2.天下無敵の生徒会長再び

「ってな訳でさ。お願い聞いて欲しいんだけどな。解ってるよね、この僕がお願いしてるんだよ」
 出た、僕のお願い攻撃が。智史と弘樹は相変わらず仲良く同じ台詞を腹の中で呟いていた。
「迅樹さん、そんな、無理にお願いしちゃ悪いですよ。神岡さんだって忙しいんでしょうし」
 いったい何が、ってな訳で、いったい何が無理なお願いなのか。話の流れを全く無視して突然出てきた、とある2人の台詞について少々補足を付け加えたい。
 前作を呼んで下さっているかたには、大方想像がついていらっしゃるとは思いますが、彼らは、この和泉澤学園附属の天下無敵の生徒会長『風折迅樹(かざおりとしき)』と、その同居人『西沢涼』のお二方。
 そして、その天下無敵な生徒会長の『ってな訳』を、手っ取り早く要約させていただくと、こういうことになる。
 彼の大好きな(別に彼が口に出して大好きと言った訳ではない。念の為(笑))涼くんのバンドが学校祭のステージで2〜3曲演奏する。そこで、新曲を発表したいが、バンドの作詞担当の涼が追試を5つも抱えているため、作詞が間に合わない。幸い曲はできているので、それに『神崎智美』が詞を乗せて欲しい、以上。
「……それって、なにも俺がやらなくたって、バンドの中の誰かがやればいいんじゃないですか? それに出来ている曲に歌詞を乗せるなんてB'Z(実際はどうだか知らないが)みたいな真似が、俺に出来るわけないじゃないですか」 
 一方的な要求を押しつけられた智史は、やめときゃいいのに、やっぱり一応反論をしてみたりする。
 とは言っても、智史には反論をやめておく訳にはいかない理由があった。
 聞けば涼の学校祭は10日後。これ以上やっかいごとを抱えてたまるか、と、智史が思ったのも無理はない。
「やってみもしないで、どうして出来ないと判るの。それに、涼のバンド『AZZEST』は歌詞の良さが他の何よりも評価されてるの。涼がだめだから、じゃあ、適当に他の誰かで……、ってな訳にはいかないの。解った?」
「そうおっしゃいますが風折さん。あなたの言っていることこそ、適当に他の誰かで……に他ならないと思いますけど」
「何言ってるの。だから、適当にじゃなくて、『神崎智美』にお願いしてるんじゃない。バンドのファンの大多数が女の子なんだから、君のネームヴァリューを使わない手はないだろう」
「ないだろう、って……。風折さんはご存じないかもしれませんが、俺にも都合ってもんがあるんですよ、一応。なあ、弘樹」
「ええ、急ぎの仕事が入ってましてね」
 さすが弘樹。智史の台詞を受けて、とっさに、無い仕事をでっちあげる。
「へぇ〜、急ぎの仕事。君、一週間前に『NAVY』の連載あげていたよね。それに10日前には別冊の読み切り。講英社にしか所属していない君が、そんなに切羽詰まった〆切を抱えているとは思えないんだけど。まさか嘘、なーんてついてないよね。君たち」
 こっ、怖い……。と、お互いに思いつつ、面の皮の厚い彼らは、いけしゃあしゃあと反論した。
「まさか、俺達が風折先輩に向かって、嘘なんてつけるわけないじゃないですか。やだなぁ、邪推するなんて」
「全くです。今日だって、わたしたち、有無を言わさず編集者に呼び出されて、無茶苦茶な日程で仕事を押しつけられたんですよ」
 確かに弘樹の言っていることは嘘ではない。しかし、決して本当のことも言ってはいない。この手の情報操作は、彼らの最も得意とするところである。
「ふーん。まあ、その件については嘘じゃないようだね。君たちが喫茶店で年上の女性と会っていたという情報は、確かに僕の耳にも入ってるよ」
 なっ、何故知っている。というより、さすが風折迅樹というのが、今の彼らの心境だ。
 絶句している彼らに、チラリと視線を流しながら、生徒会長は言葉を続ける。
「ああ、それから、君たちのことを目撃した善良な生徒が、彼の為に名前は伏せるけどね、面白いこと言ってたよ。君たちが、その女の人のツバメじゃないか、だってさ。何でも、その人が君たちに封筒を手渡したのを目撃したらしい。あの中身は絶対現金に違いないし、女の人もいかにもパトロンって感じだったって」
「それが、何だって言うんですか」
 一体何を根拠に『パトロンって感じ』を、その人物が見いだしたのは皆目見当もつかないが、随分と思いこみの激しい奴らしい。あきれはてて、反論する気の失せた智史は目の前の生徒会長に向かって吐き捨てた。
「今は僕の権限で、このことは伏せておくように言ってあるんだけど、君たちの事情を知らない人たちは、そいつの証言を鵜呑みにするだろうってことさ。承知の通り、娯楽が少ないからね、ここは。それに、うちの学校がいくら自由な校風だからって、売春行為までは黙認しないだろうってことかな」
 彼の台詞に、今度はさすがの智史も言葉が出なかった。
「迅樹さん」
「何だい、涼」
 おすおずと呼びかけてきた涼に、隣の女子校の生徒を3ダースは惚れさせたという極上の笑顔で、風折が応じる。
「それって、脅迫っていいませんか?」
 脅迫以外の何ものだとういうんじゃいっ! という、智史たちの心の叫びが聞こえる筈もなく、風折は首を横に振った。
「まさか。気のせいだよ涼。僕はお願いしてるだけ。お願い聞いてくれるよね、智史くん」
 智史くんなどという、耳慣れない呼びかけに寒気を感じながら、智史はがっくりと肩を落として返答した。
「……解りました」
「よし、じゃ、期限は5日後。よろしくね。はい、これが曲が入ったMD。さあ、悩み事も解決したし、帰って勉強しようか、涼」
「はい。すいません、神岡さん。迷惑でしょうけど、よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げて、涼が風折の後を追う。
 そして、完全防音のドアが閉まった音を確認した後、智史は胸一杯に息を吸い込んだ。
「思いっきり迷惑だぁー、ばかやろーっ!」

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