DESTINY3 (13)



「OK、万事こっちの予想通りの展開だな。但し、油断は禁物だ。やりすぎりると大塚が却ってヤケになる可能性もある。こういうことは引き際が一番肝心なんだ。その辺を肝に銘じて後はうまくやってくれ。って、こんな言い方は偉そすぎるよな。今回は巻き込んで悪かった。試験のヤマくらいならいつでもはるから遠慮なく言ってくれ」
「別にいいよ。俺、これでも割と自分に自信あるから。勉強も舞台美術も人を見る目もな。それに、既に結構いい思いさせて貰ってるし」
「うまいもん食えたし?」
「ばか、そーゆーんじゃねぇよ。って、真面目に応えてる俺の方がばかか。まあ、いいや。そっちもうまくやれよ」
「大丈夫、俺って有能だから」
「……確かにな。だけど、普通、そういうことって自分では言わないもんだぜ」
「たまに自分で自分に言い聞かせとかないと忘れそうになるんだよ。ああ、気の毒な俺。蔵本、遠慮無く俺に同情してくれていいぞ」
「遠慮しとく。人に同情するのは俺の趣味じゃない」
「確かに、それには俺も同感だよ。さて、長話は無用だ。じゃ、幸運を祈る」
 智史が蔵本と話し終えるのを、4階のトイレの入り口で待っていた弘樹は、ルームメイトの言葉に、既に充分長話だろうがという感想を抱いた。
 特別教室ばかりが並ぶ和泉澤の4階トイレは、極端に使用される頻度が低い。
 なぜなら、授業もないのに、わざわざ階段を上って4Fのトイレにくる物好きなどそうそう居やしないからだ。
 そんなトイレは愛煙家の巣窟になりそうなものだが、洗面所部分に設置されている監視カメラ(実は張りぼて)の存在が、彼らを寄せ付けなかった。
 だが、監視カメラが張りぼてであることを知っているごく少数(生徒会三役クラス)の人間にとって、そこは恰好の密談の場となる。
 更に、生徒全員がこぞって1階の学食やら購買やらに殺到し、昼休み最初の30分はより無人度合いが高い。
 智史と蔵本が4Fトイレで、情報交換をしていたのは丁度そんな時間帯だ。
 とはいえ、今や全校生徒にその動向を注目されていると言っても過言ではない蔵本と密談するにあたり、まさかの追跡者の存在を考慮して、弘樹が見張り番として入口に残った。
 中で行われているのが喫煙にしろ密談にしろ、見張り番というのは、どうにもパシリ感が漂い、あまりいい気分ではないが、まあ仕方あるまい。
 そんな心境の弘樹にとって、僅か3分足らずとはいえ、無駄な内容の多い(特に後半)彼らの会話が長く感じてしまうのは、それこそ仕方の無いことだ。
 トイレから出てきた智史に、思ったままの嫌味をくれてやると、弘樹はさっさと先に立って歩き出した。
 この昼休みにやらなくてはならないことは、蔵本のとの密談だけではなかったからだ。
 そんな弘樹の背中を、お前だけが急いだって俺が行かなきゃ始まらないだろうがと呟きながら、智史は小走りで追いかけ、いつもの位置──彼の隣──につく。
 台詞の内容はともかく、その姿が、なんだかちょっと恋する小娘風な智史であった。

