DESTINY3 (16)



「畜生っ! やっぱり、単なる嫌がらせなんじゃんかよっ!」
 代々生徒会長に受け継がれているという極秘ファイルを一見して、先日新たに生徒会長に就任した智史は 隣にいる弘樹に向かってそのファイルを放り投げた。
 そのファイルが保管されていた金庫は、生徒会長の指紋と声紋を認識してロックの開閉が行われる。そののデータは生徒会長室開閉IDと共に、本日午後をもって、前生徒会長風折から現会長の智史に書き換えられたところだ。
 『じゃ、後よろしくね〜ん(にっこり)』
 と、それを最終引継と呼ぶにはあんまりな引継をしたあげくに、ひらひらと手を振って生徒会長室を後にした風折は、現在生徒会の今後の行く末なんかより、自分の想い人に関わる裏工作の方がよっぽど大切なのであろう。
 所詮、智史が一芝居うってみたところで、締まるのは自分の首だけ、とばっちりをくうのは弘樹だけ、風折はなめときゃ治るかすり傷しか負わずに、代わり映えのしない日常だけが戻ってくるだけなのである。
 そして、弘樹が常に隣にいるという状態が、既に自分とって日常になってしまっていたことを思い知ったというのが、この一件で智史が得た唯一の収穫だ。
 だからもう、余計なことを考えるのはよそうと智史は思う。
 その時が来るまでは──
 そう、取りあえず今は目の前の問題を片付けることが先決なのだ。
 でもその前に、と、風折に『階段から落ちてしまえ』という念を送っている智史は、(気持ちは解るが)ある意味学習能力のない男だ。
「どういうことだ?」
 そんな智史を、飛んできたファイルをパラパラと捲りながら横目で眺めていた弘樹が口を開く。
 無駄なことはよせと言うよりも、智史の興味を別の方向に向けた方が話が早いことを知っていたからだ。
 そんな弘樹の将来の夢は、いつか立派なに智史マスター(結構本気)になることだ。
 閑話休題。
 それに、智史が解っていることは、絶対に自分で考えないというのが、弘樹の主義なのだ。
 なぜって、その方が楽だからに決まっている。
 まあ、それをいうなら智史も同じことで、弘樹の変なデータベース──隣の女子校の全校生徒の顔と名前だとか──を自分で把握する気なんて全くないのだからお互い様といえるだろう。
 ってな訳で、弘樹の問いかけで我に返った智史は、彼からファイルを取り返し、とあるページを示して見せた。
「利益余剰金のところ見て見ろよ。今後10年位、生徒会長に就任した奴が1円も稼げなくても、充分経営が成り立つだけの余裕がある」
「それだけ、歴代の生徒会長が優秀だったってことか」
「違う。風折迅樹がとてつもなくすごい人だったってことだ。風折さんが生徒会長になる前は大抵がトントン。悪けりゃ千万単位の赤字が出てる」
「それで、どうして学校が潰れないんだ」
「しっかりしろよ。和菓子屋の跡取り息子。ウチの学校の生徒会長になる様な奴の親だったら、意地でも自分の息子の代で学校を潰させる訳ないだろうが」
「ってことは、お前がコケたら学校は潰れるってことか?」
「それはないな。これだけ資金が充実している状態で、俺が会長なんだぜ。余剰金が倍になっても減ることなんてあってたまるか」
「だから、どうして、それが嫌がらせになるんだと聞いている」
「弘樹、お前、俺のことなめてんのか? こんな状態なら、別に会長は俺じゃなくてもいいの。もしかすると、下手に野心のある奴よりも、名前だけの幽霊会長を置いといた方が損失は少ないかもってなくらいに。そこにわざわざ俺を指名するあたり、嫌がらせ以外の何ものでもないだろうが」
「……確かに。普通なら後輩に楽をさせてやろうという先輩の配慮だと思いたいところだが、あの風折さんのやることだからな」
「そう、しかも、くやしいことに俺の性格をばっちり見抜いてやがる」
「それはつまり、作家と学生の二足わらじでとても忙しい中、嫌がらせ好きの先輩に無理矢理生徒会長を押しつけられて、更に策を講じたせいでドツボにはまった舞台にも出演しなくちゃならないこの状況で、しかも金が余っているにも関わらず、名前だけの生徒会長に甘んじる気はないと言っているのか」
