また・・・長くなっちった(汗)


時を越えて・・・




「次週日曜、課外授業を行う。・・参加希望者は有るか?」
入学式の日、スカーフが曲がっていた彼女。
彼女が挙手しているか、確認するのがいつの間にか癖になっている。
・・・何故だ。
彼女の笑顔を見ると、何故か懐かしく・・・安心してしまう。
―彼女を、特別に思ってはいけない。
そう強く思うほど、遠くどこかでそれではいけないと制止されている気がする。
無意識より・・・更に奥深く、抗えない領域で。


―一体何時から・・・意識するようになったのだろう。


遠慮気味なノックを待ち望むようになったのは、いつからだったろうか。
「お茶が入りました。」
鈴の音を思わせる澄んだ声を聞くと、自然と心が緩んでゆく。

―旦那様のお喜びになられる事をする事が、私の喜びですから。

昨日の言葉の意味が気になってしまう。

毎日私に茶を運んでくるのが、この屋敷のメイドであるお綾の務めの一つ。
妻も彼女の事を大層気に入っている様子で、何かと目を掛けていた。
『富永の奥様が、お綾を是非ご子息の嫁に欲しいと、仰ってました。』
お綾への縁談を、まるで我が事の様に喜ぶ妻の姿を尻目に、私は複雑な心境だった。

そそっかしそうな娘だ、というのが第一印象。
その実やはりそそっかしくて、家宝の一つである壺を派手に割ったことがある。

あぁ・・・そうか、あの時だ。

女中頭に酷い言葉で詰られて居る時には、涙の一つも流さなかった。
にもかかわらず、一人で涙を流して黙々と破片を拾い集めていた。
皆の元へ戻ったお綾は、いつもと変わらず元気一杯で。
そう、そんな姿を見てから、私はずっと彼女を目で追うようになっていたのだ。

いつも元気に笑って。小事にも一生懸命で。
そんな彼女だから、縁談は当然の如く順調に進んで、
明日には・・・富永の嫡男と結婚式を挙げる。


祝うべき事だ。
最後の務めに来るお綾に、祝いの言葉を言うつもりだった。
だが・・・昨日のあの言葉が気にかかる。
「その・・・昨日の、事だが。」
その背に恥じらいを見せ、そそくさと立ち去ろうとする君を呼び止めると、小さく両肩が上がった。
「たわいない迷いごとでございます・・・お忘れ下さい。」
私はすくと椅子から立ち上がると、慌てて出て行こうとする君の腕を掴んで引き止める。
異国の民を思わせる赤みがかった髪から、ふわりと良い香りがした。
「昨日の君の言葉を、嬉しいと思った。」
昨日の君の言葉は、心地良い動悸を感じた。
それはまだ青き時に、幾度も感じた『恋』という特有の感情と同じもの。
しかし、私はもう若くは無い。
感情だけで、何もかも口に出来る年頃は、とうに去った。
そして何より、生涯を賭して守るべき伴侶が居る。
「君が此処へ茶を持ってくる事を、何時からか楽しみにしていた。
 それが・・・無くなってしまうのは、残念に思う。」
「・・・ありがとうございます。その言葉だけで、私は充分幸せです。」
伝えたい。
明日には他の男のものになってしまう君に、この想いを伝えたい。
しかし、想いを言葉にする事は、妻へ対する裏切りだ。 理性が、きつく掴んでしまっていた細い腕を、開放した。

―愛しては、いけない。
 彼女にも、私にも、愛さねばならぬ者が居る。


「・・・旦那様。貴方にお会いできた事を、私は幸せに思います。」
昨日と同じように、振り返りもせずドアを後ろ手に閉める。
部屋に一人取り残された私の胸は、想いを伝えなかった事を詰るように締め付けられた。



次へ 戻る

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!