4.災害は忘れた頃にやってくる
「おい、知ってるか。1年の神岡が風折さんとデキてるって」 「神岡って、1年の学年トップのか。まっ、妥当な線じゃないの」 時刻は昼時、場所は学食。 弘樹と共にA定なんぞをいただいていて、それを耳にした智史は、思わず口に入っていたミニトマトを丸飲みしてしまうほど、動揺した。 それを見た弘樹が無言で智史の左腕を頭の上まで引っ張り上げる。 「お前、公衆の面前で挙手なんかさせんな。恥ずかしい。いったいなんの恨みで……」 智史が文句を言いかけた時、喉にしぶとく引っ掛かっていたミニトマトがスッと食道を降りていった。 「こういうことだ。こうすると食道が開いて喉に詰まってたものが通る、とうちの父親が教えてくれた」 「一応、礼は言っておくよ。ちょっと恥ずかしかったけど」 幸い、先刻智史の噂をしていた上級生は等の本人のパフォーマンスには気が付かなかった様である。不可解な彼らの行動に目を点にしていた生徒も理由が解ると自分の食事に意識を戻していた。 「時に智史。先刻の噂は本当なのか?」 「んな訳なかろーがっ!」 やけになって、御飯をかっこんでいた智史に弘樹が追い討ちをかける。 「火の無いところに煙は立たぬって昔の人も言っているぞ」 「ほぉー。じゃ、この間やってきた編入生と神岡がデキてるって、1年はおろか学校全体に派手に広まった噂も、激しく火が燃えてたっていうのかな」 「……燃えてない」 ムスッとした表情で弘樹が呟く。どうやら、智史をからかうつもりで逆にやり込められた様だ。智史だって伊達に生徒会長とタメ口きいている訳じゃない。 「とは言っても、今回はちょっと状況が違うかな」 「何が」 「あれは、物珍しさで広まった噂だろ。今まで完全個室で通ってきた第一寮で何故か一部屋に2人、しかもどちらも編入生。なーんて面白い事実が転がっていたら、色恋沙汰を抜きにしたって、どういう理由だって事になる。どれがうちの学校特有の転じかたをいて、ああいう噂になったんだ」 「じゃ、今回は物珍しさじゃないってことか。やっぱり火が燃えてるんじゃないか」 エビフライを囓りながら、弘樹がそっけなく言う。 「そんな火が燃える火が燃えるって言ってると、そのうち消防車が来るぞ。そうじゃなくて、俺と風折さんは前に1回噂になってるんだ。俺が編入生なのに重要ポストを任されたから、風折さんに取り入ったってことになってな。もちろんすぐ消え去ったけど。それが今頃再び、っていうことは誰かが具体的に情報を流してるんだ」 「心当たりはあるのか」 弘樹の問いかけに智史は軽く頷いた。 「先刻の2年の片割れ、最初にしゃべった方な。そいつが確か、美術部の部長だった筈。八島とかって言ったかな。ってことはD組の内田の直接の先輩だ。と、なると理由は思い当たらんでもないが、今頃になってから言い出す理由が解らん。あれは5月の話だぞ」 「いつぞや聞いた『よいとまけ』事件か。ところで智史、その『よいとまけ』って、どんな食べ物なんだ」 「ああ、美味かったぜ。ロールケーキの様な形で、クリーム代わりにハスカップっていう甘酸っぱい木の実のジャムがはさまってるんだ。外側の方にもジャムが塗ってあって、その上にオブラートがかけてある。手を汚さずに食べられるところが便利。ちょっと、甘すぎるきらいはあったけどな。それに……」 しばらくの間、彼らは『よいとまけ』の味について語り合っていた。が、目の前の椅子がガタッと音を立てると同時に、上から風折の声が振って来た為、その話は中断を強いられた。 「智史、何とかしてよね」 目の前に座った生徒会長は、不機嫌の箱詰めお徳用セットの様な、思いっきり不機嫌な顔をして、開口一番こう言った。 「……何を……でしょう」 何となく察しはついていたものの、彼の顔色を伺いつつ智史は尋ねてみた。 「君たちは今、何の話をしていた。まさか食べている間ずっと『よいとまけ』の話をしていたわけじゃないだろう。『よいとまけ』の話に至る前は多分、僕との噂がどういう経路で広まったかっていう話をしてたんだと思うけど。