DESTINY3 (17)



「やってくれたね」
「やったもなにも、いくら引退したとはいえ、この状況じゃ、生徒会は風折さんのものじゃないですか。どうせ会長やるなら、自分で動かせる生徒会が欲しいと思いまして」
 和泉澤生徒会役員は毎年10月11日に生徒会長によって指名される。
 なんだか中途半端な日付であるが、これにはそれなりの理由がある。
 面倒なデータの書き換えを伴う生徒会長の最終引継は、以前は10月10日固定されていた祝日──体育の日に行われることが伝統となっていたからだ。
 ハッピーマンデー法案の採用により、この日に最終引継を行う意味はあまりなくなってきていたが、意味が無くなっても、何故か形式だけが残るのが伝統というものの特徴だ。
 ってな訳で、10月11日の今日、6時間目に生徒総会が行われることは年間行事予定表にも印刷されている決定事項だ。
 生徒会長しか決まっていない時点で、生徒総会もなにもあったものではない気もするが、高等部の生徒会々則には『生徒総会は、生徒会長と全校生徒の3/2以上の出席をもって成立する』という条項しかないので、生徒会長さえ決まっていればそれを行うことは可能なのだ。
 というよりも、この時点での生徒総会を成立させるために、この条項が出来たという気がしないでもない。
 余談だが10月11日が休日の場合でも生徒会役員の指名だけは、その日にされる。
 しつこいが、それが伝統だからだ。
 詳しい流れは省くが、とにかくその生徒総会で、智史の他の役員が指名され、それと同時に補佐グループ選挙の告示、立候補者の受付が始まるのだ。
 つまり、生徒会長によって指名された生徒会役員の一番最初の仕事は、補佐グループ選出の為の選挙管理委員会を立ち上げることなのである。
 選挙の公示から全校投票が行われるまではわずか一週間。
 その一週間新役員は地獄を見る。
 通常業務の引継に加え、その選挙違反を徹底的に取り締まらなくてはならなくなるからだ。
 部活の先輩が、後輩に暗に含みを加えるくらいならば放っておくが、腐っても名門でおぼっちゃま含有率が20%を超えるこの学校。
 冗談抜きでしゃれにならない贈収賄が行われることも少なくない。
 正メンバーとは違い、生徒会に所属していたからといって、雑用が増えるだけでそれが将来的に有利にはなると言いかねる補佐グループ。
 それでも、その補佐になりたがる人間が多いのは、学園内の最高権力者といっても過言ではない生徒会長に近づける機会が、一般生徒よりも僅かに増えるから。
 だからして、この補佐選挙、倍率は決して低くはない──というより高い。
 但し、無用な混乱を避ける為に、立候補できるのは1学期の期末考査の時点で学年30番以内の成績をキープしている者に限定される。
 そんな10月11日。
 珍しく風折は自ら智史の部屋に赴くことはせず、彼の方を自室に呼びつけた。
 そしらぬ振りして、二人の会話に逐一チェックをいれている弘樹の耳を気にせずに話したいことがあったからだ。
 仕事はできるが、その他の事には面倒くささが先に立ち、二の足を踏みがちな智史の人生にとって、多少強引なところがあり勘も鈍くはない弘樹は必要な人間だと風折は思っている。
 そう思っているからこそ、智史と弘樹を同室にした訳であるが、時としてそれが不便な場合もある。
 特に、こういう話をする場合においては。
 物書きという仕事をしている割には、智史の思考回路は極めて数学的だ。
 理由(公式)と結果(解答)が自分の中で結びつけられれば、取りあえず感情的なことは置いておいて、その答えに納得する。
 その智史が、納得行かない公式を使って答えを導きださなくなる様子が面白いから、風折は彼への嫌がらせが楽しくて仕方ない。
 それに──先日は多少やりすぎてしまったが──世の中正論ばかりでは渡ってゆけないということを、将来の為にも智史は覚えておいた方がいい。
 いや、それを知っているからこそ、智史は理屈にこだわるのかもしれない。
 それが悪いことだとは言わないけれど、そればかりにこだわるのも決して良いことではない。
 智史をいじめる言い訳としてではなく、風折は結構本気でそんなことを思っている。
 表面上ではそつなく人付き合いをしながらも、決して心を開くことのなかった智史を見ていると、まるで自分の姿を見せつけられているような気がして。
 理屈で感情を押し殺し続ける人生、そんなものは決して楽しくないことを、風折は身をもって知っている。
 だからこそ、いろいろとしがらみのある自分とは違い、少なくとも智史には自由があるということに気付いて欲しい。
 自分の突きつける理不尽な要求に、あんな形ではなく、いつか本気でキレて欲しいと思う。
 風折迅樹のお気に入り──そんな肩書きがなくても、智史は智史。
 学園内の人間を全て敵に回す覚悟を決めて、口先ばかりではなく、本気で彼が楯突いてくれたならば、もしかして自分も──
 1年程前、本気の恋に出逢ってしまった風折は、心秘かに智史が自分の背中を押してくれることを期待していた。
 そんなこんなで、涼とは全く異なる意味で、風折が智史を気にかけているのは確かだ。
 だが、過去も現在も(未来は知らんが、そんなことはまずないだろう)、風折は智史に手を出す気なんぞ更々無い。
 それなのに弘樹ときたら、風折が智史に絡む度にくっつけてやった恩も忘れて何とも感じの悪い視線で自分を睨み付けるのだ。
 まあ、普段はそれはそれで面白いからわざと智史に絡んでいる部分もあるのが、今回ばかりはそんな弘樹を面白がっている場合ではない。
