月陽炎
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月陽炎は、現在は解散しているすたじおみりすの代表作です。初回特典として小冊子が封入されています。内容は、アートワークス、キャラクター紹介、コミックで、コミックを担当しているのは、天蓬元帥、おこさまランチ、冴城、高野うい、氷川へきる各氏です。42ページの充実した内容になっています。私がプレイしたのは初回版ですが、2002年3月1日に限定5000本生産されてすぐに売り切れたファンディスク「千秋恋歌」と本編がセットになったDVD版が2003年4月25日に発売されています。一時は「千秋恋歌」にプレミアがついて中古価格が高騰しましたが、現在ではCD版、千秋恋歌、DVD版いずれもさほど高くないはずなので、購入される方はDVD版でも良いかと思います。 本作は時代設定が大正ということで、アダルトゲームの時代物にはどうも胡散臭さを感じる私は敬遠していたのですが、伝奇物で面白いという周囲の反応が気になり、購入に至りました。それだけ当時は人気を集めたゲームであり、現在も伝奇物傑作のひとつに数えられていると言って良いでしょう。本作の特徴は、一周目ではすべてのヒロインを攻略できないゲームシステムにあります。何周もしなければ入れないルートがあるのです。痕をご存知の方はそちらを思い浮かべて下さい。それでいながら、本作はコンプリート達成時にプレイヤーに「どの物語を選ぶのかはあなたです」と投げかけます。選択肢により物語が変化するアドベンチャーゲームのゲーム性を放棄して、すべての可能性を半ば強制的に見せることで、本作はプレイヤーに何を訴えたかったのでしょうか? 相容れぬ存在の行く末 ■シナリオ 伝奇物に相応しく、有馬一家に流れる血の謎を解明していく内容です。複数回攻略を強制するだけあって、攻略回数を重ねるたびに人間関係の複雑さが増しながら謎が明かされていきます。本作のポイントとなるのは、どのルートも悲劇的な展開が用意されている点にあります。パッケージの裏に大きく「輝く月、燃ゆる夕日。それは決して相容れる事無く……」とあるのですが、まさしくその通りということがプレイしていて分かります。幸せを掴むために、相容れないものを排除する必要に迫られるのです。繰り返しになりますが、本作は一度攻略しただけではいわゆるハッピーエンドやトゥルーエンドには辿り着けません。ハッピーエンドのようなものに辿り着くまで、相容れないヒロインを何度も(人によっては交互に)攻略しなくてはなりません。片方の排除という観点からは、このゲームシステムの起用に実は二つの意図があることがうかがえます。ひとつは、攻略を重ねさせることでシナリオに深みを出し、ヒロインへの愛を深めようというもの。そしてもうひとつは、もう片方のヒロインへ憎悪を抱かせ、相容れない存在を排除するという意志を強めさせようというものです。どちらも愛しいがどちらかを選ばなければならない……そこにより愛しい方というだけでなく「憎しみ」という負の感情を取り込ませることに成功したのが本作の注目すべきポイントなのです。ただし、ひとつ注意しなければなりません。負の感情を抱かせる対象は、ヒロインではなくあくまでヒロインの持つ血です。ここが上手いところですね。本作のヒロインが放つ魅力は、負のエネルギーをオブラートに包んだからこそ為せる芸当とも言えるでしょう。 ■キャラクター 真正面を向いた絵の立体感がまったくなく、口が極端に小さいので感情が伝わりにくい絵かと思いきや、突如表情が豹変したり横向きの絵は生き生きしていたりと、かなり不思議なバランスの絵です。色の淡さも相まって、どこか自己主張が薄く儚げな印象を受けますが、万人受けしそうな絵です。 キャラクターの性格設定は、ストーリーの前半と後半のギャップを表現するために用意されていることがうかがえます。つまり、前半と後半で性格が逆転するのです。はたしてそれがキャラクターの成長に繋がっているかと言えば一概にそうとも言えず、性格設定はストーリーのターニングポイントを示すために存在していると言えるでしょう。 ■テキスト 基本的に主人公の語りで進んでいきますが、会話文と説明文が唐突に入れ替わり、文章が突然変わるのでやや読みにくいです。