DESTINY3 (3)
突然だが、伊達弘樹は現状に大いに不満があった。 何故って、出来たてほやほやの恋人が訳の解らないことをするからだ。 確かに、ああ確かに。 自分で歌うならまだしも、智史が一石二鳥とばかりに意味深な歌詞を涼に歌わせた──回りくどい言い方をやめるならお互いの思いを確認しあった──夏休み直前のあの夜に、相手も自分も酔っぱらいなのをいいことに、性急に次の段階に進んでしまったのは認めよう。 だが、物事には勢いってものが必要だろう勢いってものが。特に……こういう方面に関しては。 それに、ごちゃごちゃと理屈を抜かしてはいたものの、別に智史だって本気で嫌がっていた訳じゃない筈だ。 口では嫌がってっていても、身体はそうは言ってなかっただなんて、親父くさいことを言う気はない。 智史は口でだって嫌がってはいなかった。 ただ…弘樹のキャラの変貌ぶりがちょこっと智史を退かせてしまっただけで。 それなのに、ああそれなのに、それなのに。 何故、単なるルームメイトだった時は一緒だった寝室が、ここにきて別々になるのだ? ここで注意を喚起するが、別に弘樹は智史が土下座して『弘樹さん勘弁して下さい』と涙ながらに訴える程のことはしていない。 ……というか、しようと思ったこところで──いくらなんでもそこまでする気はないが──する間もなく、寝室を別にされたのだ。 そして気付けば夏休みも終盤のこの段階で。 単身赴任していて週末だけ自宅に戻ってくるといった生活をしている夫婦じゃあるまいし、彼らが身体を合わせたのは、片手でおつりがくる回数。 もちろん、女装した智史を強引にラヴホに連れ込んだのも勘定に入れてだ。 一緒に暮らしていながら、これはあんまりじゃなかろうか。 これでは、例え本人が嫌がっていようとも、女装した恋人を1日連れ回したくなるというものだ。(そうだろうか?) いや、別に、言い訳ではなく、そーゆことがあまり出来ないことだけが不満なのではない。 それを別にしても、智史は弘樹とある一定の距離を保とうとしている節があるのだ。 ある部分で近づいた分、別な部分で退くことで、何かのバランスを保とうとしている。そんな感じ。 誰が見ているわけでもないのに、智史は普段の生活で必要以上に弘樹と友人であろうとしている。 智史は弘樹が自分の言い訳なんて聞いてくれたためしがないだなんて主張するが、それは嘘だ。 智史が言い訳をあまりしなくていい程度に、弘樹が恋人モードの時間帯を押さえてやっているのだから。 それに、我慢に我慢を重ねたあげくに、弘樹のモードが切り替わった時の、智史の言い訳はとてもじゃないが言い訳になっていない。 今日は仏滅だから…… 今日は天気が悪いから…… 今日は少年ジャ○プの発売日だから…… どんな言い訳だ! 自分の性格が誰かさんのように──誰なのかは敢えて言わない──ねじ曲がっていたのならば、ゴリ押して欲しくて、わざともったいをつけているんじゃないかと思う位だ。 まあ、実際はそういうのではなくて、自分から好意やら愛情やらを露わにして、相手に拒否されるのが怖いというのが事実だとも思う。 あの歌詞での告白も、弘樹が無反応だったならば、智史は素知らぬ顔で、何も無かったことにしたのだろうし、今だって、自分からは行動を起こさず弘樹に誘わせることによって相手の愛情を確認しているのだ。 話を聞く限り、智史の両親──特に父親──は愛情表現が苦手だったらしく、好きだからこそそっけなくなるというか、気を許しているからきついことも平気で口にしてしまうというか、そういう類の人間らしい。 父親が智史を勘当したのだって、母親と同様の仕事についた息子が自分から離れてゆくのでは、という不安からその仕事をやめさせたかっただけだと思うが、当の息子は本気で勘当されたと思っている。 あからさまに頭を押さえつけるのではなく、いくら照れくさくても自分の本心を語らなくてはならない時というものがあるものだが、智史の父はそれを恥ずかしいことだと思い、決して息子にその愛情を見せようとはしないのだ。 本人達に悪気はないのだろうが、そういう親に育てられた子供は本人も愛情表現や甘え方が下手になる。 それは、幼い頃に、親に甘えて拒否ともとれる反応をされたからだろう。 だから、自分からは積極的に人との関わりを持とうとしない。 だから、弘樹が転校してくるまでは、友人らしい友人がいなかった。 独りでいる時間が苦痛にならないというのも理由の一つだろうが、本を読んだりコンピュータのプログラムを作ってみたり、退屈することのないよう、何かしらやることを見つける──というか作る──というのは、きっと、友人がいないからこそ身につけた、智史なりの時間の使い方なのだ。 独りで居る時間に意味を持たせることで、その淋しさに気付かずにいられるように。 そんな状態で弘樹が出現し、智史は人といる時間の楽しさを知った。 