ヒムアリin北海道(日高編)
「お客さん……、無茶言わないでよ」 タクシーの運転手は、火村の言葉を聞いてため息をついた。 きょとんとした表情を浮かべているだろう私の顔を、バックミラー越しにみて、更に言葉を続ける。 「その口振りだと、予約入れてないっしょ。この時季に、この近辺で予約も無しにホテルに泊まろうなんて無茶ってもんだよ。悪いことは言わない、スキーが目的でないなら札幌に戻りな。まあ、どうしてもって言うんなら、東山プリンスホテルにでもつけるけど。どうする?」 随分とぞんざいな口をきく運転手だ。しかも、私たちが観光客だと見抜いている口振りだ。 が、どうやら親切心から言ってくれている様なので、火村と顔を見合わせ、視線でどうする? と問いかけた。 「じゃ、倶知安駅に」 火村の決断は早かった。 もちろん、私にも異存はない。 義務も果たして(果たしたのだろうか?)、後は北海道での自由気ままな旅を満喫するのみ! と意気込んだところで、あっさりと出端をくじかた感はあったが、この時季の北海道で野宿でもする羽目になったら、死は確実だ。 但し、「必要最低限の予約はしておけ」という、火村の小言を後で聞くはめにはなるだろうが…… § § § § § 翌朝、結局札幌に戻って、札幌グランドホテルへの宿泊を決めた私たちは、東館1階にある、コーヒーショップで朝食を取っていた。昨夜は、この際だからと、大きなカニの模型の看板がくっついている、カニ料理屋の札幌カニ三昧(本当にこういう名前のコースがある)でカニを食い尽くし、フィーバーとまではいかないまでも、それなりにススキノナイトも満喫した。 日頃の行いが良かった為か、16:06発の快速エアーポートにギリギリ滑り込むことが出来たのが勝因だろう。 まあ、こんなことを言ったら最後、火村には「本当に日頃の行いがいいなら、ニセコで泊まれたんじゃねぇか」くらいは言われそうなので、黙っていることにする。 しかし、北海道まで来てこんな感想を抱くのは馬鹿げていると思いつつ、私は札幌の雪に閉口していた。 否、正しくは、圧雪アイスバーンにというべきか。 ロードヒーティングの入っている処とそうではない処の差が歴然なのだ。まるで氷上にいるような感覚で、とてもじゃないがまともに歩けない。ましてや、歩道に何故か傾斜がついている処など、出来ることなら這いつくばって歩きたかった位だ。 もちろん、経験の差なのだろうが、地元の人はいとも簡単にスタスタ歩く。ヒールを履いて歩いている女性などはそれだけで感嘆に値するのではないだろうか。 そして、火村もスタスタとまではいかないものの、私のようにおっかなびっくり歩く訳ではなかった。 まあ、この助教授は、学会等で私よりは札幌に来慣れてるといえば、慣れている。 これも経験の差なんやろか? それとも、MADE IN HOKKAIDO の血がなせる技なんか? そんなことを思いながら、食事を終え、CAMELの紫煙を燻らせながら、コーヒーが冷めるのを待っている火村に視線を走らせる。 その火村の視線の先は、デザートメニュー。見かけに寄らず甘党なこの助教授は、もしかすると、朝からケーキでも食う気なのかもしれない。 甘党という点では、私も火村にひけはとらないものの、流石に朝から食べる気にはならない。 どこまでもタフな男は、きっと胃の作りも私よりタフなのだろう。 「あたしさぁ〜、短大に入るまで、圧雪アイスバーンって、ただの雪道だと思ってたんだよね」 私たちの隣のテーブルに陣取っていた、多分学生らしい、若い女性の言葉がいきなり耳に飛び込んで来た。 彼女たちは今までもずっと、しゃべっていた筈なのに、いきなりこの台詞だけが飛び込んで来たのは、「圧雪アイスバーン」というキーワードのなせる技だろう。 