DESTINY3 (7)



 そもそも、智史が急遽予定を変えずとも、この仕事は入った時点で通常の締切を遙かにオーバーしているものだった。
 よく考えずとも、週刊誌であれ、月刊誌であれ、発売された雑誌には、次回掲載予定の作品のお知らせとが、ちょっとしたあらすじと共に載っているものではないだろうか。
 たとえ、智史が書いているのが季刊誌であったとしても、その形態に変わりはない。
 それなのに、発売まで1月を切ったこの時期に、智史が何故原稿を書いているのか。
 そこには、読み手側には結構どうでもいいのだが、出版する側には大いに問題のある、大人の事情というのが絡んでくる。
 掲載予定だった作品の内容が──あくまでもその話が書き上げられた後に起こった──とある事件と酷似していたのだ。
 雑誌が出版されるまでの流れを知っている者ならば、それが実際の事件よりも先行して書かれたものであることが解るだろうが、解ったところでタイミングの悪さは変わらない
 読者層の中心がハイティーンから20代前半で、下は小学生も居る、季刊誌『NAVY』としては、読者──というよりは、その親──に不謹慎だと思われるのは避けたいところだ。
 かくして、ゲラ(本にするためにレイアウトされた試し刷りみたいなもの)まで上がっていたその作品は、今回掲載を見送られることになった。
 普通ならば、そんな自体に備えて穴埋め原稿のストックがあるものなのだが、面倒なことに、その見送られ原稿を書いたのが、現在神崎智美と名を連ねて季刊誌『NAVY』を支える看板作家の真行寺えりいであったのだ。
 ともかく、この号の『NAVY』は、とことんタイミングの悪い運命にあるようで、丁度、連載中のシリーズにひとくぎりがついた神崎智美は今回話を掲載しないことになっていたし、真行寺は不掲載が決まった時点で新婚旅行の真っ最中だった。
 もちろん、他の作家の連載が目当てで雑誌を買ってくれている読者も存在するが、そのふたり──もしくはどちから片方──の話だけが目的で本を買っている人間も多数存在する。
 つまり、雑誌の表紙に彼らの名前があるか否かで、雑誌の売り上げが違ってくるのである。
 と、いう訳で。
 結局は筆が早くて決して締切を破らない神崎智美に急遽仕事が回ってきたという次第。
 そんな事情だから、智史が書いていたのは、はなっからPOSH BOYSシリーズの外伝というか、番外編というか、ともかく1話で読み切るタイプの話だった。
 要は前後がないから、全く違う話を書き直すという荒技が使えたのである。
 因みに、元の予定では、男にはやたらと人気があるが、その優しさの解りにくさから女の子からの人気は今ひとつという設定の和哉に、彼女を作ってやる予定だった。
 だが、その予定が大幅に変更されたのは、既にご承知の通りである。
 ついでだから──というより今後のストーリーに絡んでくるので──変更後の話の内容を、ここでかいつまんで記述しておこう。
 主人公は言うまでもなく橘信哉。
 やたらと意味ありげな発言をし、風間のピンチには絶対に姿を現す彼──秘かにモデルは風折の側近原田である──は、何を隠そう風間の腹違いの兄である。
 すっかり忘れ去られているだろうが、以前智史が担当編集者にちらりと漏らした、風間の右耳の下にあるほくろがあるという伏線。
 それは、この為に張られていたのである。
 智史は今回、この伏線を読者をミスリードするために使った。
 橘と風間をくっつけると言ってみたものの、別段智史はその手のストーリーを書きたい訳ではないのだ。
 というより、むしろ書きたくない。
 ってな訳でこの手だ。
 基本的には学園祭で起こるドタバタを中心に、今まで殆ど記述していなかった、風間のプライベートを露わにし、そこに橘を不自然なくらいに絡める。
 風間のプライベートに橘が絡んでくるのは、実は彼らが兄弟だからなのだが、今回はわざとそこまでは書かないでおく。
 次回からの連載は別のシリーズを書くことが決まっているので、この1回だけを乗り切れば、読者を誤解させたまま、少なくとも半年は持たせされる。そして、今回の計画はそれだけ持てば充分だ。
