DESTINY3 (15)



「まいったな……」
 放課後。
 人気のない生徒会長室で、その部屋の管理責任者──つまり和泉澤学園高等部の生徒会長様──はぐったりと椅子に沈み込んだ。
 このドアの向こうの生徒会室に置かれているのは、単なるパイプ椅子だが、この部屋の椅子はふんだんにクッションがきかされていて文字通り沈み込める。
 そのまま目を閉じ、右手の親指と中指で左右のこめかみを強く押さえると、彼はため息をついた。
 多分というか、確実に原因が自分にあるのはわかっている。
 だが、この出来事は、海外のファーストフード店でオレンジジュースを頼んだら何故かオニオンリングが出てきたというのと同じぐらいに予想外の展開だ。
 はぁ〜っ、何でこうなるわけ??? と思ってしまう点で。
 つまり、自分の発音が悪かったことは想像が付くが、かといって、それを想像できなかった自分が悪いとはどうしても思えない、そんな感じだ。
 ──大体、そんなキャラクターと違うだろ。
 そう、そうなのだ。
 普段からちょっとしたことで飯が喉を通らなくなったり、眠れなくなったり、言葉数が少なくなったりといった繊細さを見せていたならばいざ知らず、今までああいえばこういうのが大得意だった人間がいきなりそんな状態になるのは、子供や動物のつぶらな視線攻撃なみに反則だと思う。
 良心が痛む──
 生まれて初めて、この言葉の意味が本当に解った気がして、夕日に背中を照らされながら大きなため息をついているのは、和泉澤学園高等部第63期生徒会長──神岡智史であった。

☆   ☆   ☆

 最初は本当に現実を受け入れる為の方法だった。
 心を閉ざしてしまえば、何も感じなくてすむ。
 素直にはいと返事をしておけば、何度聞いても納得できない変な理屈をもう聞かずに済む。
 だが、それを数回繰り返す内に智史は気付いた。
 その反応が、相手に何とも言えない罪悪感を与えるらしいことに。
 そして思う。
 これは使える──と。
 だが、智史は賢い子供だった。
 少なくとも、切り札になりうる武器は乱用せずに温存しておける程度には。
 更に、本当に使える切り札ほど、もったいなくてなかなか使えなくなるものなのだ。
 結果、智史は今の今までこの切り札を使えずにいた。
 そりゃあ、風折に無理難題を押しつけられるたびに、何度かこのカードを切ってやろうかと思ったことはある。
 しかし、結局はもったいない根性の方が勝ってしまい、その切り札を使えぬまま現在に至っていた。
 そして、今回。
 本人もつぶやいていたように、風折はちょっとばかりやりすぎた。
 自棄になった智史が、無駄になるかもしれないことを百も承知で、そのカードを切る程に。
 とはいえ、自棄になっていても、それが最大限の効果を発揮するよう画策するあたりが、良くも悪くも知恵の働く智史らしいところだ。
 そういう訳で、敵を騙すにはまず味方からってな具合に、智史は弘樹にも秘密で作戦を実行した。
 普段は恥ずかしくて言えない言葉や行動も、作戦だと思えば結構簡単に出来たりして。その行動にイチイチうろたえる弘樹の姿が、また普段と違って可愛かったりして。
 でも、うろたえている割に、手だけはしっかりとだすんだよなぁ〜。
 だなんて、のんきに考えられていたのは、その夜だけ。
 翌朝、弘樹が一睡もできていないことが丸解りな顔で、重そうに頭を振って寝室から出てきたからだ。
 いくら自分のことを心配してくれているのが解っても、弘樹にそんな思いをさせているのがすごく心苦しくても、風折の目を誤魔化すために智史は彼に本当のことを言う訳にはいかなかった。
 結局は、自分を問いただそうとする弘樹の口を塞ぐためと、心配させてごめんという気持ちを込めて、智史は彼にキスを贈り続けた。
 その不自然な行動が、弘樹を追いつめることを知りつつも。
 だが、ここでやめてしまっては、今まで弘樹を苦しませたことが全くの無駄になるのだ。
 お前を苦しめるだけの結果は出してみせるから、と心の中で弘樹に手を合わせ、智史は作戦を遂行し続けた。
 取りあえず、1時間半にも及ぶ舞台の台本を暗唱することで、風折を筆頭に合同演劇発表会関係者の度肝を抜いてやったら、弘樹には真相を話そうと決心していた智史なのだが、その予定は不測の事態によって変更を余儀なくされた。
 打ち合わせを終え和泉澤の校門をくぐった途端に、それまでの寝不足がたたり、弘樹が倒れてしまったからだ。
 弘樹の真後ろを歩いていた智史が咄嗟に身体を支えたので頭を打っていないのは確実だし、目の下のくまを見れば弘樹が倒れた原因など一目瞭然な筈なのだ。だが、駆けつけた養護教諭の門倉は、弘樹の頭を膝に乗せて懸命に彼の名を呼ぶ智史の姿を横目で見ると、あろうことか大学部の病院に彼を検査入院させたやがったのだ。
 ご丁寧に、面会まで謝絶してくれて。
 結果的に、今までの行動の本当の意味を知られることなく、弘樹が倒れたショックで元に戻ったと風折が思ってくれたのはありがたい。
 この作戦は、風折に不信感を抱かせずに、自分がどうやって元の状態に戻るかが最大の難関だっただけに。
 しかし、しかしだ。
 弘樹より先に風折に安堵を与えてしまうことになったのは、確実に予定外だし、大いに不満だ。
 毎日大学部の病院に出向いては、そこの看護士と、「入れろ」「面会謝絶です」といった押し問答を繰り返し、弘樹が倒れてから3日目の現在に至る。
 あげくに、その間に月が変わってしまった。
 和泉澤生徒会は10日1日から9月30日までを任期とする。
 実際に新生徒会が機能するのは、新生徒会長が前生徒会長からの引継を終え、役員を指名してからの10月半ばくらいからなのだが、書類上、智史は既に生徒会長なのである。
 にも関わらず、今の智史がどんな状況におかれているかというと、引継を完全に終えるまでは風折のIDカードでしか開閉出来ない生徒会長室に軟禁され、持ち出し厳禁の資料に片っ端から目を通せと言い渡されているところなのである。
「はぁ〜〜〜〜」
 罪悪感は募るわ、当の弘樹には会えないわ、あげく果てにこんなことろに軟禁されているわで、智史は本日47回目の大きなため息をついた。