1回耳に入ってしまうと、聞くともなしに、その会話に耳を傾ける羽目になる。 私の悪癖その1だ。 「日高の方だと、アイスバーンってブラックアイスバーンのことなんだよね。そうそう、見た目は乾いてるけど、薄い氷が張ってるってやつ。向こうは2月とかでも、大雪の当日以外は国道乾いてるしさ。どんなに交通量が多くても雪が溶けないで、圧雪アイスバーンになるって現象が解んなかったのよ。ホント、冬になると日高に戻りたくなるよ。まあ、その分風は冷たいんだけど、雪がない方がずっとまし。あたし的にはね」 何っ! その話は私的(作家の端くれなのに、なんという日本語だ)にも、大変魅力的ではないか。 怪訝な表情をする火村をよそに、私は席を立ち、隣のテーブルの彼女に話しかけた。 「すいません、ちょっとお聞きしたいんですが」 § § § § § 私の担当者曰わく、大阪府が44個入る程の大きさの北の大地には、『支庁』という独特の地域分けがある。しかし、他県の人間がこれを覚えたところで、天気予報を見る時くらいにしか役に立たない。 なぜなら、北海道の人間に「出身地は?」と尋ねても大抵は、『札幌』、『帯広』の様に地名で答えてくることからも知れるように、旅行等で北海道を訪れるにあたっては、殆ど利用価値の無い地域分けだからだ。 但し、日高を除いて。 北海道にある14の支庁のうち、日高だけは『市』を持たない。 大きな町を持たないこの支庁に住む人達は、自分の出身地を『日高』と支庁名で答える傾向が多いのだそうだ。 もちろんこれは、後に調べて解ったことで、北海道にいる時点での、私の日高に対する知識は、軽種馬の産地で襟裳岬(えりもみさき)がある、くらいの代物だった。 片桐氏に送ってもらった資料にも、当たり前だが日高に関するものはなかった。 旅の恥はかき捨てと言わんばかりに、朝食時に隣のテーブルに座った女性に話しかけ、日高情報を入手した。 最初は不審な目で私を見ていた彼女だったが、圧雪アイスバーンの件で意見が一致し、快くアクセス方法を教えてくれた。 彼女の薦めに従って、JRで苫小牧駅まで向かい、そこでレンタカーを借りることにする。 日高にも日高本線という堂々たる名前の路線があるのだが、鵡川から分岐していた『富内線』が廃止されてから 分岐路線のないローカル線なのだ。 ローカル線だけに1本逃すと少なくても2時間は待たなくては次の列車が来ないというJRを利用するのでは、行動にかなりの規制が伴うとのこと。 波をかぶって列車が止まることもあるという、そんな海辺ギリギリを走る列車に乗ってみたいとは思ったものの、背に腹は代えられない。 それに、彼女の話によると、今時期でも日高のドライブは快適らしい。 競馬ファンでもなければ、咄嗟には思いつかない日高路の旅は、今後北海道に来ることはあっても、経験する機会はないだろう。 「確かに運転するのに快適な真っ直ぐな道だし、雪もない。だけど、彼女はこうも言ってなかったか? 何もありませんよ、って」 函館に向かうんじゃなかったのかよ、とかなんとかブツクサ言う火村を前述した理由で説得し、苫小牧でレンタカーを借り、ステアリングを握らせた。 目的地は取りあえず襟裳岬。 「地元の人間っていうのは、大抵そう言うもんや。よその人間から見たら、案外と目新しいものが目に付くかもしれん」 「だといいけどな」 そっけない言葉とは裏腹に、この真っ直ぐな道──国道235号線を運転するのは本当に快適らしく、時折火村から鼻歌が漏れる。 「わぉ! アリス、確かにお前の言った通りだ。あれ、見ろよ」 突然火村が声をあげる。 何事かと彼の指さす方向を見て、私も火村同様、声を上げることになった。 「うわっ! これはまた、バランス悪そな……。倒れたりせぇへんのかな」 視線の先に飛び込んできたのは、日高本線を走る列車。 