お互い出版に関わる仕事を持っていて、話が合うだとか、性格的にも合ったとか、確かに相性は悪くはなかったのだと思う。 ましてや、弘樹としては、智史の書く文章に魅かれて、人生に置いて二度とあんな無理はできないという程の無理をして和泉澤に転校してきたのだ。 これで、相性が悪くてたまるかといった感じではある。 まあ、実際には書く文章と本人にギャップがある場合というのも少なくはないのだろうが、幸いなことに智史は弘樹が想像していた通りの人間だった。 もともとプラスの感情があっただけに、本人を知れば知るほど弘樹は智史が好きになった。 きっと、頭の良さと情報量に起因している話の面白さも、頭が良い割にはお高くとまっていなくて意外と気さくなところも、その愛情表現の不器用さも。 その全てが弘樹を魅きつけてやまない。 その気持ちに言い訳が立たなくなって来た頃だ。弘樹が、ちょっとしたアクシデントから、智史のファーストキスを頂戴してしまったのは。 その人間関係の不器用さから、それほど経験豊富ではないとは思っていたが、智史が以前通っていたのは共学校だという話だったし、彼の外見の良さからも、彼女が居たことが無いというのは、逆に予想外だった。 なぜなら、たとえ、智史にその気がなかったとしても、どんな年代でも──それが幼稚園児であっても──積極的な女というのは、ものすごく強引なもので、そんな女が本気で男にアピールした場合、どうしても趣味に合わないという理由を除き、その攻撃から逃れられる男というのは少ないものだからだ。 だから、智史が初めてだと知った時── しまったと思う反面、弘樹は心の奥底でわき上がる嬉しさを押さえることができなかった。 中学生の後半の頃から、自分は手当たり次第に近い状態で遊んでいたにも関わらず、自分が智史にとって、初めてのキスの相手であることが、嬉しくてたまらなかったのだ。 こんな状態では、風折に言われるまでもなく、もう完全に言い訳なんて立たない。 諦めて、自分は智史が好きだと自覚するしかなかった。 とはいえ、そのキスはある意味事故みたいなもの。 相手が男である手前、取りあえず高等部を卒業するまでにはなんとかしようと、長期戦を覚悟していた弘樹だが、思いがけず──ちょっと、解りにくかったものの──智史からアピールを受けた。 いくら解りにくくても、このチャンスを逃すほど弘樹はのんきものではない。 その展開の好都合さに少々面くらいながらも、とんとん拍子に、ふたりは恋人同士であるという現在の状況に至ったのだ。 そのとんとん拍子を補って余りあるほど、現在の状況が弘樹に納得しかねるものであっても恋人は恋人だ。 智史の過去にそんな関係の人間が居なかったことは、単なるラッキーだが、未来に自分以外にそんな人間が居ることなんて許さない。 しかし── 弘樹はイラストの仕事をするようになったもの、和泉澤に転校してくることになったのも、思えば全て智史がきっかけだが、向こうは違う。 つまり、たとえどんな出会い方をしたとしても、自分がが智史に魅せられてしまうのはまず間違い無いだろうが、向こうは自分でなくても良かったのでは、という疑問を弘樹は感じるのだ。 初めてできた友人、初めて知った人といる時間の心地よさ。 そんなものが智史に自分に対する恋愛感情を抱かせたのではないかと。 同室になったのが自分でなくても、智史はそのルームメイトのことが好きになってしまったのではないかと。 これは、恋愛経験が少なければ少ないほど起こりうる、ある意味勘違いだ。 だが、それが相手が自分でなくとも起こりうる勘違いであっても、更に風折の画策があったとしても、智史の元にやってきたのは、他の誰でもない自分──伊達弘樹なのだ。 まさしく、智史も歌詞の中で言っていたように、運命の気まぐれ。 だが、気まぐれだとしても運命は運命だ。 たとえ、運命が努力によって変えられるものだとしても、ならば、その運命を変えない努力も出来るはずだ。 ──相手が退くなら自分がその分押してやる。 弘樹がそう決心し、現在仕事部屋にこもってまんがの原作を書いている智史の様子を──ことと次第によってはそのまま彼を寝室か風呂場に引っ張り込むつもりで──うかがいに行くために、そのドアノブに手をかけた瞬間、彼らの部屋のドアチャイムが鳴った。 既に深夜と呼んで差し支えない時間であるにも関わらず。 ☆ ☆ ☆ 「で、俺の処に来た訳か。ハハッ、なんの為にあんな苦労をしたことやら……」深夜に鳴るドアチャイム。 それだけで、相手は99.9%知れたようなものだ。 チャイムが鳴ってから3分後、弘樹が企んでいたのとは全く別の理由で智史は仕事を強引に中断させられ、苦虫を30匹位噛み潰した顔で、向かいのソファに座るふたりを見つめていた。 「智史、なんて表情してるの。今晩、涼が悪い夢でも見たらどうするんだい」 そう、台詞だけで完全にその人物が誰か特定出来てしまう、風折さんがお越しあそばしているのだ。 