真実が希望とは限らないことを、私たちは全身で感じていた。
 絶望だけを求める江ノ島盾子には、もちろん私たちを助ける気など皆無で、しかも世界は滅亡状態で……学級裁判で勝って外に出ても絶望しか無いのだと、彼女は高らかに宣告した。
「ちょっと……待てよ……さっきから好き放題言ってるけど……そもそも、お前の言葉が本当だなんて、言い切れないはずだ……!」
 次第に言葉少なに、そして覇気が無くなっていた私たちの中で、苗木くんが声を上げた。
 自分の目で見るまでは信じない。例え本当でも、私たちを殺し合わせた江ノ島盾子に屈したくないと、苗木くんは彼女を睨んで語気を荒らげた。

「なるほど……お見事な責任転嫁だよ……それが、苗木クンの“希望”なんだね?」
 達観した素振りで苗木くんの主張を聞いた江ノ島盾子は、そろそろ終わらせなければならないと言って“投票”の特別ルールを説明した。
 “希望”である私たちと“絶望”である江ノ島盾子、どちらか一方は必ずオシオキを受ける。江ノ島盾子に投票権はないが、希望側に1票でも入れば私たちがオシオキされる。
 私たちへのオシオキ内容は“学園内で老衰”――つまり、このままここで暮らし続けること。……しかし急な決定によって、苗木くんだけは過酷なオシオキを受けることになってしまった。
 絶望側へ満票だった場合は江ノ島盾子がオシオキされ、私たちは滅びた外の世界に必ず出される。


 苗木くん一人を見殺しにして安寧を求めるか、江ノ島盾子に勝って絶望だらけの世界に飛び出すか。江ノ島盾子は究極の選択を迫った。
 ……誰も喋ろうとはしなかった。
 全員で外に出たとしても、すぐに全滅してしまうんじゃないか。だったら、たった一人の犠牲で他のみんなが安全な生活を送れるほうがいいのでは……。
 いや……そうじゃない。私は死にたくないのだ。私が生きていける可能性が高いのはどちらなのか。……私は、私が助かりたいという気持ちに支配されていた。

「滅亡してる世界よ? ろくに食材も、道具も、設備も……何もないところで灯滝さんは何が出来るの? 料理なんて無理でしょ? 料理を抜いたあなたに何が残るの? 空っぽじゃなーい? それでも外に出て生きた屍みたいになるの? 何のために? それこそ馬鹿じゃない? ここに残って死ぬまでオママゴトしてなって! アンタにとっちゃそっちが正解でしょ?」
 江ノ島盾子の言葉がじわじわと私を蝕む。
 料理が出来ないようなところでは、私の存在価値は失なわれる。料理をしなければ、私は私でなくなってしまうのに、外に出る意味なんて――。

 江ノ島盾子は霧切さんにも、私たちに生き延びてほしいという学園長の――父親の願いを裏切るのかと問いかけた。
 ……全員の表情を見て目を細めた江ノ島盾子は、最後に苗木くんに向けて、私たちの誰が絶望して苗木くんを殺すだろうかと嗤った。
「誰も……絶望なんかしない……! みんな……お前なんかに負けないんだ……!」
 江ノ島盾子は……キャラを作ることにも飽きたのか、素になった。
 苗木くんは、無言に沈む私たちを一瞥して……江ノ島盾子の絶望的な言葉に単身立ち向かっていた。



「ボク達は……負けない……希望がある限り、負けないんだ!」
 江ノ島盾子が死んだら、物理室の空気清浄機が止まる。外と同じ汚染された空気に染まり、ここでの生活を維持できなくなる。外の世界に……絶望的な世界に出ていかなければならない。
 そんな世界で……私は、生きていける……?
「希望を失っちゃだめだ!」
「お、俺の占いによると、やっぱ……ここから出ない方が……」
 苗木くんの強い言葉が、葉隠くんの惑う声が、耳に入って来た。
 そして、僅かに静寂。

「…………うぉぉぉおおおおッ!!」
 驚いて、その叫んだ人間を見た。丸くした目に入って来たのは――葉隠くんだった。
 生きるとは、前に進むこと。辛くても怖くても、前に進むこと……。
 確証はなく、同意を求めるように――そういうことだよな? と、葉隠くんは私たちに言って……「俺はまだ生きたい、次の扉を開きたい」と、声を上げた。
「だから……だから……やっぱここから出たいべ! もう、占いなんてどうでもいい! 俺は俺の直感を信じる事にしたんだ!!」
 葉隠くんは、今まさに、意思を固めていた。
 最初からずっと、死にたくないという気持ちで過ごしてきた、葉隠くんの結論。
 占いではない、自分の感覚から出た不確実な結論で、彼は決め打った。


 閉ざされた世界でただ老衰まで過ごすのは、生きるとは言わない。
 生きたいなら、外に出ろ。
「俺は……俺の直感を、信じる事にしたべ!」
「そうだ……希望を失っちゃだめだ!」
 見続けていた私の目と、視線を上げた葉隠くんの目が、そこで合った。
 葉隠くんの宣言を追い打つような苗木くんの声が、胸をうった。
「……私、は……本当に、料理しか出来ない人間だから……」
 開き始めた私の唇は、震えていた。

「外の世界が絶望だらけで、料理もろくに出来ないかもって言われて……正直無理だと思った。……でも――」
 ぽつりぽつり喋る私を、葉隠くんが、苗木くんが……みんなが見ていた。
「料理って、食べてくれる人がいて初めて活きる……価値があるんだ。私はまだ未熟な料理人だから……残る6人きりじゃなくて、もっとたくさんの人に私の料理を食べてもらって……成長したい……」
 料理は、ただ作るだけじゃ意味が無い。私は料理人である限り、高みを目指し続けたい。

 私が料理をする理由は……私が私であるため、じゃない。料理を極めるため。
 私という存在があるからこそ、料理人である私の料理は生まれる。
 果てなき目標は――閉ざされた中では、絶対到達できない。だから――!
「……どんなに大変でも、作ってみせる。同じ環境に居続けてたら伸びないから……。私はまだまだ料理を極めたい。前に進みたいよ!」
 もう、震えたりはしなかった。証言台の手すりを掴んで、私は強く言葉を放った。


 閉ざされた世界では、大きな成長は望めない。
 成長したいなら、外に出なければ。
「私はまだまだ、前に進みたいよ……!」
「希望を失っちゃだめだ……!」
 苗木くんは、みんなへ何度も“希望”を届けようとしていた。
 まっすぐに、一心に。



 朝日奈さんは――親友の大神さんがいたらどう言うかと考えて、自分の道を決めた。
「何言われたって、私はもう決めたよっ!!」
 ジェノサイダーは、十神くんさえいればいいから、十神くんと同行できるほうを選ぶと言った。
「生きられる! 白夜様の愛があれば!」
 十神くんは「黒幕を殺す」というかつての自分の言葉を守り、十神家も自分で再建させるとまで豪語した。
「言ったはずだ。必ず黒幕を殺すと……」

 霧切さんは……自分の父親なら「苗木くんを見捨てて、ここに残れなんて言うはずがない」と、学園長の意志を確信して、苗木くんを見た。
「“超高校級の絶望”を打ち破ろうとする、あなたは……最後まで諦めずに“絶望”に立ち向かおうとするあなたは……“超高校級の希望”……そう呼べるんじゃないかしら?」

 ――苗木くんの“希望”の言霊は、私たち全員を貫いた。

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