3.彼が作家になった訳

 あわや隠し事を山と抱えたまま突入するかと思われた智史と弘樹の同居生活の件が、あっさり片付いてしまったので、ここで皆さんも興味があると思われる、智史が何故作家になってしまったか、ということについて触れてみたいと思う。
 学園物なのに、どうして学校生活についてが出てこないんだ、と、お怒りの方もいらっしゃるだろうが、それは次回のお楽しみということでご了承頂きたい。
 話は元に戻るが、前の章でちらっと智史が言ったように、彼が少女小説家になったいきさつには、風折さんが大きく関わってくる。
 説明すると言ったものの、このままの調子で書いていったのでは埒があかないので、こうしよう。
 再現フィルムスタート。

☆   ☆   ☆

「へえ、賞金金額100万円だって。智史応募してみたらどうだ?」
「何を見て言ってるんですか? ……冗談はよして下さい、風折さん」
 彼が眺めていたのは、本屋の店員が頼みのしないのに勝手に袋に入れてよこした、綺麗なカラーの広告。
 それには、智史の眼が急におかしくなったのではないのなら、『講英社・恋愛小説大賞募集』と書いてある。
 講英社といえば、いち早くティーンを消費者の中心にした文庫本を出版して成功を収めた有名どころだ。
 よく見ると、その広告にも、ティーンを読者の対象とした恋愛小説を一般から募集すると書いてあった。
 小説家を夢見る女の子が応募してみようと頑張るのは道理としても、賞金目当ての男子高校生が手を出す分野だとは思えない。
「冗談に決まってるだろ。だいたい智史みたいにマイペースな人間に、微妙に揺れる女心なんて書ける筈がないじゃない。」
「じゃ、風折さんなら書けるって言うんですか」
 自分の部屋ならいざ知らず、他人の部屋で、しかもその持ち主に向かってこんな失礼なことを言う人間を、智史は彼以外に見たことがない。
「僕? 僕は女心ってものを知ってるからね。君とは違うよ」
「いくら女心を知っていても、文才が追い付かないんじゃないですか。確か、風折さん、現国だけはどうしても学年トップ取れないんですよね」
 智史が紅茶の入ったカップを差し出しながら、きつい言葉を投げる。
「言ったな智史。いくら文才があっても、人間心理を知らなきゃ話は書けないんだ。君みたいに、他人には全く興味のない人間が恋愛小説なんて書けるもんか。もし、これに入賞できたら、僕は女装して繁華街の街角でナンパ待ちしてあげるよ」
「別に俺に文才があるって言ったわけじゃありませんよ。でも、客引きの話は面白いな」
「できるものならやってみなよ。止めないから」
「善処します。っていうか、こんなこと話す為に風折さんに来てもらった訳じゃないですよ。これ、隣のクラスの奴から貰ったんですけどね。北海道のお菓子だそうです」
 智史が冷蔵庫から取り出したのは、苫小牧名物『よいとまけ』の豪華5本セット(といっても、金額にしたら税込み1,960円の代物だが)。ゴールデンウィークに帰省した際のお土産という名目で渡されたものだ。
「で、素直に貰っちゃったわけ。下心丸見えなのに」
「お菓子に罪はありません。それに、いざとなったら風折さんの名前出します」
「僕の名前の使用料は高いよ」
「その時の為にこうやってご馳走してるんじゃないですか。食べないならしまいますよ」
「食べる。お菓子に罪はない」
 確かにお菓子にゃ罪はないが、他人の心を玩ぶのは罪じゃないのだろうか。この二人に尋ねてみたいものである。

