4.3つ目のやっかいごと

 ピンポン、ピンポン、ピーン、ポーン。
「誰だ、こんな時間に。下らない用だったら、叩き斬ってやる」
 AM8時13分のピンポン攻撃に、物騒なことを呟きながら、弘樹は玄関に向かった。
 結局、軽い食事を済ませてベッドに入ったのが5時。まだ3時間余りしか寝ていない計算になる。
 この食事が遅い夜食なのか、とんでもなく早い朝食なのかは永遠の謎である。
「はい。誰だこんなに朝早く……野崎? いったい、何の用だ?」
 弘樹は、目の前に切羽詰まった表情で立っている意外な客に、目を見開いた。
 和泉澤附属には、何故か書記が3人存在し、2人はある意味普通に生徒会絡みの仕事をしているが、後1人は生徒のデータ管理を主な仕事としている。
 野崎はその3人目の書記で、ちなみに智史も書記であるが、その仕事の性質の相違上、この2人に接点はほとんどない。
「伊達、神岡、神岡は居るか?」
「ああ、まだ寝てるがな」
「起こしてくれ、今すぐに。生徒会のコンピュータがハッカーにやられた。生徒の個人データにウィルスが植え付けられるらしい。画面が真っ赤になって……、俺、どーしよう?」
 その台詞で、弘樹は野崎の訪問の理由を理解した。確かに野崎はデータ管理の役職についているだけあって、コンピュータに通じてはいるが、如何せん素人。その点、智史はバイトでワクチンの制作まで手がけている玄人はだしである。
「不用意にメールの添付ファイルでも開いたのか?」
「素人じゃあるまいし、そんな間抜けな事する訳ないだろうっ! いいから、早く神岡だ」
「解った、ちょっとあがって待っててくれ。今起こす」

☆   ☆   ☆

「智史、さとしーっ、起きろっ」
「んーっ。起きれない」
「ばかっ、緊急事態だ。寝ぼけてないで、さっさと起きるんだっ」
「あぁあぁ、解った。こんな朝っぱらから催促すんなよ。昨日、あんなに頑張っただろ。タフだなお前」
「智史、そうじゃない。その件じゃなくて……、よく聞けよ」
「あぁん、解った、あれか。心配するな、誰が何と言っても弘樹の方を優先するから。だから、お願い。愛してるから、今は寝かせておいてくれ」
「愛してなくてもいいから、起きろ。おい、智史」
「もう、照れちゃって。キスしてやるから寝かして」
「冗談いってる場合じゃない。よーく聞け、ハッカーに侵入されて、ウィルスを仕込まれた」
「何処にだっ! 俺のマックにかっ!」
 ガバッと、羽毛布団を跳ねのけて、智史が起きあがりざまに叫びをあげる。
「否、生徒会室のパソコンだ。野崎が知らせてきた」
「ちっ、俺のマックじゃなくて良かった、なんて思う暇もないくらい最悪の事態だな」
 パジャマの上に取りあえずパーカーを羽織り、智史はリビングに向かった。
「野崎、待たせたな。詳しく状況説明してくれ」
「ゴホッ。ああ、取りあえずそのままでいいから、校舎の方に来てくれないか。地下道使えば問題はないだろう。詳しいことは移動の途中で説明する」
 赤面しながら、野崎が移動を促す。
 彼が、何故赤面しているのか、智史達には不思議だった。
 しかし、ドア越しに彼らの会話を聞いていた野崎が、昨夜ふたりが、なにを頑張っていたのかを誤解したのは明確である。
 紛らわしい表現に、注意。