☆   ☆   ☆

「よう高田。小遣い稼ぎは順調か?」
 4Fトイレの次に、智史と弘樹が出没したのは、1階の端っこにある印刷室だった。
 放送局が放送室、図書局が図書室に詰めているのと同様に、和泉澤の新聞局は印刷室に詰めている。
 デジタルデータをレーザプリンタで出力する方式を取っている、ここの印刷室の管理が彼らの仕事として与えられていたからだ。
 彼らはその代価として、自由にここにある機材を使用することができる。
 何故こんな形が取られているか、理由は簡単。
 新しい物に対する順応性が高い生徒に比べ、教員の中には肝心のデジタルデータ自体が作成できない者が多く存在する為だ。
 そんな和泉澤の中間・期末考査の答案は全て外注で作られる。
 閑話休題。
 飯を食う時間も惜しくて、カロリーメイトを口にくわえながらパワーマックG4にかじりついていた高田は、突然の乱入者に驚き、お約束といわんばかりにそのもそもそとした食感のバランス栄養食を喉に詰まらせた。
 誰も覚えちゃいないだろうが、彼は1年の3学期に弘樹と智史のキスシーンを目撃させられ、全校中に噂を広めた広報車三人組の内の一人である。
 そんな彼は、現在新聞局の局長であり、見た目がちょっと相田ケンスケに似ている人物だ。誰だか解らない人は気にしなくてよろしい。
「ゴホッ、ゴホッ。なっ、なんだよ、お前ら」
「お前の元クラスメートだ」
 そんな高田にポケットから紙パック入りのりんごジュースを出して差し出すと、弘樹は大抵の人間がそんな答えは聞きたくないと思うだろう返答をしてみせた。
「…………。相変わらずのはぐらかしっぷりだな伊達。生憎とこっちはそんな会話を楽しんでる程暇じゃないんだ。用件があるなら早く言え」
 差し出されたジュースを素直に受け取り、喉に詰まったカロリーメイトを流し込むと、高田は彼らに向かって吐き捨てた。
 それを受け止めたのは、弘樹ではなく智史だ。
「そりゃあ良かった。俺らもそれ程暇じゃないんだ。単刀直入に言わせてもらう。お前が今書いている号外の記事、差し止めて貰おうか」
 智史の言葉に高田はふんと鼻を鳴らしてみせた。
「お断りだ。こんな面白いネタ書かないで居られる程、俺はのんきな新聞局長じゃないんだよ」
 言うと、高田は話は終わりだと言わんばかりに、マックのモニターに向き直り、カタカタとキーボードを叩き始めた。
 だが、智史にしたって、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。
 高田の作業を強制的に中断させるべく、実力行使に出た。
 その実力行使が、マックの電源をコンセントから引っこ抜くことではなく、高田が使っているアプリケーションを使用するのに絶対必要なハードウェアキーをUSB端子から抜くというところが、智史の可愛くないところだ。
「神岡、何しやがったっ!」
 突然アプリケーションにフリーズされ、驚いたのは高田だ。
 アプリケーション自体は使い慣れているものの、それを最初に設定したのは高田ではない。咄嗟何が起きたのか彼は理解できないのも当然だ。
「新聞局長なら、自分の使ってるアプリがどういうもんかくらい知っとけよ」
 抜き取ったハードウェアキーを指で挟んで振って見せると、智史は余裕の笑みを浮かべた。
 よくは解らないが、とにかくそれを取り戻そうと智史に掴みかかった高田の腕を弘樹が掴み、そのまま彼の身体を拘束する。
「お前ら、後でどうなるか覚悟してろよ」
 ゆうに20センチは身長の違う弘樹に後ろから羽交い締めにされ、宙に浮いた足をバタつかせながらも、高田は彼らに向かって脅しをかけてくる。
 そんな高田に智史は再び感じ悪く微笑んで見せた。
「お前こそ、そんな記事書いて、後でどうなるか覚悟してるのか」
「余計なお世話だっ」
「なら、質問を変えよう。お前、半年前──いや、3ヶ月前に、同じ記事書けたか? いや、返事はしなくていいよ。俺が代わりに断言してやる。書けなかったよな。風折さんに関するゴシップ色の強い記事なんて。なぜなら彼が生徒会長だからだ。そうだろ」
「だからなんだよっ」
「まあ、気持ちは解るよ。この学園において生徒会長を敵に回すほど恐ろしいことはないからな。だけど、任期が切れりゃ彼の権力が弱まると思うのは、ちょっと考えが甘いんじゃねーの」
「……どういう意味だ?」
「彼を今までの生徒会長と一緒にするなってことだ。相手は風折迅樹だぜ、お前程度の小物が楯突いていい人じゃない」
「確かに俺は大物じゃないけどな。少なくても風折先輩に言われるがままに、こんなことしてるお前らにそんなこと言われる筋合いねーよ。風折先輩だって書かれたくないなら、自分で来るのが筋ってもんじゃないのかよっ」
「ばーか、風折さんはお前に何を書かれようが痛くも痒くもないよ。俺たちがしてるのはお前に対する忠告だ」
「それこそ余計なお世話だよ」
 先程からつり上げられっぱなしの状態で、まだ強気な口調で話せる高田と、彼をつり上げて続けている弘樹の腕力、どちらも大したもんだ。
 高田のことはどうでもいいが、弘樹に後から腕が痛いとかなんとか文句を言われることを避けたい智史は、暇じゃない割には長々と続けていた高田との会話を切り上げにかかった。
「OK、解った。お前が今書いている記事を差し止めて貰う代わりにとっておきのネタをやろう」
「どんなネタ貰ったって、俺はこの記事書くのをやめないぞ」
「さて、それはどうかな」
 智史はここで言葉を切ると、今まで薄く浮かべ続けていた笑みを、その顔からぬぐい去った。
「来期の生徒会長は俺だ。それでも、その記事書けるってんなら書いてみろ。行くぞ、弘樹」
 言い終えると、智史は手に持っていたハードウェアキーを高田の制服の胸ポケットに落とし、踵を返した。
 そう、風折ほど手慣れてはいないが、智史だって時と場合によっては脅迫のひとつやふたつできるのである。