違う? 食い意地の張ってるお2人さん」 こめかみに血管を浮かび上がらせつつ、風折が言う。 「風折さん。智史はともかく、わたしは食い意地は張ってません」 食い意地が張っていると言われ、カチンときた弘樹が腹立ちまぎれに言ってのける。これまた悪循環で、その内容が智史の神経に触った。 「何言ってるんだ。『よいとまけ』の味について振ったのはお前じゃないか」 「わたしはどんな食べ物なんだと聞いただけだ。『よいとまけ』についてそんなに詳しく語ってくれと言った覚えはない」 「相槌打ちながら、よだれ流しそうな顔してたのは何処のどいつだよ」 「フン、あんな前に1回きりしか食べたことのないお菓子のことを、あんなに詳しく話せるなんて、お前ちょっと異常じゃないのか。山○士郎じゃあるまいし」 「俺が山○なら、お前は海原×山だろう。その高飛車な態度がそっくり……」 「いい加減にしなっ!」 智史の台詞が言い終えられる前に、風折が苛立った声を上げる。 「えっ?」 向かい合って言い合いをしていた智史と弘樹は同時に風折へと視線を移した。 「誰が漫才やれなんて言った。君たち僕の話を真剣に聞いてないね」 あ〜あ。風折さんが怒ってる。 ヤバイ、と思った智史は慌てて今までの話の内容をかいつまんで話し出した。 「いえっ、聞いています。つまり、風折さんは俺との噂が気に入らない。で、それを何とかしろ、と、こういうことでしょう。でも、どうしたんです急に。前に噂になった時はそんなこと言わなかったじゃないですか」 智史の素朴な疑問。何故、前と今回じゃ彼の対応のしかたが違うのか。 「あの時と今では状況が全く違うの。とりあえず、詳しいことは後で話す。今日の7時にそっちに行くよ。これ以上君たちと話してると噂に拍車をかけそうだ」 風折の台詞に智史たちが周りを見回すと、なるほど、こちらを見ながらひそひそやっている輩が沢山居る。 「解りました。じゃ、その時に」 そう言って、立ち去っていく風折を見送った後、智史は弘樹と目を見合わせた。 「智史、どうするんだ。噂なんてつつけばつつくほど大きくなるだけだろ」 「知らん。風折さんに何か考えがあるんじゃないか」 「何か嫌な予感がするな。お気の毒」 この後、弘樹の予感は残念ながら大当たりしてしまうのである。 ただし、自分までが巻き込まれると思っていなかった弘樹は、まだ甘かった。 ☆ ☆ ☆ 「ぜぇ〜たいっ、嫌です!」「そうです、智史はともかくわたしは関係ないじゃないですか」 風折が部屋にやってきてから数分後、智史と弘樹はそれぞれ彼に向かって抗議していた。なぜなら、風折が立てた『噂消滅作戦』がとんでもないものだったからだ。 「関係ないとはよく言ったもんだね。君たちの先輩、しかも生徒会長が命令するんじゃなくて、お願いしてるんだよ。それなのに、嫌だって言うの。ふーん、そっちがそういう態度に出るんなら、僕もそれなりの態度を取るけどね」 サァーっと、ふたりの顔から血の気が引いた。風折は何かをやる、と言ったら、絶対にそれを実行する人間だ。 ふたりのその顔を見て、風折が意地悪そうに笑った。 「おとなしく言うことを聞くね。何も実生活まで恋人同士になれって言ってるわけじゃないんだから。学校内で交際宣言するぐらい、みんなやってることじゃないか」 そう。風折の提案とはこれ、賢明な読者の皆様はとっくにお気付きになっていただろう。お約束ネタである。 「それはみんな、本物のカップルじゃないですか」 智史は自分にできる限りの三白眼で風折を睨みながら言った。 「別に本物になってくれてもかまわないよ。とりあえず、この手の噂を消すには、別口のこの手の噂が一番なの。それに、これって悪いことばかりじゃないと思うよ」 「何がですか」 風折を睨む気力も尽きて、智史は既に諦め口調。 「つまり弘樹が相手なら、誰しもが納得するし、その分智史は内田の様な厄介な奴に絡まれずに済む、という訳」 「じゃ、わたしにはメリットがないじゃないですか。