☆   ☆   ☆

「そんなに俺が信じられないのかよ」
「あたしだって信じたいわよ。でも……」
 数日後、買い物帰りに雨に降られた智史は、雨宿りの為に入った喫茶店で、こんな会話を耳にした。別に聞くつもりはなかったのだが、隣のテーブルの二人が感情的になっているらしく、大きな声で話しているので、会話の方で勝手に智史の耳に飛び込んできたのである。
 ── 痴話喧嘩かよ。しかし、こんなベタな痴話喧嘩って、本物見たのは初めてだなぁ。
 当人達はいたって本気なのだろうが、傍観している人物の感想は、大抵こんなものだろうと智史は思う。
「でも、何だよ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだよ」
 高校生らしいカップルの女の方が、悔しそうに唇を噛む。多分、彼女にとって『でも』の後は出来れば言いたくないことなのだろう。彼女がそれを口に出してしまえばきっと、彼の立場が悪くなる筈。
「おい、黙ってないで言えよ」
 男の台詞が、キリギリの処で保っていた彼女の理性のバランスを崩したのだろう。女の方も急に好戦的になる。
 女の気持ちを解ってやれないなんでガキの証拠だよ、と風折さんが口にしたことのある台詞が、智史にも実感できた。一見は百聞に如かず。昔の人はよくいったもんだ。
「いいのね、言っても。あたし見ちゃったの。俊介がB組の笠谷さんと歩いてるとこ。あたしと映画見に行く約束破ってまで彼女と一緒に居たいなんて、やっぱり噂が本当な証拠でしょ。これでも、まだ、あたしの勘違いだったて言うのっ!」
 テーブルの上のカップがガチャッと嫌な音を立てる。
「いや、あれはそんなんじゃなくて……」
「そんなんじゃなくてなんなのよ。理由がきちんとあるなら言える筈でしょ。あんなことされて、それでも俊介を信じなきゃならないの。あたしが言ってること何か間違ってるっ?」
 女の台詞に男が俯く。
 言った女も泣き出す寸前だ。
「彼女の事については今は言えない。でも、信じて欲しい。これじゃだめか。俺達これで終わりか?」
「……そんなこと言われても判んない」
 自分が目撃した事実と、彼氏の真摯な言葉。そのどちらを信じればいいのか判らなくなったのだろう。女が先刻とはうって変わっておとなしい口調になる。
「そのうち、時期が来たらちゃんと話すから」
 説得している男の表情も苦しそうだ。
 が、とりあえず、雨も上がったことだし、これ以上、他人の事情を盗み聞きしている形になるもの心苦しかったので、智史は伝票を掴んで席を立つと、喫茶店を後にした。