 風折は大きくため息をつくと口を開いた。
「まったく、そんな気なんて全くないくせに。そりゃ、弘樹を生徒会長補佐にしとけば、君が直接面倒見なくても補佐グループは補佐グループで通常生徒会として成り立つよ。でも、君、副会長の本当の役割解ってないでしょ」
 風折の言葉に智史は首を傾げた。
「本当の意味といいますと?」
「基本的に副会長は会長のボディーガードとして存在する」
「はっ?」
「『はっ?』じゃないよ、『はっ?』じゃ。あのねー、生徒会長の権力が絶大なこの学校において、会長のリコールを望む人間がいるってことくらいは想像がつくでしょう。うちの学校の生徒会長は理事長が任命するし、無能ってことは有り得ないから通常のリコールなんてまずない訳だけど、会長自身が辞任を申し出れば話は別だ」
「って、辞任なんて許されるんですか? 辞退は許されないのに?」
「だから、自分を基準におくのはやめな。ウチの学校において生徒会長に指名されて、それを断りたいだなんて思う人間は君くらいしか居やしないの。そして、この指名制度って奴が曲者なんだ。理事長が指名するとはいえ、それを指名するにあたって前の生徒会長の意見が尊重されるってのは、君も知ってのとおりだろ。だからこそ、生徒会長の権力はいよいよ偉大になる。となると、次期生徒会長を狙って会長に取り入る人間が出てくる訳だ。それこそ、金さえ出せば何でも自分の思い通りになると思ってね。言っておくけど、僕が会長に就任したのは金じゃなくて実力だから」
「そんなことは言われなくても解ってますよ。大体、金だけで買えるような生徒会長の椅子なら、和泉澤の生徒会長就任って肩書きが、ここまで企業に評価されることはない訳でしょう」
「まあね。ただ、所詮高校生は高校生だし、高校生じゃなくても、どんなに優秀な人間でも失敗するってこともあるでしょ。事実、歴代の生徒会長が出した赤は、その会長の親が埋めているってのは、会長室の資料読んだら解ったよね」
「ええ、まあ」
「つまり、学園側としてもこの学校を潰したくはないから、生徒会長候補が複数いて、その実力に大差がない場合、資金力のある方を会長に指名するのが暗黙の了解だ」
「暗黙の了解はいいですけど、そこに人間性とかは関わって来ないんですか」
「だから、その人間性も実力の中に入ってるんだってば。人をうまく使うことが出来なきゃ話にならないし。例え、腹の中ではどう思っていようと表向きさえ好人物なら問題ない」
 風折の言葉に智史は大きく頷いた。
 正にそんな人間が、目の前にいたからだ。
「そこで必要以上に納得するんじゃない。君が納得しなきゃならないのは、この先の話なの」
「と、いいますと?」
「先刻も言っただろう。その実力の部分を無視して、金で会長の椅子を買える奴が居ると思ってる奴がいるって。いつの時代、どんな場所にも、自分中心天動説で物事を考える人間ってのは存在する。勝手に次期会長は自分だと思い込んじゃう人間がね」
「思い込むって、何を根拠に?」
「根拠がないから天動説なんじゃないか。そして、大抵の場合そんな人間は会長になれない。更に殆ど例外なく会長になった人間を逆恨みする。現会長を潰したからといって自分が会長になれる保証もないのにね」
「それって……」
「歯に衣かぶせずはっきり言うよ。多分、事件が起きるとしたらこんな感じだ。君を狙っている本人が自分でやるか他人にやらせるかは微妙なところだけど、君をどこかに引っ張り込んで無理矢理レイプする。そして、もちろんその場面は写真に撮られるだろうね」
「その写真をたてに、これを公開されたくなければ会長を辞任しろと脅されるというわけですか」
「公開っていうより、君の場合、弘樹に知られたくなければってな具合に脅されるだろうけどね」
「いや、どういう風に脅されるかはどうでもいいですけど、それ、弘樹を副会長にしたからって回避できることじゃないですよね」
「弘樹を副会長にしなかったら、君が単独行動しなくちゃならない時間が増えるってことでしょ。僕の選んだ生徒会役員に言い聞かせてあるといっても、彼らは常に君と一緒に行動できる訳じゃないし、蔵本なんて傍にいたところで、一緒に襲われるのが関の山だ。その点、弘樹は上背がある上に剣道の有段者でしょ」
「そうだったんですか?」
 智史は声を上げた。弘樹が剣道の有段者だなんて、今の今まで知らなかったからだ。
 意外なところで公開されてしまった、弘樹の秘密その4である。
 時期が前後してるが、その3については番外編にて公開済みなので、そちらを参照して頂きたい。
「弘樹の秘密はどうでもいいの。ったく、君、自分の身は自分で守れる覚悟、出来てるんだろうねっ! 僕は自分の本意じゃないことで、弘樹に睨まれるのはごめんだよ」
 風折は声を荒げた。
 弘樹に睨まれたくないのも事実だが、智史をそんな目に遭わせるのも彼の本意ではないからだ。
 そんな風折に向かって智史は告げた。
「大丈夫ですよ」
「どこが大丈夫なの。1年の時、生徒会室で内田に押し倒されてた奴がっ」
「そこまでくると正当防衛が成立しますから遠慮はしません。実は、段はとってないけど空手が出来るってのはハッタリじゃないんですよ」
 智史の言葉に、風折は目を見開いた。
 珍しいことに、それは彼の知らない情報だったからだ。
 類は友を呼ぶとでもいうのだろうか。
 智史と弘樹、どうやらどちらも隠し球の多い人物のようである──


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