 智史の計画はともかく、読者に『あれっ? これってもしかすると……』と思わせたところで、話はオイシイ展開を迎える。
 学園祭で毎年行われる生徒会役員の舞台劇。その幕が開く直前になって風間の相手役の女生徒が急な腹痛で倒れちゃったりするのだ。
 書いている本人も、我ながら強引な展開だと笑いが乾いてしまうが、台詞が入っているのが風間の練習相手をしていた橘しかいないので、急遽、その代役に彼が抜擢されるってな案配だ。
 ついでに、この話を脚本化しろと言わんばかりに、その舞台の内容をも、智史は詳しく描写した。
 それは、大ざっぱにいうと、眠り姫が王子様に起こされた後、どうなったかという話である。
 目覚めてから暫くは良かったものの、その内、王子様と気持ちがすれ違い出す眠り姫。
 外国から様々な衣装や装飾品を取り寄せ、王子の気を引こうと試みるが、彼の反応は今ひとつだ。
 あの手この手で頑張ってみるものの、万策つきた眠り姫が、自室でため息をついていると、ふいに部屋の隅にある古い衣装箱が目に入る。
 ここで、舞台は一旦眠り姫の回想シーンに入る。
 生まれた時に魔女に呪いを掛けられた彼女の身を案じて、姫の両親は国中から糸つむを排除した上に、万全を期して彼女を男の子として育てたのだ。
 そして、姫が15歳の誕生日を迎えたその日、ここまでくればもう大丈夫だろうと──大抵の場合、その気のゆるみが悪夢を生むのであるが──両親は彼女に自分が女性であることを伝え、ドレスを着せた上で誕生日の祝いを行うことにする。
 だが、周りの人間がわずかに目を離したすきに、姫は屋根裏部屋で糸つむに指先を刺し、100年の眠りについてしまうのである。
 回想シーン終わり。
 そう、その古い衣装箱の中には、姫の男装グッズが入っていたのである。
 懐かしさから、姫がその中の衣装に袖を通したところで、ふいに王子が彼女の部屋へと入ってくる。
 姫のその姿に王子は驚愕した。
 長身の姫が男装をしている姿は、今までのそんな装飾品よりも、彼女の魅力を引き出していたからである。
 もしかしたら、王子はその手の趣味の人間だったのかも知れないと思わせつつも、これがきっかけでふたりは仲むつまじくなり、話はようやくめでたしめでたしとなる。(参考資料──桐生操著・本当は恐ろしいグリム童話)
 最初も最後も主役ふたりのキスシーンで終わる上にこの話は、霞ヶ丘の女生徒を喜ばせ、風折に嫌な思いをさせること請け合いだ。
 不思議なことに女というのは、好きな男性に女性が絡むのを嫌がるが、男が絡む分には非常に寛容なのだ。
 そして、何故かそのできあがりが良くても悪くても男を女装させるのが楽しいらしい。
 神崎智美の担当編集者を筆頭に、『NAVY』の他の作家もそれを証明している。
 まあ、ちょっぴり変人めいている担当編集者、前田の意見が全国の女性の意見を代表しているとは思いにくいが、参考ぐらいにはなるだろう。仮にも彼女は読み手のプロなのだ。
 その担当編集者を大いに喜ばせたことで、智史は確信した。
 自分の計画が絶対にうまくいくことを。
 ざまあみろ風折迅樹──

☆   ☆   ☆

 自分の仕掛けた落とし穴に、風折がはまることを智史が楽しみに待っていた、9月初めの金曜日。
 合同演劇発表会の顔合わせが、霞ヶ丘の視聴覚室で行われた。
 よそのお嬢様をお預かりする霞ヶ丘側としては、彼女らを和泉澤に出向かせるよりも、向こうをこちらに呼んだ方が見張りやすい。
 いくら、このイベントに関しては教師が口出しをする権利がないとはいえ、何かあってもらっては困るので、これだけは譲れません。
 ってな事情で、合同演劇発表会の打ち合わせ及び練習は全て霞ヶ丘側で行われることが通例となっていたからだ。
 にこやかにその場を進行する風折の横で、智史は秘かに机を挟んで向かいに座る霞ヶ丘側の生徒を観察していた。
 生徒会長の白取清花(しらとり・さやか)とは、生徒会の交流会の時に会っているので顔を知っているが、その他は初めて見る顔だ。
 美人系・可愛い系とタイプの違いはあるものの、目の前に並んでいる彼女たちは、確かに男にもてそうな感じである。
