CHAPTER6
持ち主は筆不精か、あるいは多忙なのか、あまり文章を書く習慣がなかったように思う。
私は、料理に関する記録は付けてもプライベートの日記は書いていないので、推測だけど……日記なら相応の冊子に書き綴るのが一般的なはずだ。
他のメモにも、その日の出来事と感想、そして学園長との話などが記されていたけれど、どれも日にちは書かれておらず、内容も飛び飛びだった。とにかく感情の吐き処として書いて、他人に見つかりにくい辞書の間に挟んでおいたように見えた。
手がかりになりそうなのは、先に挙げたの2枚のメモだろう。
“むくろ”は戦刃むくろ、“盾子”は江ノ島盾子――江ノ島さんの名前だ。同名の他人かもしれないけど……一緒に二人の名前が挙がる偶然なんて、そうそうない。
それにクリスマスという時期からして、私たち“78期生”が入学していない頃に書かれたメモだ。なのにどうして、二人の名前が? 持ち主は以前から二人と親しかったんだろうか。
でも江ノ島さんと戦刃むくろが顔見知りなら……同時に入学する知り合いの姿が入学式で見えなかったら、江ノ島さんは最初の日に何らかのリアクションをしていそうだ。……“超高校級のギャル”と“超高校級の軍人”が顔見知りになるような接点は、私には思い浮かばないけれど……。
……そして、もう一つのメモも妙だった。
学園内のロッカーにこのメモがある以上、“シェルター生活”は、学園内のどこかで行われていたということだろう。となると“外の人たち”とはシェルター外……。
学園内で“人類史上最大最悪の絶望的事件”が起きたのなら、学園外に逃げるのが普通だ。なのに学園内にとどまったのは……黒幕によって“学園が封鎖されて出られなかった”から?
希望の象徴と言われる希望ヶ峰学園生は、外の人たち――学園外の一般の人たちの未来を思い、巻き込まれてしまった“絶望的事件”に屈しまいと、生存者は学園内のどこかで1ヶ月以上のシェルター生活をしていた……ということか。
しかし、私たちがコロシアイ学園生活を始めるまでに、他の人間は全員学園外に出ている、あるいは死亡している……。誰も事件を知らない以上、ここの持ち主は……後者なのだろう。
*
疑問が尽きない先輩執筆説について考えるのを中断して、私はもう一つの仮定で、このメモについて考えた。
これを私自身が書いたとしたら――私も霧切さんと同様に、記憶喪失だ。それも、少なくとも1ヶ月……いや1年以上の。
1年前に“人類史上最大最悪の絶望的事件”が起きて、1ヶ月以上のシェルター生活を送って、それらを何もかも忘れて、コロシアイ学園生活を送っている。
こっちが本当だったら、私は希望ヶ峰学園生として過ごしていた期間がある。在校生名簿で“78期生”の括りに入れられていたのだから、私以外の……78期生であるみんなも、共に学園生活を送っていた、ということになる。
モノクマが渡してきたヒント……雪遊びをする私以外のみんなの写真も、苗木くんが見たという仲の良さそうなクラスメイトの写真も、全部ねつ造なんかでなく“本当にあった過去”のワンシーンだった……そう言える。
――じゃあ、これは……記憶を失った私に向けての、たちの悪いドッキリ?
……いや、違う。
現実に何人も死んだ。それは紛れも無い事実だ。そして……1年以上も共に過ごした同期の仲間に対して、1ヶ月以上シェルターで共同生活した後で「“誰かを殺してでも”“一刻も早く”外に出たい」なんて殺意を抱くとは思えない。……この生活がコロシアイに動いた切っ掛けの、舞園さんの動機が成り立たない。
だから、これは……記憶を失った“私たち”に向けての、たちの悪い“リアル”――。
……そう考えると、全てが繋がった。
黒幕は私たち全員の記憶を失くさせて、世の中に絶望を振りまくためにコロシアイをさせた。そして、メモが本当なら、“私たちの中に、超高校級の絶望がいる”……。
……そんな、馬鹿な。
なのに、どうしてか……ありえないはずのこちらの仮定のほうが、しっくり来るような気がしていた。
*
自分で思い至った推測に、私は混乱していた。
勘、直感……「そんな気がする」としかいえない、感覚的なものに頭の中が支配されて、順序立てて考えることを阻まれた。
――と、突然ドアが開く音がして、私はビクリと跳ねつつ振り返った。
「……ごめんなさい、先客がいるなんて思ってなかったものだから」
「う、ううん、いいよ。……霧切さんもここを調べに来たの?」
入室してきたのは霧切さんだった。彼女はノックせずに入ったことを詫び、捜査に来たと私に返した。
彼女の邪魔になってはいけないと、私は慌てて長椅子の上に散らかしていたメモをポケットに仕舞い、部屋を出ることにした。考えるのは他の場所でも出来る。
「あっ、じゃあ、私はもう調べたから……先に出るね」
「待って。まだ床に1枚落ちているわよ。あなたのものじゃない?」
立ち上がった私に、霧切さんは私の足元の床を指差した。焦った私は拾い損ねていたらしい。
再び慌てて拾い上げると、それはまだ読んでいないメモだった。ただ、状態が悪くて一部がかすれて読み取れない。
『葉隠くんにペアリ■■■ートナーの件は急がなくていいと言われた。さやかちゃんは私がすぐ■■■ないのを不思議がったけど、即決なんて無理だ。』
……欠けた内容はこの際どうでもいい。それより……書かれた名前が、推測を真実に近づけていた。
むくろ・盾子の名に加えて、葉隠という苗字と、さやか――舞園さんの名前。4人もの78期生の名が挙がっているのに、ロッカーの持ち主が書いたメモには、78期生以外の名前は一つもなかった。
もはや、決定的だと思った。……ここは以前からずっと私のロッカーで、メモは過去に私が書いたものなのだ……。
「霧切さん……。私も――いや、私たちみんな……きっと……」
「……私もそれを確かめに、ここへ来たの。灯滝さんは……自分のロッカーを見つけたのね」
霧切さんはすでに思い当たっていたらしく、要領を得ない私の数言を聞いて、何を言わんとしたかを理解していた。
私は未だに信じられなくて、膝が震えていた。まるで天地をひっくり返されたような、非常識的な、真実。
ここで見たことを霧切さんに話そうとしたけれど、今の状態では上手く伝えられなさそうで、私はひたすら彼女を見るだけだった。
「学級裁判でみんなに話しましょう。……だけど、この事だけを突き止めても黒幕に勝つには足りない。……お互い、最後まで全力を尽くしましょう。必ず勝つために。」
落ち着いている霧切さんに真っ直ぐ見つめ返され、しっかりとした語勢で話されると、私は動転していた気持ちが少しずつ平静へと戻った。
そう……これだけでは学級裁判で勝てない。そして、動かなければ手がかりは掴めない。
「……うん。私……別の場所、捜査しに行くよ。」
また後で、と言葉を交わして、私は先にロッカールームから出た。
まだ暴かなければいけない謎が残っている。
誰が、どうやって戦刃むくろを殺したか――。
これまでの捜査で言えるのは……これから学級裁判に臨む7人以外の、死んだはずの誰かが、クロであり黒幕。それだけだ。
難しくとも、調べ尽くして考えるしかない。