否、これは列車とは呼べないだろう。 なぜなら、列にはなっていないからだ。しかも、1両の長さも普通の列車よりは短く見えるのは気のせいか?(作者註:実際短いみたいです) ローカル線には1両のみで走る列車がある、と知識では知っていたものの、実際走っているところをみたのは初めてだ。 レールの上を1両だけでゴトゴトと走る列車は、あんよを始めたばかりの子供と同様、手をさしのべたくなるほど危なっかしく見える。 「そう言えば、苫小牧駅で、ワンマンカーがどーのっていうアナウンスが流れてたな」 火村のセリフに私も頷く。 「まさしく、見た目はワンマンバスやな……」 相槌を打ちながらも、ますます、アレに乗ってみたくなる。 走る密室というテーマで、推理小説に列車が利用されることはよく有るが、この列車を利用できるならば、より密室度(?)が上がるような気がする。 ワンマンと名が付くからには、乗っている乗務員は運転手一人なのだろう。ワンマンバスと全く同じシステムで運営されているのだろうか? ああ、凄く乗ってみたい……。 「……アリス、乗りたいと思ってるだろう」 そんな落ち着かない態度の私の心内を見抜き、火村がズバリ切り込んでくる。 「うっ、……見抜かんでもいいことを見抜くな。口に出すともっと乗りたくなる」 そんな私に、火村はこんな提案をした。 「なあ、アリス。この辺りの道路は、さっきから殆ど線路と平行に走ってるみたいだぜ。次の駅で時刻表調べて、帰りに1駅か2駅分乗ってみたらどうだ? もちろん、窓から手は振ってくれるよな」 ニヤリという表現がより近いと思われる笑みを浮かべながらされた提案の割には、その内容は満足に値するものだった。 「振るっ。もちろん振る。なんなら両手で振ってもいい」 思わず火村の首に飛びつきそうになり、危ういところで思い留まる。なんせ、火村はステアリングを握っているのだ。旅はまだまだこれからなのに、心中したんじゃアホくさい。 「期待してるぜ」 「まかしときっ!」 火村には悪いが、この先めぼしい物が何もなくても、アレに乗れるだけで私は満足だ。 つくづく持つべきものは、私の気持ちを手に取るように理解してくれる、腐れ縁の友人兼恋人である。 § § § § § 「ほんま、何も、ないな」「ああ」 「しかも、寒いな」 「ああ」 「観光客さえいないな」 「ああ」 数時間後、俺とアリスはえりも岬の先端の展望台に立っていた。 襟裳岬は北海道の地図上でいうと、下の部分の真ん中辺りの尖った部分に位置する。 地図で見ても尖っているだけあって、視界を遮るものはなく、目の前に大海原が広がる。水平線が一見しただけでは気付かない程緩やかなカーブを描いていて、地球の丸さを実感させる。 しかし、寒い。寒いというより痛い。 小さな子供が傘でも差していようものなら、あっというまに飛ばされてしまいそうな強風だ。 「げっ、限界やっ。耳がちぎれる。戻ろ、火村」 「ああ、でもちょっと待て。折角来たんだから、看板の隣に立てよ。写真撮ってやるよ」 まだ展望台に到着から数分しか経っていなかったが、俺もアリスも限界だった。聞くところによると、襟裳岬は初日の出を拝む名スポットらしいが、俺に言わせればここは冬にくる処ではない。 どうしても震えてしまう指先を騙しつつ、でかでかと『襟裳岬』と書かれた看板の隣に立つアリスに向かって数回シャッターを切る。 この際、多少のブレは勘弁してもらうしかない。 「もう、いいやろ。車に戻ろ」 今回ばかりは、写真より我が身優先らしいアリスは、そそくさと展望台を後にすると駐車場に向かって歩き出した。 もちろん俺にも異存はない。 一端車に戻り、時間も時間なので、すぐ脇の食堂で昼食を取り、その後『風の館』へと向かった。 