 楽できるなら、素直にしておけばいいものをとでも言いたげな表情で、弘樹は智史に向かって確認をとる。
 そんな弘樹を見て、ああ、自分でも損な性格してるのは解っているさと心の中で呟いて、智史は誰かさんとは違って、目の前の人物だけを陥落できるウィンクを飛ばしながら艶やかに笑って見せた。
「そーゆーこと。頼むぜ相棒」
 その言葉を受け、弘樹も挑戦的な笑顔を浮かべる。
「ばか言え。頼まれなくてもわたしはお前の相棒だ」

☆   ☆   ☆

 和泉澤学園高等部生徒会──
 その実体は、学園の生徒であってもその実体の全てを把握してはいない、ある意味謎の組織だ。
 理事長兼学長が独断で任命する生徒会長と、その生徒会長が指名する生徒会役員。
 その選考基準はまったくもって不明である。
 だが、その基準の中に口が堅いという条件が含まれているということだけは、その実体が一般生徒に全く把握されていないことで知れる。
 そんな風に完全指名制かと思えば、和泉澤には別口にきちんと選挙があったりする。
 正式名称は生徒会役員選挙なのにも関わらず、生徒の間では補佐選挙と呼ばれるそれは、各生徒会役員の補佐を選出する為に行われる。
 この補佐グループに限っていえば、別段謎めいてはいない。なぜなら、普通の学校における生徒会役員そのものの仕事をこなすからだ。
 それでは、補佐の付かない生徒会役員は何をしているのか。
 それが、一般生徒には謎なのである。
 斯くして、正グループは頭脳班で補佐グループは実行班だというもっともらしい噂の他に、正グループは教員の査定しているだとか、中等部の入学試験を作っているだとか、あげくに何故か徳川の埋蔵金を捜すためにあるだとか訳の判らない噂が囁かれ続けることになるのだが、その実体は和泉澤高等部の経営陣である。
 とはいえ、経営に直接関わっている──というか金を稼いでいる──のは生徒会長のみで、その他の役員はいわゆる諜報活動を、その主な仕事とする。
 情報を制すものは全てを制す。
 それが和泉澤生徒会に代々受け継がれるスローガンだ。
 だからこそ、和泉澤には書記が3人存在するのだ。
 1人は、議事録作成など通常の仕事をするために。
 1人は、生徒会役員が収拾してきた情報を整理するために。
 そして、もう1人は生徒の個人情報をすぐさま引き出せるようデータ化するために。
 この3人の書記は、便宜上記述した順から、第1書記、第2書記、第3書記と呼ばれる。
 何故、こんな呼ばれ方をするようになったのかは、想像に難くない。
 書記と秘書──微妙に語感が似ているこの2つ。
 誰かが何気なく言ったものが、そのまま定着した。その他に理由などありそうにはない。
 この中で一番大変なのは、教員・生徒の隔てなく、高等部に属する者全ての人間関係をある程度把握しておかなければならない第2書記。逆に一番楽なのは、指だけを動かしていれば仕事が終わる第3書記。
 そして、智史が入学してから1年半の間務めていたのは、そのどちらでもない第1書記だ。
 普通の人間には結構どうでもいい部分に無駄にこだわり、徹底的に見やすいレイアウトと、行頭行末禁則にこだわる智史の作る書類は、はっきりいって美しい。
 更に、美しい上に、仕事も早い。
 そんな智史の欠点は、自分と同じことができない人間にどうしてもイラついてしまう、デキる人間特有の短気さだ。
 その短気さゆえに、智史は第1書記という立場でありながら、第2書記の仕事の内容をも把握していたりする。
 第2書記の効率の悪い仕事ぶりに、ついつい口を挟んでしまうからだ。
 結果、1人2役をこなせる上に1を聞いて10を知る智史は、風折にとって大変便利な存在となり、公私を問わずやたらと使われ、あげくにやりたくもない生徒会長に就任してしまっている、現在の状況が出来上がったという訳だ。
 つまり、本人は気付いていないようだが、有能な人間を好む風折に望んでもいない好かれ方をしているのは、全部智史の自業自得なのである。
 まあ、これを自業自得というのは、あまりにも智史にとって気の毒だという気もするが──
 だから、筆者はここで私情をはさむ。
 頑張れ、智史!