もともとわたしには関係ないのに」 今まで黙っていた弘樹が不満そうに言った。もっとも、そんなふうに言いたくなる気持ちも解らなくはない。 「君も同じ、そんだけタッパのある君を襲ってやろうなんて考えるのは、そういないだろうけど、4月になったらきっと1年生が次々に告白しにやってくるよ。形だけでも交際宣言しとけば煩わしさが半減すると思うよ。どう?」 「はあ」 たたみ込むように言った風折に、ふたりはハモって気のない返事をした。 「しけた顔してんるんじゃないの。と、言うわけで、君たち4月からも同室続けてよね。不都合はないだろう」 そりゃそうだ。彼らの同居に好都合はあっても不都合なんてある筈がない。なんてったって、作家とその専属イラストレーターだもの。 「風折さん、もう諦めました。恋人宣言でも卒業まで同居でも何でもしますから、せめて聞かせてくださいよ。そんなに噂を消したがる理由」 智史が大きく息を吐きながら言った。 そんな彼を見て、風折も流石に良心が2o程痛んだんだろう、理由をちらっと話してくれる。 「もうすぐ涼が僕のところに引っ越してくる。スタジオ借りるのに1円でも惜しいって言うから、下宿代が浮いたらかなりなもんだろ、って口説いたんだ。せっかくここまでこぎつけたのに、まかり間違って変な噂が涼の耳に入ったら困るってこと。誤解なんてされないに越したことは無いしね」 いいとばっちりだ。と、声には出さないものの、智史と弘樹は仲良く同じことを考えていた。 このふたり、仕事以外でもいいコンビなのかもしれない。 ☆ ☆ ☆ 「おい、本当にやるのか」「俺だってできるものならやりたくない。と、言って風折さんに逆らうわけにはいかないから、考えた。これだ」 次の日、風折さんに命じられ、クラスの皆さんにキスシーンをご披露するべく、体育の時間をさぼった智史と弘樹は教室で待機していた。 「ラップか、なるほど」 取りだしたラップを見て明るい声を上げた弘樹に、智史はチッチッチッと指を振る。 「ただのラップじゃない。サラン樹脂で出来てるサランサップだ。熱にも冷却にも強くて匂いも通さない」 「いつからお前は旭化成のまわし者になったんだ」 「そんなんじゃなくて、ラップの中では一番上等だってことだ。これで、呉羽カッターが着いてたら完璧なのに。ちなみに呉羽カッターの欠点はラップがまっすぐ切れないところだ」 「お前は主婦か。家事は全くしないくせに変な知識だけはあるんだな」 「賢い主婦でしょ。お嫁にもらって♪」 「……智史、キレるな」 すっかり開き直って、気持ちの悪い口調で話している智史を弘樹がたしなめる。 「キレてたほうが幸せってもんだ。ほら、皆さんおいでなさったようですよ。せいぜい夢中で物音が耳に入らなかった演技でもしましょーや。いいか、入り口からみんなが入って来たとき、ラップが見えないように右手を俺の頬に添えろ、いくぞ」 言いながら、智史は制服のネクタイを締め、シャツのボタンを2つ目まで外した後、ちょっと顔を上向きにして軽く目を閉じる。 彼らの唇がラップ越しに重なった時、タイミング良く教室のドアが開き、数秒後ガタッと音を立ててしまった。 「ラッキー、高田、山本、児玉の広報車3人組だ。昼までには学校中の噂になってるぜ」 自分の方に残ってしまったラップをひっぱがしながら、智史が弘樹に小声で囁く。 「嬉しいのか」 「ああ、一気に噂になってくれた方が小細工しなくていいから楽だ」 先刻とは逆にシャツのボタン留めつつ、あっさり智史は言った。 その間に弘樹が机の中から数学の教科書とノートを取りだし、わざとらしく智史に問いかける。 「智史、この虚数という概念は、どうもわたしの性格に合わないらしい。イマイチ理解しきれないんだ」 「なんだか、スゴイ理由だな。で、どこからが理解できないんだ?」 弘樹のノートを覗き込みながら、智史は彼に尋ねた。 「噂のお2人さ〜ん。人気のない教室でイイことやってたんだって? 