☆   ☆   ☆

「はーん。もう、警告画面になってるじゃん。初めて見たよ。望みは薄いな」
 パソコンの前に座った智史は、感嘆の声を上げた。
「新種かなっ、新種だろうな。メールで送りつけて来ないところが通だよなぁ。トロイの木馬系じゃない所をみると愉快犯なんだろうなぁ〜」
「神岡、感心してる場合じゃないだろう」
「ああ、でもなあ、今言ったけど、コレって新種のウィルスだよ。初期化してシステムの再インストールしか除去する手はないよ。もう、すでにデータは破壊されてることだし諦めろよ。データのバックアップはとってあるのか?」
「一週間前までのならな。ってことは、俺が3日かけて入力した、期末テストの個人データがパーってことからよ。何とかならないのか?」
「ならないって、言ってるだろうが。3日って言ったって、1日中やってた訳じゃ無いんだろう」
「確かにそうですけどね。世間の皆様は試験休みで思う存分楽しんでいらっしゃる時に、俺は一人虚しく仕事してたんですけどね」
「野崎、自分だけが不幸だと思ったら大間違いだぞ。試験休みに遊んでいられないのは、お前だけじゃないんだよ。俺だって睡眠時間削って協力してやってるんだから、ぐだくだ言うな。大体お前、回線つなぎっぱなしで何やってたんだよ。うちのパソコンなんて外部からアクセス出来ないようになってるんだから、お前が回線を、しかも長時間つないでなきゃ侵入してこれるはず無いんだよ。まさか、学校のPCでエロサイトでもみてたんじゃあるまいなっ!」
 もともと低血圧で朝が苦手な上、睡眠時間3時間で叩き起こされ、気分がよろしい訳がないところに野崎の愚痴を聞かされて、智史の機嫌は一気に傾き始めた。
 だいたいこれはどう考えたって野崎のミスなのである。いくら相手がパソコンに詳しくたって、つながっていない回線に侵入してこられる筈がない。
「まさかっ、そんな危ない所、学校のPCで覗くかよっ。千秋とチャットで話してただけだ!」
「ほう、『ちあき』ねぇ〜。弘樹」
 突然名前を呼ばれた弘樹は、驚く様子もなく、羽織っていたジャケットのポケットから手帳を取り出し読み出した。
「えーと、わたしのデータによると、霞ヶ丘に『ちあき』と名の付く女は、『小野千晶』、『河原ちあき』、『吉住千秋』の3人だ。前の2人が1年、残りのひとりが2年だな。この中で、野崎と接触がありそうなのは、『吉住千秋』だ。彼女は『電子計算機同好会』の部長で、野崎はその講師として何回か招かれている」
「………」
「『電子計算機同好会』って、すっごいネーミングセンスだな。素直に『パソコン同好会』にしとけばいいのに、専門学校じゃないんだから。なあ、野崎」
「なあ、野崎って……おい。お前達って、いったい何者なんだ?」
「何者でもないさ。女の子の情報は弘樹の趣味。こいつ、霞ヶ丘の全校生徒540人の顔を全て記憶してるぜ」
 初公開、弘樹の秘密その1である。
「そりゃあ、大層なご趣味で」
「まあ、それはさておき、一応お前の彼女なら、犯人がその千秋ちゃんってことはないだろうが、彼女の近くの人物ではあるぞ。だいたい、生徒会室のPCをネットにつなぐのが間違ってるんだ。これが今、俺がお前にしてやれる最大限の忠告だ。じゃ、データ入力頑張れよ」
 野崎の肩をポンと叩き、生徒会室を後にしようとした智史たちに、背後から彼の力無い呼びかけがかかる。
「手伝ってはくれないんだな……」
「もう充分手伝っただろう。後は自分でやれ。風折さんに報告しないでおいてやるだけ、ありがたいと思え。まあ、彼のことだ、もう知ってるかもしれないがな」
「さすが智史。良く解ってるじゃない」
 出たっ、神出鬼没の風折迅樹。
「失礼だね、智史。何、幽霊見たみたいな顔してるの。それから、野崎。起こってしまったものは仕様がない。が、原因が自分なら、自分で責任は取って貰わないとね。こんな朝早くから、智史をやっかいごとに巻き込まないでくれるかな。彼には今、僕の指示でちょっとした仕事をして貰ってるから、君に手を貸している暇はない。君だけじゃないんだよ、試験休みを棒にふって仕事をしているのは」
「はっ、はいっ」
 驚きのあまり、声がひっくり返っている野崎を見て、智史は多少同情し、助け船を出す。
 だいたい、風折の言っている頼みは、まぎれもない私用なのだ。
「風折さん、あんまり脅かすもんじゃありませんよ。野崎がノイローゼにでもなったら困るでしょう。データ入力やってくれてるだけでもありがたいと思いましょうよ」
「まあ、智史がそう言うなら、僕は別にこれ以上言う気はないけど。野崎、出来れば犯人も見つける努力をしてみてね」
「はいっ」
 勢いよく、しかし後のことは何も考えていないと見受けられる返事をした野崎を、横目でチラリと見ながら、智史は小さくため息をついた。
 多分、今の彼の心境は、マンション住まいで飼えないのは良く解っているのに、雨の降る道端で力無く鳴いている仔猫を見つけてしまった子供のそれと良く似ている。
「智史……」
 そんな智史の心境を察してか、声を掛けてきた弘樹に向かって智史はきっぱりと言った。
「見捨てるぞ。俺にそんな余裕はない」
 とか、何とか言いつつも、野崎を見捨て切れてはいない智史を弘樹は知っていた。
 野崎がこれ以上、助けを求めてこないことを祈りながら、弘樹は智史を促し、生徒会室を後にした。
 風折よりも誰よりも、そう……本人よりも。
 智史に負担をかけたくなかったのは、弘樹。
 ──今はまだ、ルームメイトの彼であった。

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