☆   ☆   ☆

「そうと決まれば話は早い。副会長にはお前じゃなくて、蔵本を指名する」
 ──ふっ、決まったぜ。
 と思っている訳ではないのだろうが、『頼まれなくてもわたしはお前の相棒だ』だなんて、ちょっと格好いい弘樹の台詞を受けて、智史が寄こした返答は予想外のものだった。
「智史……話の流れが全く見えない。まさかと思うが、お前が頑張るために見守っているのがわたしの役目なのか? だとしたら……」
 そんな立場に甘んじる気はない、とでも続けられたであろう弘樹の言葉を智史は途中で遮った。
「そんな訳あるかい。お前を副会長だなんて楽なポジションにおいておきたくないだけだ」
「楽? ──なのか、副会長って」
 弘樹は首を傾げた。
 智史と違って弘樹は生徒会内部のことには詳しくないが、思い起こせば行事の時などに、20分に1回は放送で呼び出される会長に比べ、副会長の名を耳にすることは殆ど無い。
 一応、役員だから顔と名前だけは知っているものの、言われてみれば、彼が何をしていたのか大いに謎だ。
 なんとなく──あくまでも、なんとなくだが、もしかして、風折が智史にさせていることこそ、本来副会長が担うべき仕事なのではないだろうか。
「まあ、楽ってことはないだろうが……特に精神的には……。いや、とにかく会長が健在である限り、副会長が担当する仕事は一番少ない。つーか、基本的には会長の相談役だな。大抵の場合は一般生徒から距離を置かざるを得ない生徒会長の精神安定剤代わりに会長会長と一番親しい人間が就任するもんらしい。だから、副会長に限って言えば1年生が就任することも、そう珍しいことじゃないみたいだぜ。だから、風折さんも副会長のポストをお前の為に空けといてくれだんだろうが」
「……一番親しい、ね。だから、この部屋にはソファベッドがあるって訳か」
 弘樹の発言に、智史はあからさまに嫌な顔をしてみせた。
 事実は弘樹のいう通りだろうが、世の中には敢えて口にはしなくていい事柄というものが存在するからだ。
「そういう納得の仕方すんなよ。あれは、あくまでも多忙な生徒会長様が仮眠を取るために存在するものだ。風折さんの言葉を借りるなら神聖な生徒会長室で、不穏な発言は慎んで欲しいね」
「それは失礼した。時に智史、建前ってなんだろうな」
 ちっとも失礼しただなんて思っているとは思えない弘樹の発言に、智史はその挑戦を受けて立った。
 相手が恋人といえども、智史は負けず嫌いなのである。
「建築で、土台・棟・梁(はり)など、主要部材を組み立てること。また、その祝いの行事のことだ。棟上げとも言う。それが何か?」
「何か? って、誰がそんな国語辞典みたいなことをベラベラと話せと言った。建前はともかくとして、副会長がそんな立場の人間なら、どうして蔵本を指名するのか聞かせろと言っているんだ」
 場合によっては容赦しないと言わんばかりの、視線で弘樹に睨まれ、うまくあげあしを取ってやったと思っていた智史は慌てて両手を振った。
 ここに来て、自分の説明不足に気付いたからだ。
 世の中には、敢えて口にしなくてもいい事柄があるように、いくら恥ずかしくてもはっきりさせておかなくてはならないこともある。
「待て、そんな目で睨むなよ。まず、これだけは言っておく。一度しか言わないからよく聞いとけよ……」
 良く聞けよとは言ったものの、弘樹と違い、とてもじゃないが相手の目を見て恥ずかしい台詞を言える根性を持ち合わせない智史はそっぽを向いた。
「……まあ、俺としてもこの間の一件で、お前がどれだけ俺のことを好きでいてくれてるか、そんでもって、俺も自分がどれほどお前のことが好きだったかってのを思い知った訳。言っとくけど、解ったんじゃないからな、思い知ったんだ。だったら何も、お前を実力を発揮できなポストに置いておくことはない」