しかも、大切で可愛くて大好きな涼くんを引き連れて。 更に、その来訪理由が理由だけに、智史は頭を抱えたくなった。 細かいことを考えるのを全て放棄して、先日自分がする羽目になった女装の必要性を、作詞を断るためにだと自分自身に強引に言い聞かせて、ようやく気持ちに折り合いをつけたところだっただけに尚更。 大きなため息をつきたいところではあったが、最初からそんなんでは、風折に主導権を持っていってくださいと言っているようなものだ。 智史は気合いを入れて、自分の意見を主張する。 「風折さん、最初に言っておきますけど、涼の作詞の才能の有る無しなんて、俺には関係ありませんよ」 「なに言ってるの。元はと言えば、君が先方の依頼を断るからじゃない。それに、君があんな歌詞書くから、涼が無理な要求されて苦労してるんだよ。関係ないとは、よくもそんな無責任なこと言ったもんだね」 「………」 あまりに無茶苦茶な理論に智史は無言になった。 風折がこう言いだした以上、依頼を断るってことはあなたも知ってた筈でしょうとか、強迫してまで智史に書かせた張本人もあなたでしょうとか、そんな事実を告げたところで、彼は聞く耳なんぞ持ってはくれないのである。 そんな智史の様子を見て、グラスに入ったウーロン茶を配っている途中だった弘樹が、さりげなく助け船を出す。 「でも、智史にはどうしようもできないでしょう。涼にしたってゴーストなんて使いたくないだろうし」 だが、弘樹の台詞に反応したのは、風折ではなく涼だった。 「いやっ、もちろん自分で書きますよ。できないなら、他の人でもいいです。ゴーストに書かせるって形だけは絶対にやりたくないです」 「じゃあ、何が目的なんだよ」 思わず感情にまかせて吐き捨てた後、智史は慌てて風折の表情をうかがった。 見る前から解っていたことだが、やっぱり風折は今にも石化光線を出しそうな視線で智史を睨み付けていた。 そんな恐ろしい目つきの男が自分の隣に座っているとは思いもせずに、涼は大まじめな顔で智史に問いかけてきた。 「ズバリ、聞きます。この間の歌詞、どんな設定で書いたんですか?」 「なっ……」 一瞬にして、智史は自分の顔に血が上っていくのを感じた。 こんな顔を弘樹に見られてやしないかと、さりげなく視線を流すと、彼も何かをごまかすように窓際の観葉植物を見つめながら、顔を赤くしていたので、智史はちょっと安心した。 「教えてやればぁ〜」 そんなふたりの心中を全て察しているくせに、風折は面白そうにふざけた声を上げた。 「風折さんっ、余計なこと言わないで下さい」 「もしかして企業秘密だったりします?」 「否、そういう訳じゃ……」 石化覚悟で風折には噛みついた智史だったが、涼の残念そうな物言いには、多少同情心を動かされてしまい、気付けば否定の言葉を口にしていた。 まったく、涼の物言いとそのキラキラ光る瞳ときたら、某金融会社のCMに出てくるチワワ並だ。 「じゃあ……」 しかし、だからと言って智史はキャッシングしてまで、犬を買う程のお人好しではない。嬉しそうに口を開いた涼に智史は告げる。 「待てよ。設定なんて聞いたって意味ないぜ」 「意味ないですか」 「そう。だって、あれは俺にしか書けないから」 「そりゃ、神岡さんはプロだから、俺に実力が足りないって言われりゃそれまでですけど」 ああ、どうしてこいつはこんなに鈍いんだ。自分で歌っていて、あれが誰かに思いを告げるためのの歌だって気付かなかったのか。だとしたら、歌うたい失格だ。 と、智史はギリギリと拳を握りしめた。 「そういうんじゃないよ。それから、どーでもいいけど、お前敬語使うのやめろよ。同じ歳なんだから」 「はあ」 「あれは、俺だ」 「はあ?」 ここまできても、相変わらず間抜けな涼の返答に智史は泣きたくなった。 一体俺は、誰に何を何処まで告白しなけりゃならないんだと。 「設定も何も無いの。ありゃあ、俺の本音だよ。頼むからこれ以上俺に恥ずかしい発言させないでくれ」 もうヤケだと言わんばかりに言い放ち、今度は耳まで真っ赤になりながら、智史は仕事部屋へと引っ込んだ。 「……」 無言でそれを見つめる涼の肩を、風折がポンッと叩く。 「そういうこと。自分が誰かに一番伝えたいこと、書いてみたら?」 「迅樹、この間のアレ、ガラスの仮面ごっこなんかじゃなかったんだな」 「まあね」 そんな彼らのやりとりを横目で眺めつつ、弘樹はこっそりと笑みを浮かべた。 相手の自分に対する想い── それは、何度聞いたって嬉しいものだ。 ましてや、それが本音を滅多に口にしない人物から出た言葉ならば。 ──予定は狂ってしまったけれど、今日のところはこれで良しとするか。 そして、その言葉を聞けるきっかけを作ってくれた風折の為に──お礼と言う訳ではないが──弘樹は願う。 いつの日か、風折も涼からそんな歌を贈られる時が来ることを── |