☆   ☆   ☆

「な、神岡。俺の気持ち解ってるんだろう。俺っ、もう……」
 何が、俺っ、もう……だ。ばか言ってんじゃないっ。
 と、智史は冷や汗を流しつつ、目の前の男を自分から引き剥がすのに全力投球していた。
 生徒会の仕事で、放課後生徒会室に残っていた智史は、隣のクラスの委員長、つまり、例の『よいとまけ』野郎に迫られるという、危機に陥っていたのである。
 智史がここに居ることを、どうやって嗅ぎ付けたのかは知らないが、確かに関係者以外立ち入り禁止の生徒会室は、愛を語らうのに、否、この場合相手の同意は得られていないのだから、自分の思いを強行突破するのにというべきか──とにかく、いかがわしいことをするのに絶好の場所といえる。
「内田、離れろっ。俺を好きだと思ってるのは気のせいだ。お前、一瞬の気の迷いで、将来の彼女に『俺は高校時代男に迫ったことがあります』って衝撃の告白聞かせたいか。そんなことあるわけないだろ。ないに決まってる。だから離れろって」
「俺は、女なんか好きにならない」
「その発言は全国の女性の皆様に失礼だぞ。聖書のレビ記第20章13節にも男を襲うなって書いてあるだろう。仮にもカソリック系の学校に在籍しているのなら、聖書の教えは守らなきゃ。なっ、なっ」
 襲われているわりには、智史の台詞は理屈っぽくて余裕がある様にも思われる。しかし、そう見えるというだけで、智史はパニックが顔と言葉に出にくい、損な体質なのである。
「禁止されてるってことは、昔からそういう人種が居たってことだろう」
「ごく一部にだっ、俺にはそんな性癖はない。もし仮にそんな趣味があったとしても、お前だけはお断りだよっ」
「いいんだ嫌いでも。一度だけでもいいから……」
「ばかっ。女が行きずりの男に思い出づくりをお願いしているような台詞言うんじゃない」
「そうだねぇー。それはもっともだね」
 この切迫した雰囲気をぶち壊すような発言はいったい何処から……と、智史は暗闇の中に一筋の光をみる思いで、彼に迫っている内田はギョッとする思いで、生徒会室の入り口を見つめた。
と、そこには、現在の三年生を差し置き、一年の頃から二期連続、しかも理事長兼校長推薦で任命されたという異例の肩書きを背負った、天下無敵の風折生徒会長様がいらっしゃっていた。
「あっ、別に止めなくてもいいよ。僕はすぐ出ていくから、ごゆっくり続きをどうぞ」
 そう言って、出て行きかけた生徒会長を智史が引き留めようとした時、入り口付近で彼はくるりと回れ右をした。
「なーんて、僕が出ていくと思った? 別に人の恋路を邪魔する気はないけど、相手が智史じゃ黙ってるわけにもいかないからね。それとも何、僕を敵にまわしてでも、智史に手を出す? そんな度胸、あるわけないよねぇ」
 口調はやんわりとしているが、彼の台詞には何とも言えない迫力があった。
 脅された内田君もびっくりしただろうが、助け船を出された智史も驚いた。あの、風折迅樹が只で自分を助ける筈がない。
「えっ、じゃあ」
 内田の目が大きく見開く。
「そう、智史は僕の大事な……」
「すいません。知らなかったんです」
 慌ててそう言うと、内田は智史から身を離し、部屋を走り出て行く。
「後輩なんだよねー。人の話は最後まで聞かないとわからないもんだよ。なっ、智史」
「なっ、智史。じゃありませんよ。あいつ、完全に誤解しましたよ」
 安堵のため息をつきつつも、智史が風折に向かって抗議する。
「大丈夫だよ。誤解したとしても、そんなこと誰にも言えないから。言ったら自分が智史に迫ったことまで白状しなきゃならないんだから。それにしても、君、何であんな奴に迫られて困ってたわけ? 蹴りの一つも入れてやれば、すぐ引き下がっただろうに」
 不思議そうに首を傾げ、風折が智史に問いかけた。
「生徒会役員が生徒会室で暴力事件起こすわけにはいかないでしょう。問題になって困るのは風折さんじゃないですか」
「別にやっても良かったのに。そんな事件の一つや二つ、もみ消せない僕だと思ってるの?」
「……思いませんけど、風折さんにお手数かけたくなかったんです」
 恩に着せられるから。という台詞を智史が心の中で付け足したのを風折は知る由もない。
「まっ、どっちにしても、これで僕は君に貸しが出来たってことだね」
 笑顔と共に風折は言ったが、智史はこの笑顔程怖い物が、この世にそうはたくさんないことを経験上知っていた。
 智史の心の中を知っていたって知らなくたって、風折が恩に着せないわけがないのである。
 が、恩に着せられた智史としては、やっぱりそうくると思ってたよ、解ってたじゃないか彼はそういう人なんだ、と、自分を慰めてみたものの、とても笑っている余裕も気力もなかった。人に借りを作るのは、もともと好きではないのに、よりによって彼に借りを作ってしまうなんて……。
 智史は今、自分の不幸を改めてかみしめていた……。

☆   ☆   ☆

「と、てん。深雪は俊に向かって言った、まるっと」
 風折に借りを作ってしまってから数日後、智史は原稿用紙に向かって悪戦苦闘していた。
 作ってしまった借りを返すより、自分も彼に貸しを作ったほうが有利だ、という考えに至った智史は、風折さんに女装して街角でナンパ待ちをしてもらうことにしていた。
 完全な創作となると、ちょっときついが、折良く智史は喫茶店で、あの痴話喧嘩を目撃していた。あのカップルには悪いが、何から何まで実況中継するわけじゃなし、大半の部分は想像、つまり智史の創作な訳なのだがら、設定くらい戴いたって罰はあたらないだろう。
「悪気はないんだ悪気は」
 こう、自分に言い聞かせながら智史は再び原稿用紙に向かった。

 ってな訳で再現フィルムは終了。
 まあ、こんな心掛けで入賞できるものなら、世の中に作家なんか要らないようなものだが、人間切羽詰まると何をするか判らないものである。
 こうして、智史は少女小説大賞で、めでたく大賞を戴き、正体不明の高校生作家としてデビューした。
 で、とりあえず風折との賭に勝って、立場を元に戻せるかと思った智史だが、彼の野望は後日、脆くも崩れ去ることになる。
 そして、大層苦労して小説を執筆し、大賞まで受賞した彼に残ったのは、この際、なんの慰めにもならない賞金100万円と、男子高校生の少女小説家という職業だけであった……

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