DESTINY3 (6)
「礼拝で寝かけた? 相変わらず変なところで大物だね君ってやつは」 「俺が何ものなのかはどうでもいいです。いったい何がどうなってるっていうんですか?」 智史の言葉に風折はやれやれと首を横に振った。 「礼拝で寝かけたってことは、その後の始業式では確実に寝てたってことだね」 「ええ、まあ」 「なら、去年の今日を思い出してみて。去年の9月1日、何かの発表がなかったかい」 「……多分、去年も寝ていたと思いますが」 智史の返答を聞き、風折は液体窒素並に冷たい視線で後輩を睨み付けた。 「よくもまあ、そんなに寝てばかりいて、目玉が溶けないもんだね。もしかして、合同演劇発表会という行事の存在も知らなかったりするのかな?」 「合同演劇発表会? ああ、霞ヶ丘と合同で、クリスマスに大学部の体育館借りてやるアレですか?」 そういえば、そんな行事もあったな、と智史は遠い目をした。 去年の12月半ば、智史は母親を事故で亡くした。 学校行事であるとはいえ、とてもパーティなんかに参加する気分にはなれなくて、仮病を使って欠席したのだ。 だから、合同演劇発表会について、智史は詳しいことを何も知らない。 「そう、発表会の後はそのままクリスマスパーティになだれ込む、両校の生徒会自慢の気の利いた行事だ」 「ああ、いいもん食えるって話ですね」 「……大抵の生徒の目的はそっちじゃないとは思うけどね。だが、本来の目的がどうあれ、合同演劇発表会は合同演劇発表会だ。つまり、演劇発表をしなくちゃならない訳」 「そりゃそうでしょうね」 「演劇発表をするってことは、それに出る人もいるってことだと思わない?」 「そりゃ、いますよね」 「それに、出る人がいても、台本がなければ、演劇は始まらないと思わない?」 「始まりませんね」 「智史、自分のことばかだと思わない?」 「そりゃ、思いま……って、何ですかいきなりっ」 風折の言葉を半分聞き流しながら、適当に返事をしていた智史は、危うく自分がばかだと認めかけた。 「人の話は真面目に聞けってことだよ。ああ、もういい。君が話の内容を理解できなくたって知るもんか。君は、合同演劇発表会の出演者に選ばれた。脚本は霞ヶ丘の演劇部部長の強い希望で、神崎智美のPOSH BOYSシリーズから短編をピックアップして脚本化する。君は和哉役で、ついでに弘樹はその友人の修役、因みに僕は当然のように風間役だよ」 「はぁ〜、なんですかそれっ」 智史は思わず大声を上げた。 その声で教室に残って居るやつ全員の視線を集めてしまったことに気付いてはいたが、そんなことにかまってはいられない。 「俺はそんなこと聞いてませんよ」 「それは君が始業式で寝ていたからだろう」 「それは、発表を聞き逃したってだけでしょう。そんなこと、いつ、どこで、誰が決めたんですか?」 「1学期の最終日、霞ヶ丘で、演劇部長と生徒会長の独断と偏見で決まったんだよ。こちらも、ここぞとばかりに霞ヶ丘の綺麗どころをピックアップさせてもらったけどね」 風折が何を言っているのか、さっぱり解らなくて、智史は弘樹に説明しろと視線を流した。 「合同演劇発表会──表向きは同性しか存在しない各校の演劇部に幅広い演目を演じさせる為に存在するが、その実体は、その後のクリスマスパーティを含め、両校最大の娯楽行事。よって、お互い相手の学校に、演劇部員以外で出演して欲しい人物を5名まで指名することが出来る。指名されたら最後、拒否する権利はなく、彼らは大抵の場合主役クラスの配役を与えられる。他にも細々とした情報もあるが、お前が聞きたいのはこの辺だろう」 「長々とありがとよ」 智史は大きくため息をついた。 弘樹のしゃべりっぷりで、今回の一件が、単に智史を驚かせる為に、風折が仕込んだものだということが、はっきり、しっかり、きっぱりと解ってしまったからだ。 弘樹は、智史にこの質問をされることを予想していたのだ。 この件に関して、智史は弘樹を怒ろうとは思わない。 風折が厳重に口止めしたのだと解っていたし、彼に逆らったならば、どんなに恐ろしいことが待っているかだなんて、自分も想像したくなかったからだ。 ともかく、風折は──どんな賄賂を使ったのかは知らないが──霞ヶ丘側に智史を指名させた。そして、脚本のベースにする本だって、向こうが勝手に決めたような口振りだが、実際は腹黒生徒会長が巧みに話を誘導したに違いない。 夏休み明け、のんきに登校した智史をびっくりさせる為だけに。 風折はきっと、出演者を発表する際、壇上から智史の驚く顔を楽しもうと思っていたのだ。 智史が寝ていて、その予定は崩れたものの、ならばと、サイン入りの文庫本を携えて、わざわざ2年の教室までやってきた。 嫌がらせもここまで情熱的になると、それはある意味愛情だ。 たとえ、本人がどんなにそんな愛情はいらないと思っていたとしても。 智史はじっとりとした視線で風折を睨み付けた。 反論しても無駄なことは重々承知しているが、せめてもの抵抗を試みたのだ。 この反応が相手を喜ばせていることは解っていても、どうしても憮然とせずにはいられない。 