『風の館』とは、日高山脈襟裳国定公園内に有り、周囲の景観や植生に考慮して、地下に埋もれるような形で設計されていて、建物全体も『カルマン渦』をイメージして作られているらしい。 思わぬ処で流体力学に再会したものだ。 実のところ、この手の施設に期待を抱いてはいなかったのだが、終わってみると思ったよりは楽しめた。 俺達はまず2階(作者註:実際は地下1階。入口が地下2階なのです)から見て回ることにした。 階段を上がってすぐのコーナーには、真ん中に風の惑星地球をイメージしたというオブジェが飾られている。周囲には、世界の風系からえりも岬の局地的な風の流れまでを示した展示がディスプレーされており、結構学術的だったりする。 その奥にある展望室は、先程俺達が身を切られる様な強風の中で見た景色と、殆ど変わらないものを提供してくれた。 「最初っから、こっちに来れば良かったな」 何気なく言った言葉にアリスが応じる。 「俺はそうは思わん。ここからぬくぬく見た景色は綺麗なだけで印象に残らん。強風と、耳がちぎれそうな寒さ、綺麗な景色。これを3点セットで体験してこそ、初めて俺達の襟裳岬の思い出が出来あがるんや」 「アリスの意見にしちゃ、珍しく一理あるな。だけど、夏に来てりゃ2点セットですんだんだぜ」 「いや、この3点セットが襟裳岬や。まさしく元祖襟裳岬!」 「意味解んねぇよ」 どこまで本気で思っているのか解らないのが、アリスの怖いところだ。 「火村、次行こ」 言い切ったからには、綺麗なだけの景色には興味がないと言わんばかりに、アリスが館内探索の先を促す。地元の方々には申し訳ないが地域資源体験室はパスすることにして階下に降りる。 次に向かったコーナーはまさにアリス好みと言えるだろう。 襟裳岬の岩礁の生の映像が右側のモニターに映し出されており、建物の中に居ながらしてアザラシウォッチングを楽しめるという代物だ。 左側のモニターには、運悪くアザラシの生映像を捉えられなかった者の為に、アザラシの映像が映し出されている。 手前の操作ボタンを操って、ややしばらく、右側のモニターに張り付いていたアリスだが、残念ながら今日の彼はアザラシと縁がなかった様で、左側のモニターのお世話になることになる。 名残惜しげな表情のアリスを促し、次へと向かう。 1階中心部には風速25メートルを体験できる巨大送風機のコーナーがあり、あんなに強く感じた岬の展望台の風がまだまだ序の口だったことを知る。 風速25メートルにもなると、添え付けの手すりにつかまっていなくては、まともに立っていることも出来ない。否、つかまっていてもまともには立っていられない程の風で、声さえ風に飛ばされる。 後に館内にある風速計で知ったところによると、本日の岬は風速12〜3メートル程度だった様だ。 最後に自分の名前を入力すると、その日の気象配置図と「風」の詩が書かれたパスポートを発行してくれるコーナーで、当然の様にパスポートも作って、アリスは大いに『風の館』を満喫しつくしている。 日高本線に乗れるだけでも充分だと言っていただけに、アリスにとって、ここは予想外の収穫だったのだろう。 しかし、アリスは無邪気な笑顔の下で、殺人現場にうってつけなロケーションを模索していたりするので、油断がならない。 一生のお願いだから、『襟裳岬殺人事件』とかっていう、2時間ドラマの様な小説だけは書かないでくれよ、と心の中で呟く。 口に出しても良かったのだが、今の処は「火村、これ見てみぃ」とか「火村もパスポート作っとき、二人で旅行した記念品や」とか、可愛らしい発言と行動で俺を楽しませてくれているアリスを、推理作家モードにはしたくなかった。 男二人で訪れた割には、充分過ぎるほど楽しめた『風の館』を後にし、帰路に付く。 