 成る程、智史本人がその状況をちっとも喜んでいなかったとしても、クラスメートが自分たちをうらやましがる筈だ。
 とはいえ、先程から代わる代わる窓から中を覗き込む女生徒がいるところを見ると、どうやら彼女たちも周りからうらやましがられる立場のようだ。
 良くも悪くも目立つ風折はともかくとして、霞ヶ丘の女生徒はいかにして、和泉澤のいい男情報を手に入れているのだろうと智史は思う。
 風折の陰謀で選ばれた自分は勘定に入れないことにしても、どうやら弘樹は生徒会長の陰謀で選ばれたという訳ではないらしい。
 それは、目の前に並ぶ女生徒の内、2人ばかりがチラリチラリと弘樹を盗み見ていることから知れた。
 ──まっ、確かにいい男だけどな。
 地下道を使って通学している弘樹をお前らは、いつ・どこで・どうやって見かけるんだと、智史は不信感てんこもりの視線で彼女らを眺めた。
 そんな智史は、その中の一人が弘樹ではなく、自分の方を見ているのだとはちっとも気付いていない。
 そして、その弘樹はいえば、そのふたりがどちらも智史狙いだと思っていたのである。
 お互い自分の相手がもてると思っている辺り、何とも幸せなカップルだ。
 妻思うほど亭主もてもせず。
 現実なんて、まったくもってこの諺どおりだというのに。
 そんなこんなで、その女生徒に智史と弘樹が気をとられている間に、話はどの話を脚本化するか、というところにまで進んでいた。
 霞ヶ丘の演劇部部長としては、やはり人気キャラの風間をメインに据えたいらしく、彼が活躍する短編が3編ばかりピックアップされる。
 その中でも、これが一番脚本化しやすいと思いますと、彼女が告げる話は、風間率いる常磐学園の生徒会が、とある事情で殺人事件に巻き込まれるという話で、場所が室内に限定される分、確かに脚本化しやすかった。
 だが、その話を上演するにあたって、絶対に必要になる大がかりなトリックををどうやって舞台上で表現するかがネックになっているとのこと。
 ──そうだろうとも。だから、ちょっと待ってろって。
 と、智史はほくそ笑んだ。
 しかし、その笑みはわずか10分後に凍りつくことになる。
 あーでもない、こーでもないと議論を交わしたあげく、「まあ、どの話を脚本にするかは、次回の打ち合わせまでに決定すればいいでしょう」と話を締めくくった風折が、「ところで、提案なんですが…」と、誰もが全く予想していなかった話を始めたからだ。
「キャストの変更をしてみませんか。生徒会長の僕が生徒会長の役っていうのは、あまりにも意外性がない。一見ミスキャストにも思える舞台を完璧に作り上げるというのも、演劇の醍醐味ですよ。僕としては、風間役を伊達、橘役を神岡あたりにしてみると、話が面白くなると思うのですが。そして、僕が和哉役、演劇部長の大塚が修役をやります。この僕がいかにして女性にもてない和哉を演じるか、皆さんご興味ありませんか?」
「えぇ〜」
 と声を上げつつも、霞ヶ丘の生徒も風折の提案に心が動いた模様である。
 作中ではもてないことになっているが、その解りにくいやさしさがたまらないと、読者には風間に次いで人気のあるキャラの和哉だけに、風折の和哉も見てみたいってなところなのだろう。
 ──って、冷静に分析してる場合じゃないっ!
 智史はガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
「おっ、俺は、風折さん以外の生徒会長なんて、考えられません。弘樹じゃ器が足りないですよっ」
 そんな智史を笑顔で受け流して、風折は一同を見回した。
「意外なことに身内から反対意見が出てしまったので、多数決を取りたいと思います。キャスト変更に反対される方は挙手をお願いします」
 その結果──
 あげられた手は、智史と弘樹の2本だけだった。
 神岡智史──もうすぐ17歳。
 こうして、彼は自分が一生懸命掘った落とし穴に、恋人までをも巻き込んで、自らがはまってしまったのである。

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