説明文は丁寧すぎるほど丁寧で辺りの情景が分かりやすい反面、描写力が不足しているので面白みにはかけるかもしれません。そのためか戦闘シーンは緊迫感に欠け、迫力が足りません。 ところで、本作は話すキャラクターにより文字色が変わり、また、テキストの位置が会話中は画面下のテキストボックス内から話すキャラクターのすぐ下に移動するので(第一部画像参照)、誰が話しているか分かりやすいという特徴を持っています。 ■演出 このゲームは、ステレオにしているとキャラクターの立ち絵の位置によって音声の聞こえる箇所が変わります。左に立っているキャラが話すときは左から音声が出ますし、右の場合も同様です。この演出は地味ですがリアルです。 オープニングムービーは非常にセンスがあり秀逸です。ムービー中にキャラクターが独白するシーンがありますが、ここでは音声がステレオになりながら、絵が線画から徐々に着色されて完成していきます。文章では中々説明しにくいのですが、音楽に合わせて絵が変化していく様子は一見の価値あり。 効果音も充実しており、車の発車音、食事の際の咀嚼音、トイレの音など細かな点までカバーしています。音声が多重に再生されるため、人が話しているときも咀嚼音が同時に聞こえるなど、かなり音にこだわったゲームです。 さらに、ゲームをクリアーするたびにアイテムを取得したり、タイトル画面にキャラクターの絵が現れます。その際に絵が[ラフ→線画→カラー]と進化しながら完成していき、さらに同時に音楽も使用される楽器が増えて完成度を増していくという、他のゲームでは見ない演出はかなり良かったです。エンディングを迎えるたびに表示されるコメントのフォントも独特でグッド。 ■ゲーム性 始めに攻略出来るヒロインの数が限定されていて、クリアーするたびに攻略ルートや攻略可能なヒロインが増える形式。痕をご存知の方はそちらを思い浮かべて下さい。一見ゲームをしているかのようで実際は好きなルートを進めないので、個人的にはこの形式はあまり好きではないのですが、謎解きが多い内容なだけに、ネタバレを極力避けるためには仕方ないかもしれません。加えて全員攻略しないとゲーム全体の展望が見えませんので、ルート限定より、個別ルートをクリアーすると真ルートが現れる形式でも良かったように途中まで感じていたのですが、コンプリートしたときに出たコメントを見て、この形式をとったことに納得。それについては後述します。 ■Hシーン 鬼畜シーンがあり、これを見なければ全員クリアー出来ません。良いゲームなだけにここが難点です。全ヒロインに着衣Hがあるところにこだわりが感じられます。特筆すべきは、Hシーン中はト書き中も音声が聞こえるところ。テキストで状況説明しながらも、喘ぎ声がテキストとは別に謂わば効果音として流れるという寸法です。また、シチュエーションとしては野外プレイも多く、賽銭箱プレイもあります(笑) ■グラフィック 背景は、自然の絵はまあまあ描きこまれているのですが、人工物になると途端に着色が雑になります。イベントCGは、着色は丁寧ですが枚数が少なく、立ち絵とまったく別人になっていたりして安定感がありません。イベントCGの方がキャラの目や口が大きいんですよね。立ち絵は各キャラ5パターン前後。正面を向いた絵にまったく立体感がないのが問題。表情パターンは各立ち絵に10パターン前後で表情がころころ変わるのは良かったです。
さて、ヒロインへの愛憎を深めるのに一役買ったゲームシステムですが、最終的な目的はすべてのエンディング――可能性――を見せることにあります。その上で、プレイヤーに「どの物語を選ぶのかはあなたです」と迫るのです。つまり、誰を犠牲にして幸せを得るかをプレイヤーに委ねているわけです。それは同時に、各シナリオの「崩壊した倫理観」の選択をもプレイヤーに委ねていることになります。本編をしっかり読んでいくと分かりますが、一般論として見ると倫理的に許され得るエンディングはほとんどありません。 では、なぜ真っ当なエンディングが用意されていないのでしょうか? それは、プレイヤーに犠牲に基づく倫理観の選択を迫ると見せかけて、本作が実際に目指したものが「倫理観の破壊」だったからなのです。 |