に花を咲かせていた。
「霧切ちゃん……大丈夫かな」
「……あいつ、いつまで“サウナと水風呂を行き来”してるんだ……」
「霧切は……全身から水という水を出し尽くしてる頃よね……そうよね……フフ、ウフフフ……ッ」
「オメーが言うとなんかこう……、いや、やめとくべ」

 霧切さんたちの動向が気になって、つい口に出してしまった朝日奈さんの発言を、十神くんは若干青筋を立てつつもフォローしていた。
 腐川さんも十神くんに続いてカバー……をしたのかは微妙なところだった。葉隠くんの突っ込みも歯切れが悪い。というか、霧切さんが実際に腐川さんの言うような状態になっていたら、止めに入らなければ危ない。
 厨房で洗い物を終えた私も、テーブルについて会話に加わった。
「脱衣場にお水持って行ってあげたほうがいいかな」
「…………霧切のことだ、倒れるようなヘマはしないだろう」

 暗にカモフラージュの必要はないと私に返した十神くんは、落ち着き払ったままコーヒーのおかわりを受け取り一服した。するとその様子を見た腐川さんが、恨めしそうに爪を噛んだ。
「白夜様に信頼されているなんて……あ、あの鉄面皮……ッ!」
「なんでそう、全方向にヤキモチ焼くのかね……」
「な、なによ……あんただって白夜様に、い、色目使ってるくせに……」
「は!? どこをどう見て言ってんの!?」
「む、む、胸から主張してんじゃないわよ!! あと、いちいち目を輝かせて眩しいのよッ!」

 呆れる朝日奈さんに、矛先を変えた腐川さんが噛み付いて、言い合いが始まってしまった。
 そこに十神くんは干渉することなく、持ち込んだ本を読み始めた。葉隠くんも余計な口出しは災いの元とばかりに、トランプカードを広げて暇つぶしに掛かっている。
「葉隠くんはトランプ遊び?」
「いんや、これも占いの一種だべ。……インスピレーション占いで、モノクマは学園内に那由他いるとか出たもんだから……ちっと気分転換でな」
「なゆた……?」

「……10の60乗だ。兆も京も足元にも及ばない単位のモノクマが、ここに存在するわけないだろう。インチキ占い師め」
「俺の占いは3割の確率でピッタリ当たるんだべ! これが当たらなくたって他の何かが必ず当たるんだからインチキじゃねーぞ!」
「外れてる自覚はあるんだ……」
 十神くんの補足にその数字の途方のなさを実感した私も、それは当たらない占い結果と思わざるを得なかった。



「……あッ!?」
 言い合いをしていたはずの朝日奈さんが突然大きな声を上げたので、私たちは一斉に彼女の方に振り向いた。
 何かに囚われている彼女の瞳を追うように、視線の先を見た。
 朝日奈さんは、今度は確かめるように……そして、そうであってほしいと願うように――現れた“彼”に名を尋ねた。

「苗木……だよね……?」
「み、みんな……ッ!」
 やや小柄なその体格、制服の中にパーカーを着たその姿、少し長めで無造作にはねた髪……そして頭のてっぺんの髪の毛が一房逆立ったような、普通の中で少しだけ普通じゃない特徴。
 その口から感極まったように出た声が、待ち望んでいた存在だと証明していた。
 どの角度から見ても苗木くんだと、真っ先に朝日奈さんが駆け寄って行ったのを皮切りに、待っていた全員が立ち上がった。


 生きていたのね、なんて皮肉に聞こえかねない言葉で迎えた腐川さんも、ゴキブリ並にしぶといと言う十神くんも、本当はずっと苗木くんのことを気に掛けていたのに素直じゃなかった。でもそれが彼らのいつもどおりなんだから、通常に戻ったことが何よりなのだ。
 葉隠くんも、念のため幽霊じゃないかと確認しつつも、苗木くんが戻って来たのが嬉しいように見える。

 少し目が潤んだ苗木くんの横には、安堵の表情で見守る霧切さんがいた。彼女は自分に課したミッションを、見事完遂して戻って来たのだ。
「本当、無事でよかったよ……。霧切さんも――」
「待て……何か匂うぞ……」
 二人を労おうと近づいたところでの十神くんの言葉に、一同は足を止めた。
 ……朝日奈さん曰くの、洗っていない犬の匂いが、苗木くんから漂っていたのだ。
 若干後ずさる一同、さらに犬かのように追い払おうとする腐川さんを見て、苗木くんは目頭がスッと冷えた様子だった。


「そ、そりゃゴミ置き場で一夜を明かしたら仕方ないよ、ね、苗木くん」
「…………」
 苗木くんは複雑な顔をして私たちを見ていた。
 私たちに掛かれば、感動の再会もこうなるのは……仕方がないのか……。
 苗木くんはオシオキを免れてもなお、このまま閉じ込められた状態で死ぬかもしれないという恐怖に打ち勝って来たのに。しかも一日飲まず食わずで、ゴミ置き場なんて劣悪な環境で……。
 そう思うと、私の食堂閉じ込めなんて随分と可愛いものだった。

 未だなんとも言えない空気に、私はそれを打ち破るべく苗木くんに提案してみた。
「そうだ! 先、お風呂入って来たら!? 疲れたでしょう? いやそれともお腹すいてる? ご飯にする? 用意してるよ!」
灯滝……あ、あんた、発言が旦那を待ってた妻よ……」
「だっ旦那さん!? 苗木が!?」
「ん? 妻って、灯滝っちが……?」
 朝日奈さんと葉隠くんが弾かれたように声を上げると、腐川さんは言わなければよかったと呪わんばかりに私に目を遣った。

「……灯滝に、1本フラグ立てると……ひたすら面倒くさくなるわね……。片思い列車と思ってたのが、複雑な路線図に化けるようだわ……」
「それは交通機関として麻痺してしまうわね。」
「腐川ッ、くだらん話題を振るな。そして霧切も話に乗るな!」
「はッ!? ああああっすみません申し訳ございません白夜様! 灯滝も謝りなさい早く、早くッ!」
「え、私……? ごめんなさい……?」
 十神くんの一喝で、騒ぎ立った空気は鎮まった。私は腐川さんに促されて、釈然としないまま謝罪の言葉を呟いた。

「そうね。じゃあ……感動の再会もお風呂も食事もいったん置いて、……苗木君、さっきのモノクマとの件……みんなに説明しておかないとね。」
 どうやら私が起点となってしまった横道から、話題が戻ってきた。
 変わらない霧切さんの声色を静かに聞けば、自然と現状に意識が向く。
 聞いた相手だったはずの苗木くんは、みんなが口々に言葉を連ねていたために、ようやく口を開いた。
 ――“最後の学級裁判”について説明する、と。

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