☆   ☆   ☆

「まったく、鬱陶しいね。ドラクエ4のAIみたく(どうやら、自分の思い通りに動かないからイライラするという意味らしい)なったかと思えば、口から魂が出ていきそうな勢いでため息ばっかりついて。その分じゃ、資料読むのもちっとも進んでないんでしょ」
 いつものように突然現れた風折に、今更驚く理由も、くってかかる気力もない智史は、僅かに視線を上げて彼の顔を確認すると、事実を告げた。
「いえ、読んではいるんですけどね。頭に蓄積されているかどうかは自信がありません。はぁ〜」
 そんな智史を見て、いよいよ鬱陶しいと言わんばかりに嫌な表情を浮かべると、風折は踵を返して会長室のドアへと向かった。
 智史自身でさえ、今の自分は鬱陶しい奴だろうなぁと感じるぐらいだから、他人──ましてや風折がそう思うのは当然だ。
 いっそ、いつものように、あきれ果てたよ僕はと吐き捨ててくれれば良いとさえ思う。
 あきれ果ててもらえば、それ以上呆れられることはない。
 そして、本日49回目のため息をつきかけた智史は、それを途中で飲み込んだ。
 何故って、ため息をつくのと、息を飲むという行動は同時には出来ないからだ。
 出てゆくのかと思った風折が、そうはせずに、会長室に引き入れた人物、それは、この3日間逢いたくて逢いたくて、夢にまで見た弘樹だったからだ。
 机の上に積み上げられた資料が崩れ落ちるのにも構わず、乱暴に机の上に手を付き、智史は急いで立ち上がる。
 そのまま弘樹の元に掛けより、その存在を確かめるかのように彼の両手を握りしめて。
 間違いなく弘樹が自分の目の前にいることを実感した智史は、嬉しさのあまり涙目になりながら、彼の名を呼ぶ。
「弘樹……」
「ただいま、智史。心配かけて悪かったな」
 弘樹の言葉に、今までなんとか持ちこたえていた涙が、智史の両目から流れ落ちる。
 謝るのは弘樹じゃない、あんなやり方で風折に仕返しをしようとした、根性悪の自分の方だ。
「弘樹……ごめん。俺…本当…ごめんな」
 とにもかくにも、まずは謝らなくてはと発した声は、嗚咽が混じりまともな言葉になってはくれない。
 そんな智史に、綺麗に笑って見せると弘樹は告げた。
「何を謝ることがある。わたしが倒れたことで、お前が元に戻ってくれたのなら、倒れがいがあったというもんだ」
 他人が耳にしたならば、けっ、聞いてらんねーよと思うこと確実な、弘樹の気障な台詞。当然それを聞いていた風折もそう思ったし、実際に小さく「けっ」と呟いた。
 だが、その辺の道ばたや駅に生息するバカップル同様に、当の本人達は大まじめなのだ。
「弘樹……」
「智史っ」
 その証拠に、感極まった様子で見つめ合っていたかと思うと、ふたりは互いの名を呼び抱き合った。
「じゃあ、智史。弘樹はここに置いていくから今度こそ真面目に資料読んでよね。6時半に迎えに来る。たっぷり時間があるからって、神聖な生徒会長室であんまりおかしなことやらかさないでよっ、じゃあねっ」
 自分がこの場にいるということを、すっかり忘れている様子のカップルに、時間と場所と嫌味をくれてやると、風折はバタンと音を立ててドアを閉め、会長室を後にした。
 どうやら、これが風折なりの智史に対する詫びらしいと彼らが気付いたのは、弘樹が倒れた理由を誤解しているらしい養護教諭の門倉を説得するのに、風折が骨を折ってくれたと知った後日のこと。
 取りあえず邪魔者もいなくなったことだし、多少ならばおかしなことをしても良いというお許しも出ていることだしと、彼らはその密室で情熱的な口づけを交わした。
 そして、弘樹にあんな気障な台詞を言われてしまった智史としては、今更本当のことなどとても白状できる筈もなく、この件の真相は彼一人の胸にしまい込まれることとなる。
 まあ、なにはともあれ一件落着である。
 結局、この作戦で一番得をしたのは誰なのかだなんてことを、気にしさえしなければ──

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