僕たちも混ぜてよ〜」 ざわざわと教室の外で話し声が聞こえた後、ガラッとドアが開き、キスシーンを目撃した3人組から報告を受けたことが見え見えの、ニヤついた顔をしながら入ってきた数人の中の1人がからかう様に話しかけてくる。 「混ざるか? 何なら今晩寝ないで、一緒に智史に虚数をじっくり教えて貰うっていうのはどうだ? お前らは知らないだろうが、コイツの教え方は容赦ないぞ。1回説明したら、完璧に理解するまで、延々と例題を解かせるんだ」 弘樹がからかってきた奴を切れ長の眼で睨みながら、不機嫌そうに脅しをかける。 「まあまあ、邪魔されたからって怒るなよ。こんな処で逢い引きしてたお前らが悪いんだぜ。同じ部屋で毎度顔付き合わせてるくせに、学校でもイチャつきたいかね」 軽く弘樹の頭を小突いてきたクラスメートの方を見て、智史は仕方がないな、という風に肩をすくめた。 「まあ、そう言うなよ。部屋に帰ったら帰ったで別にすることがあるってことだ。今日に限って体育の授業が早く終わって、まさか人が戻ってくるとは思わなかったから、ちょっとね」 「智史っ!」 慌てて声を大きくした弘樹の肩をポンポンと叩いてたしなめる。 「バレちまったものを今更隠したって仕方がないって。ってな訳で、お前ら、俺の弘樹に色目使うなよ」 振り返りざまクラスメートに宣言した智史の意図を察知し、弘樹は彼の頭をパシッと叩いた。 「それはわたしの台詞だ。誤解されたらどうする」 「何の誤解だよ! こいつらみんな1人もんなのに、色めき立たせるなよ」 「誤解は誤解だ。まあ、敢えて注意しなくたって、身長と体格で一目瞭然か」 「ケッ、外人モデルのねーちゃんみたいな顔してるお前にそんなこと言われたかないね」 「顔のことを讃めていただき光栄です。良かったな智史、彼氏がハンサムで」 「このナルシスト、お前は変態か」 「その変態の恋人は誰だ。さ・と・し・君」 「うっ……。ほっとけ」 例によって例の如く掛け合い漫才を始めた2人を、クラスメートたちはあきれてながらも、ちょっとうらやましいな、などと思いながら見つめていた。 「お前ら、もういい。のろけるんなら部屋でやれっ」 ふと、我に返ったクラスメートの1人が叫んだのは、彼らの掛け合い漫才が、おたがいの下着の趣味にまで及んだ時だった。 ☆ ☆ ☆ 智史と弘樹が派手に交際宣言をした、その日の夜、9時27分という早いとも遅いとも言えない時間に、彼らの部屋のチャイムが鳴った。てっきり風折さんが『涼』を見せびらかしに来たのだろうとふんでドアを開けた智史は、それこそ『だるまさんが転んだ』で鬼が振り返った時のように硬直した。 「こりゃまた、意外なお客さんだこと」 智史の目の前にいたのは、例の『よいとまけ』男(もしくは生徒会室強姦未遂男)の、内田康之君であった。 「智史、誰だった?」 と、続いて玄関までやってきた弘樹も、智史と同様、約5秒間の硬直を強いられた。 「まっ、あがんな。お茶ぐらいは出してやるから。ただし、俺には近寄るな」 ショックを先に受けた分、立ち直りも早かった智史が、客人に向かって話しかけた。 「近寄らないよ。もう、その必要がないから」 ボソッと内田が言った台詞に智史のこめかみがヒクついた。 はっきり言って、智史はばかではない。ばかではないばかりか、ほとんど勉強らしい勉強もしないで学年トップという驚異的なおつむの持ち主である。 そんな彼が内田の呟きのの意味を瞬時にして理解できない訳があろうか。 「どういうことか、はっきり、しっかり、きっぱり話してもらうか」 内田がテーブルを挟んで向かいのソファに座った途端、智史が腕組みをしながらきつい口調で言った。 「そう、凄むなよ。俺だってちょっとは悪いと思ったから、こうやって謝りにきてるんじゃないか。お察しのとおり、俺が5月に神岡に迫ったのは、神岡が好きだとかなんだとかじゃなくて、実は八島先輩を取られたくなかったからなんだ」 「はぁ〜?」 「智史、お前、何のかんのと言いつつ、やっぱりお……、別の男に迫ってたのか」 前者智史、後者弘樹。 やっぱり、男に興味があったのか? と聞こうとして、危ういところでとどめた辺りが弘樹の気のきく処。 