他にも色々寄れると良かったのだが、この時季の北海道は驚くほど日の入りが早く、道民に言わせれば、内地(本州の意)の人間と呼ばれる俺達が、夜道を運転するのは、いくら雪の少ない日高とはいえ、危険が伴う。 思っていた以上に『風の館』で時間をくってしまったので、往路にアリスを乗せようと目を付けていた駅を目指し、ひた走る。 間に合わなかったら最後、アリスの落胆振りは、アザラシが見られなかった時の比ではないだろうことが解るからだ。 太平洋に沈む夕日に車体を照らされながら、アクセルを踏み込んで、その無人駅に到着し、アリスが助手席のドアを勢いよく開けた時、その列車は既に動き始めていた。 ギリギリで間に合わなかった。 チッと舌打ちをして、次の駅までに列車を追い抜く決心をし、アリスに「乗れっ」と声を掛けたところで、奇跡が起こった。 動き出していた列車がゆっくりと止まったのだ。 「とっ、止まってくれた……。流石ローカル線」 唖然とするアリスを「さっさと乗れ」と叱責し、列車に乗り込むのを見届ける。 俺だってびっくりしていたのだが、とにかく乗り込むのが先決だと思う程度の冷静さは残っていた。 アリスが乗り込み、再び列車がゆっくりと発車するのを見送ってから、国道に戻る。 先を行く列車に追い付き、横目で左手に並んで走る列車に視線を送ると、約束どおり、アリスが手を振っている。 折角乗り込んだからには、太平洋が望める海側の席に座りたかっただろうに、俺に手を振る為に山側の席についてくれたらしい。 5分程併走して、俺の周りに他の車の影がなくなったことを確認したアリスは、律儀にも約束を果たした。 俺に向かって両手で手を振りやがった。 30過ぎた男がそれをやって、可愛いなんて、人間として反則だアリス。 「……ったく、登別温泉予約しといて良かったぜ」 自分の言った言葉には責任を持つ。 本日の予定が日高路に決まった時点で俺は登別温泉宿泊を決意し、アリスにホテルのチェックアウトをさせている隙に、いわゆる必要最低限の予約ってやつをを済ませていたのだ。 今日こそ、アリスと温泉だ。 そんな楽しい予定に思いを馳せ、俺は列車を追い越し、アリスが降りる駅へと先回りすることにする。 列車を降りて、俺の隣に戻ってくるアリスを出迎えるために。 アリスはきっと目をキラキラと輝かせて、体験したばかりの車内の様子を語るだろう。 その話が一段落したら、登別温泉のホテルの予約が取れていることを教えてやろう。登別には熊牧場とマリンパークニクスがあり、マリンパークニクスではペンギンの行進が見られることも。 この知識は、原産地が北海道だからと言うわけではなく、数回の出張で仕入れたものだ。 アリスが乗り込んだ駅と同様、やはり無人駅の前に車を止め、プラットホームで、列車の到着を待つ。 キキッ、キィッーーーーーーー。 カーブを曲がって列車のライトが見えてきたかと思うと、長いブレーキ音をたてて、待ち人到着。 見た限りでは、ワンマンカーとはやはり、ワンマンバスと同じシステムらしい。運転手が席を立ち、乗客が料金箱に小銭を入れるのを見届けている。 アリスは一番最後に降車し、ゆっくりと列車が走り去っていく様を見送っていた。 列車の姿が夕闇に消えた後、ようやくこちらを振り返り、駆け寄ってくる。 俺のいる場所まで、あと1メートルという処で、お約束と言わんばかりに、アリスは小石に蹴つまづいた。 咄嗟にアリスの身体を抱き留め、この腕の中の人物に、一つ教えてやれない北海道情報があることを思い出す。 圧雪アイスバーンをスタスタ歩く為に必要なのは、慣れとギザギザの靴底。 北海道人が女性でもヒールを履いてあの悪路を歩けるのは、靴底についたギザギザな滑り止めのなせる技。 言うまでもなく、俺の靴底もギザギザだ。 しかし、これだけはアリスに教える気はない。 だって、男同士が堂々と肩寄せ合って歩ける機会を逃す手はないだろう── |