 智史の言葉に弘樹は、片眉を上げた。
「ビデオにとっておけなかったのが残念なくらいな、熱烈な愛の告白ありがとう。その言葉、一生胸に刻み込んでおくさ。それで、わたしは何をすればいい? そして、何故蔵本なんだ?」
 弘樹の質問に智史は頷き、背けていた視線を彼の顔に戻した。
「まず、2番目の質問に答える。風折さん対策だ。他のポストは風折さんの息のかかった人間で埋められてる。つまり、有能だろうが気を抜けない相手ばかりってことだ。その点、蔵本は付き合いやすい。躊躇せずにチャンスをつかむ決断力と、変に罪悪感を感じずに結果だけを受け止める潔さは仕事のパートナーとして必要なことだ」
「ああ、確かに。大塚の件があるから、こっちの立場が強いしな」
「そう、それも大きなポイントだな」
「しかし、それで風折さんに対抗できるとも思わないがな」
「誰が風折さんに対抗するだなんて言ったよ」
「だって、風折さん対策なんだろう」
「対策の意味が違う。最近、風折さん、微妙にご機嫌斜めだろうが」
「そうか?」
「そうだよ。そういうところ、やっぱお前って俺より風折さんの被害受けてないんだよなぁ〜」
「まあ、わたしは基本的にお前のとばっちりをくってるだけだからな。で、機嫌の悪い理由は?」
「だから、そこに蔵本が絡んでくるんだよ。あの何に付けても不器用な大塚が相手なんだぜ。あいつら、合同演劇発表会の練習で霞ヶ丘に行った時でさえ、こっちがハラハラするぐらいベタベタしてるじゃないかよ」
「ああ、まあ、アレはどうかと思うがな。で、それのどこが風折さんの機嫌を悪くすると? まさが、自分が好きだったくせに簡単に心変わりした大塚に怒っているのか?」
「……すっげー新しい発想だよそれ。あの風折さんがそんなこと思うと思うところが。今度小説のネタに貰うわ。って、そうじゃなくて、あの人は自分の恋にちっとも進展がないから、簡単にまとまる他人の恋路が面白くないの」
「ってことは、蔵本を副会長にするのは、ふたりに対する嫌がらせなのか?」
「いや、大塚だけに対する嫌がらせ。蔵本にとってはメリットの方が確実に多い。和泉澤の正生徒会の肩書きは将来的に何をするにも有利になる。だからこそ、風折さんは割とどうでもいい副会長のポストを金で売ってたんだから」
「金で売った?」
「まあ、そういう言い方は語弊があるかも知れないけどな。前の副会長って浜矢楽器のご令息だっただろう。ヤツが副会長に就任した途端、もともと多かったそこからの寄付金が更に倍増してる。これも経営を成り立たせる為のひとつのやり方だよ。いくら風折さんが株で儲けられる人だとしても、寄付金が増えるに越したことはないからな」
 智史の話の内容のものすごさに、弘樹はこめかみを押さえ、目を閉じた。
「……ちょっと眩暈がしてきた。和泉澤生徒会って一体……」
「誤解するな。これは和泉澤生徒会じゃなくて、風折生徒会のやり方だ。そして、同様に神岡生徒会には神岡生徒会のやり方がある。ここからが本題だ。神岡生徒会には確実に伊達弘樹が必要なんだよ」
 その言葉に、弘樹は顔を上げ、智史を見た。
 弘樹の視線が自分の視線を捉えるのを確認し、智史が口を開く。
「弘樹、お前、補佐選挙に出ろ。文字通り、お前には生徒会長補佐になってもらう。落選は許さない」
 そう言い切る智史の姿には、既に生徒会長の貫禄があった。
 そして、落選を許さないという彼の言葉は、自分に対する信頼の証。
 その信頼に応えない訳にはいかない。
 弘樹は力強く断言した。
「まかせておけ」

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