しかし、智史としては自分が話した事もない上級生を取るだの取らないだのと、そんなことは寝耳に水だ。 いささか間抜けな反応をしたのも仕方がない、と多少の弁護はさせていただこう。 「いや、神岡は八島先輩なんて名前でしか知らない筈だ。伊達が心配するようなことはなにもない。ただし、だ。八島先輩の方が神岡がタイプらしくてね。こっちはヒヤヒヤもんだったよ」 「ちょ、ちょっと、待て。するとお前は……」 「そういうこと。こっちが無理に押し通してしまえば神岡は俺を避けて歩くに決まってる。そうなったら、後は俺ができる限り八島先輩にくっついて歩けば、先輩は神岡に近付けない。どうだ、いい手だろう」 ばかかお前は、そんな穴だらけの計画を自慢気に話すな、聞いているこっちが恥ずかしい。と、言いたい気持ちを智史は必死になってこらえていた。 確かに、恋愛小説を中心に手がけている神崎先生としては一言どころか五言くらい言ってやりたい処だろう。 「じゃ、何か。そんな理由でお前は智史に手を出そうとしたのか」 一方、この手の男子校のノリにはまだ慣れていない弘樹は心底嫌そうな顔をして内田に問いかけていた。 「まあまあ、済んだことだ。怒るなって。伊達だって神岡が風折先輩のお手つきだったってこと知った上で付き合ってるんだろう。未遂事件の1つや2つ、笑って済ませよ」 「内田、言っとくがな、俺は風折さんとは何でもない。弘樹にでたらめ吹き込むな。あの時はお前が勝手に誤解しただけなんだからな。それよりお前、何で今頃そんな噂流したんだ。だいたいお前のやることは脈絡がなさすぎる」 どういう理由が、かなり饒舌になっている内田に苛立った智史が、彼に対してぴしゃりと言う。 「別に噂を流すつもりなんかなかったんだよ。俺、最近やっと八島先輩とうまくいきましてね。俺が八島先輩を神岡に取られない様に、どんな努力をしたか、ちらっと、あったままのことを話しただけ」 内田が心の底から嬉しそうに言ったこの台詞を聞いて、智史の理性はフードプロセッサにかけたように木っ端微塵になって、空の彼方へと飛んでいった。 「ばかっ、ばかだお前は。自分の弱みを惚れた相手に話す大ばかが何処にいる。全く余計なことばかりしやがって、あげくの果てに俺を襲えば先輩が近づけないだぁ。ふざけろよ。人を利用するのもたいがいにしろ。だいたいお前が俺を利用できるとでも思ってたのか、あの時風折さんが来るのが3分遅かったらお前は1週間は飯が食えない点滴三昧の体になってただろうよ。見た目だけで人を判断してるとその内ひどいめに遭うからな。いいこと教えてやろうか、俺な、剣道柔道合気道、全部合わせて十二段っていう人間凶器だぜ、実は。空手の段位は取ると喧嘩で加害者にされるから取ってないけど、黒帯くらいの実力は余裕であるだろうな。未遂で終わったことだし、恐がらせるのは止めておこうと思ったけど、お前のばかさ加減を見てたら、そんな気持ちなんかどっか飛んでっちまったよ。えっ、俺は滅多にキレないけどな、キレるとIQ250の知能指数を最大限に活かして想像も付かないような報復攻撃に出るからな。取りあえず、風折さんから目をかけてもらっている俺を敵に回したら、この学校じゃ悲惨な生活を送ることになるってことを良く肝に銘じておけ。お前のばかな考えのおかげで俺がどんなに迷惑したか、知ってるか? 知るわけないよな。お前さんは愛しい先輩とうまくいったばっかりで心が地上にないもんな。この学校の奴らが少しでも筋道を立てて物を考えられたら俺がお……うぐっ」 立て板に水の如く、智史が内田に向かってしゃべり続ける様子をだまって見ていた弘樹だが、興奮のあまり我を無くして(の割にはちゃかかり格闘技の有段者などというハッタリをかましているが)とんでもないことまで口にしかけた智史の口を慌ててふさがなくてはならなかった。 相手の顔を強引に自分の方に向けてのディープキス。 女の口をふさぐには最高だが、一般的に男の口をふさぐのにはあまり使用されない手段であった……。 |