それが風折のやらかすことなのだ。 ……どこまでも面倒なことを── ☆ ☆ ☆ 「神岡、どうやらやっと状況が飲み込めたみたいだな」何とも満足そうな笑顔の風折を見送った後、忌々しげな表情で席に戻った智史の側に、大塚が近寄ってきて、含み笑いをしながら話しかけた。 「まあな。あんまり飲み込みたくはなかったけどな。ああ、お前に借りた本返すよ。風折さんに貸して貰ったから」 「うん、ああ。風折先輩にね……」 智史が差し出した文庫本を大塚はなんともいえない複雑な表情で受け取った。 「神岡ってなんか、風折先輩にすげーかまわれてるよな……」 「かまわれてるなんて生やさしいもんじゃないよ、虐げられてると言ってくれ」 「虐げられてるって……そりゃ言い過ぎじゃないの。傍から見てると、風折先輩って充分神岡を気に入ってるように見えるぜ」 だから、その気に入られ方が迷惑なんだよ、と心の中で毒づきながら、智史は大塚に向かって吐き捨てた。 「そりゃ、傍から見てるからだよ。試しに、お前も俺と同じことされてみろよ」 「いくら、こっちがされたいと思ったところで……」 台詞の途中で大塚がはっとしたように、口元に手をあてる。 その様子を見て、弘樹は片眉を上げ、智史は目を細めた。これは、彼らが何かを感じ取った時に、無意識にでるくせだ。 思わず口が滑ったらしいが、その後、それを取り繕う言葉を思いつけないらしい大塚に対し、智史が大層下心のある助け船を出す。 「あっ、そうだ。話変えて悪いけど、大塚、お前はなんの役やるんだ? 劇部の部長のお前が出ないってことはないだろう」 「えっ? ああ、俺の役な」 話が変わったことに、心底ほっとした様子で、大塚は口を開いた。どうやら彼は日常生活では、ものすごく大根役者らしい。 「おいしい役だぜ、生徒会長風間蒼を影で支える橘信哉」 ──確かに、おいしい役だ。 智史は心の中で呟いた。 橘信哉は、出番は少ないのだが、影の参謀として登場するので、かなり印象的なキャラクターなのだ。 どちらかというと、大塚より自分に合ってるキャラだよな、キャスト変更ってないのかな、と考える智史は弘樹とは別の意味で結構ずうずうしい。 しかし、こんなことは神岡智史が知っていてはいけないことだ。 智史は片手を上げ、拝む仕草をしながら大塚に向かって謝罪する。 「大塚、悪い。考えてみれば、俺、原作まだ読んでない。聞いても誰だか解らないわ」 「確かに……応えた俺もばかだったよ」 「ほんとにな」 「神岡……お前って感じ悪い」 「まあな」 しゃあしゃあと応える智史に、生真面目な大塚は本気で嫌な顔をしてみせると、無言でその場を立ち去った。 智史の用済み人間追っ払い作戦、見事に成功である。 ☆ ☆ ☆ 「なあ弘樹、先刻、合同演劇発表会の説明してくれた時、他の細々したことは省くって言ってたけど、その中に脚本の決定権は霞ヶ丘にあるとかってのないか?」自室に戻った途端、智史は仕事部屋のドアを開けながら、弘樹に疑問を投げかけた。 「えっ? ああ、まあ、今年はそうだな。脚本の決定権は1年ごとに行ったり来たりするから。それがどうかしたのか?」 「どうかするとも。そうなら今朝あげた原稿を書き直す」 「はぁ? 今から、100枚もの原稿を? なんの為に?」 「風折さんに仕返しする為に決まってるだろ」 「仕返しって、まさか……」 智史が何を考えているか、その内容に思い当たった弘樹の台詞が途中で消える。 「そう、そのまさかだ。風間蒼と橘信哉をくっつける」 「…………」 「なんとか言えば」 「悪趣味じゃないか」 「何が?」 「あの時、お前も大塚の気持ちに気付いたんだろう。だったら……」 「だからこそだよ。大塚は風折さんに想い人がいるって知ってるよ。ちょっと勘違いはしてるみたいだけど。どうせ叶わぬ想いなら、いい想い出のひとつでも出来た方が幸せじゃん。っていうのは、とってつけた言い訳だけどな」 「まあ、言い訳だとしても一理あるな。しかし、智史、締切破ってまで原稿を書き直したとして、それが脚本になるとは限らないんじゃないのか? 雑誌が出るのは月末だぞ」 「そこがプロの作家の腕の見せ所ってやつなんじゃないか。途中まで出来た脚本放り出してでも、こっちをやりたいって思わせるような話を書いてやるよ。しかも、脚本化しやすくて人気キャラが次々と登場するような話をな」 「ほう、大した自信だな」 「まあな。しかも締切も破らない。今日の0時までは、今日だ。それまでに意地でも上げてやる」 その意地とやらのおかげか、すっかり眠気が飛んだ様子の智史を見て、弘樹はちょっと遠い目をした。 何故、自分の恋人は、こんなことばかりにいらん実力を発揮するのかと。 そんな弘樹の心中を知ってか知らずか、智史は制服のブレザーを脱ぎ捨てると、腕まくりをして猛然とキーボードを叩き始めた。 そして、後日── 智史の目論見はまんまと成功をみた。 しかし、その成功には、人を呪わば穴ふたつという諺をしみじみと実感させられるおまけも、もれなくくっついてきたのである── |