校舎側から寄宿舎に入り、私は新たな開放区域に向かって足を進めた。
 食堂を出て右に回り込み、倉庫のドアを過ぎた先にある寄宿舎2階への階段。それまで下ろされていたシャッターは、モノクマが言ったとおりに無くなっていた。

 やや緊張しながら上のフロアに立って、まず目に飛び込んできたのは……瓦礫だった。
 壊された建物の断片が廊下に転がり、道幅を狭めていた。時折、血の跡がアクセントとばかりに床や壁に散りばめられたその様は、校舎側の5階にあった一つの教室を想起させられた。やはり校内で凄絶な破壊と争いがあったのだと、実感せざるを得なかった。
 2階も個室が並んでいるものの、瓦礫のせいでどこも入れなかった。唯一入れた部屋も、くたびれた家具と剥がれ落ちた壁面の欠片だけで、手がかりは見当たらず……1階と同じ構造の部屋ながら、まるっきり異なった様相だった。



 そんな中で見つけたのが、ロッカールームだった。
 室中に置かれていたロッカーも、扉がひしゃげていたり鉄板が打ち付けられたものが大多数だったけれど、正常な形を維持していたものが幾つかあった。
 モノクマが鍵を開けたと言っても、それは部屋に限っての話で、さすがにそのまま開くような不用心なロッカーはなかった。
 ただ、一つ一つのロッカーにカードリーダーが付いているということは、カードキーさえあれば開くのだろう。……と思ったところで、気付いた。
 もしかしたら、更衣室のように電子生徒手帳をかざせば開くのでは……?

 一抹の希望を胸に、左側で唯一壊れていないロッカーに自分の電子生徒手帳を近づけると――開かなかった。
 ……まあ、当然だと思う。ダメで元々だ。
 個人に割り当てられているのなら、ずっと立ち入れなかった私が開けられるロッカーなんてありえない。それに万が一開いても、空の可能性が高い。……なぜなら、私は一度も利用したことがないのだから。
 それでも手当たり次第に、正面の左端、右側、その隣と、電子生徒手帳をかざしてみた。

『ピピッ……』
 今までと違う電子音がして、恐る恐るロッカーの扉を引くと……キィと小さく金属が擦れる音を立てた。……開いたのだ。
「えっ!?」
 まさか本当に開くとは思っていなかったので、にわかに心臓がバクバクと暴れだす。
 心を落ち着けようと、中身を見る前に他の未確認のロッカーに電子生徒手帳をかざしてみたけれど、ここ以外は全てエラー音だった。
 これは、私のロッカー……なんだろうか。半壊混じりでも、モノクマは参加者のみんなにロッカーを割り振っていた……?



 わからないが、とにかく開いたロッカーの中を確認した。
 残念ながら中にはあまり物が入っていなかった。知らない参考書と、どこにでもありそうな辞書が数冊。そして見たことのないマスコットが、扉の裏にフックで吊り下がっていた。
 ずんぐりとして頭の大きな青いマスコットは、カンガルーのように腹部にポケットがあって、おしりに赤くて丸いしっぽのようなものが付いていた。可愛いと言えばまあ可愛いかもしれないけど、ゆるキャラとも違う気がする。
 前の使用者が置いて行ったのだろうか。

 この中で自分も持っていた物は、平積みになっていた薄い和英辞書くらいだ。小学校の卒業祝いで貰った、中学レベルの単語しか載っていない、しかも和英の辞書……。
 だけど、今や電子辞書が取って代わる中で、わざわざそれを置いていることに激しく違和感があった。
 私でさえ、今までそれを辞書として使っていなかった。ただ……学校でケータイ使用禁止令が出た時に、伝言箱として友達への手紙を挟んで渡すのに重宝していた。何せ表向きは辞書なので、いつでも堂々と渡せて便利なのだ。


 授業中の手紙のやり取りは、ほぼ女子の習慣と言っていい。それにマスコットをロッカーに入れているところからして、ここの使用者が男子とは思えなかった。
 この辞書の持ち主も、私と同じようなことをしていたのだろうか……。
少しの親近感と興味を持って、私は和英辞書をパラパラとめくった。
 そのページの間には思った通り、折り畳まれた幾つかのメモ紙が挟まっていた。
 希望ヶ峰学園の先輩も手紙交換をしていたとは……世の女の子が考えることは同じなんだとちょっと嬉しくなった。

 途中、1枚のメモがはらりと床に落ちた。
 拾い上げたその紙に書かれた文字が目に入ると……私の心臓は再び跳ね上がった。
『私たちの中に、超高校級の絶望がいるなんて……嘘だよね……?』
 内容も内容だったけれど、私はまず文字に釘付けになった。
 その文字は……まるで、“私が書いたような筆跡”だった。
 こんな瓜二つの筆跡を書けるような超高校級の人間が、先輩にいた……?
 でも……「筆跡は必ず特徴が出るから誤魔化せない」と、以前に霧切さんが言っていた。
 そして、電子生徒手帳はここが“私のロッカー”と認識し、ロックを解除したのだ。


 まさか、まさか……。心臓が早鐘を打つ。変な汗までにじみ出てきた。
 私は他のメモを手当たり次第に抜き取って広げた。勝手に手が震える。気持ちだけが逸っていた。
『クリスマスパーティー最高だった! むくろちゃんも盾子ちゃんも楽しそうだったし大成功!』
『今日でシェルター生活も1ヶ月。こうやってみんなと仲良く過ごせることを幸せに思う。外の人たちの未来に繋がるように、私たちは生きなければ……』

 誰かに宛てたというより、一行日記のようなメモが数枚続いた。どれもこれも、私が書いたような筆跡だった。
 だけど自分が書いた覚えなんてなかった。それに、そんなメモを書くに至るような経験も全く思い当たらない。
 だから……たまたま、偶然、似た筆跡の先輩がこのロッカーを使っていた……そう仮定して、私はメモの内容の分析を始めることにした。
 あくまで仮定だと考えても……湧き上がる違和感が、思考を鈍らせそうだった。

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