☆   ☆   ☆

「まったく、君のやり方と来たら、蚊を1匹叩き潰すのにバズーカ砲打つようなもんだよ。もうちょっと、少ない労力で効果的な結果を得る方法を考え出せなかった訳?」
 例によって他人に部屋に我が物顔で上がり込み、その部屋の住人に偉そうに説教しているのは風折だ。
 そんな風折に対し、智史がこっそりとため息をついているのもいつもの様子である。
 それはもう、あまり毎度のこと過ぎて、筆者にしても一々書くのが億劫な程である。
 それは智史や弘樹にしたって同じ事だろうが、億劫だからといって口を噤んでいたら、いつまで経っても風折は帰ってくれやしないのである。
 智史は渋々口を開いた。
「大は小を兼ねるかと思いまして」
「ばか言わないでよ。服にしろ、裏工作にしろ、ジャストサイズが一番スマートに見えるのは常識でしょ。仮にも僕の後を引き継ぐんだから、その辺しっかりやってよね。解ってるの? 僕の指導者としての評価にも関わってくるんだよ」
「努力します」
 そんなことを指導された覚えはさっぱりないが、ここで反論すると風折の話が長くなることは判りきっているので、智史は短く返答した。
「また、適当な返事して。まあいい。今回の件に関しては取りあえず、あくまでも取りあえずだよ、合格点をあげよう」
 風折の言葉に今までうつむき気味だった智史と弘樹の顔が上がる。
「じゃあ……」
 途中で消えた智史の言葉に頷いて、風折は続けた。
「そうだね、今回の件は合同演劇発表会の脚本を変更するだけで許してあげる」
「なっ……、なんでですっ! 風折さんも事態に改善が見られたことは認めてくれたじゃないですかっ!」
 これを荒げる智史に向かって、風折はにこやかに微笑んで見せた。
「それがどうしたの。確かに僕は事態に改善が見られない場合考えがあるよとは言ったけど、改善されたら何も考えないとは言ってないよ」
 その言葉に、智史は急速に意識が遠のくを感じた。
 何かに呼ばれるままに意識を手放した智史が、この出来事が夢オチではなかったことを弘樹から聞かされるのは、翌朝目覚めてから30分後のこととなる。
 風折迅樹──本当に容赦のない男である。

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