DESTINY3 (18)



「俺、そんなに面白いこと言いましたかね」
 某企業の応接室にて。
 目の前で爆笑し続ける人物を冷ややかな視線で見つめながら智史は言った。
 智史の言葉に、目の前の人物──西村望は10秒も続けていた爆笑(実践してみれば解るだろうが、10秒もぶっ続けで笑い続けるには余程ツボにはまるネタと、ものすごい肺活量を必要とする)をようやく止めて、客人に視線を合わせた。
「いや、悪かった。ただ、自分の価値に自信がある人間は言うことが違うなと思ったら、ものすごく楽しくてね」
「それは、誉められてるんでしょうか。それともばかにされてます?」
「もちろん誉めてるのさ。普通の人間は出世払いでそんな要求出来ないよ」
「まだガキだった俺に、利用できるものはなんでも利用するのが賢いやり方だと、教えてくれたのはあなたでしょう」
「今でもお前はガキだよ。切羽詰まらなきゃ、手札を切らないって点でな。この間の件はともかく、俺にそこまでやらせるってことは、いよいよ手持ちの札が無くなった証拠だろ」
「…………」
 西村の問いに、智史は無言で応えた。
 人間、ズバリ事実を指摘されると、大抵の場合無言になる。
 それには様々な理由があるが、智史の場合は多くを語らなくとも全てを解っている風な西村に、敢えて詳しく事情を語る必要はないと感じたからだ。
 腐っても企業の副社長であり、和泉澤学園高等部第46期生徒会長でもあった西村には、智史のおかれている状況などお見通しなのだろう。
 風折の傍にいたので、ある程度は把握している自信があった和泉澤生徒会。
 その人選にあんな裏があったとは。
 しかしながら、その裏に気付けなかった自分を智史は間抜けだとは思わない。
 自分が見知っていたのは、和泉澤生徒会でも、あの風折率いる生徒会なのだ。
 それが、いくら型破りなものだったとしても、最初からそれしか目にしていなければ、それが普通だと思ってしまうのは当然だ。
 ましてや、智史は外部から入学した人間なのだし。
 それでも、智史は智史なりに、風折という特殊条件を排除した上で、生徒会の仕組みを考えてみてはいたのだ。
 副会長は会長と親しい人間が就任するという噂を、きちんと裏側から見ていたつもりだった。
 ただ、その特殊条件を排除しきれていなかっただけで。
 風折は副会長は会長のボディーガードとして存在すると表現していたが、それは智史を基準にした場合で、人によっては逆の場合もあるのだろう。
 そう、自分の傍に置くことによって、会長が副会長の身を守るという場合。
 だからこそ、第1寮の1階端には、あんな変な部屋が存在するのだ。
 他の役員とは違い、第2寮に入っている者が指名されることが少なくない副会長。
 そして、第2寮に入っている人間が副会長に指名された場合にのみ、その人物は特例として第1寮へ入寮できる──というより強制的に入寮させられる。
 他の部屋に比べれば格段に狭い1ルームの部屋とはいえ個室が与えられる上に、第2寮ではついていた朝夕2食がなくなるので、1階にある食堂で使うことの出来るプリペイドカードが生徒会から月に3万円分支給される。
 考えてみれば尋常ではない優遇のされっぷりだが、生徒会役員の権力が絶大なこの学園ではそんなのもアリかなとと思ってしまうのが、環境というものの恐ろしいところ。
 実際は、副会長が優遇される理由は、守るにしても守られるにしても、副会長が会長の傍に居るにこしたことはないというところにあった訳だ。
 これで涼が学園生であったなら、智史もそれに気付けたのであろうが、誰に守られる必要もなく、学園内に守りたい人間もいない風折がその特権付きの副会長職を金で売ったりするから、こういうことが起きる。
 そうと知っていれば蔵本を巻き込みはしなかったのに、と思ったところで、時既に遅し。
 智史がいくら否定したところで、蔵本を副会長に指名した時点で、あらぬ噂を立てられることは確実だ。
 そして、その噂を会長職を狙っているという人物──十中八九、今回第1寮を追い出される羽目になった浜矢に違いない──が鵜呑みにしたならば……
 本当にそこまでやるだろうかという疑問はまだあるものの、何か起きてから行動したのでは遅すぎる。
 智史が今、この場にいる理由はそれだ。
 一時期、学園内の話題をかっさらいながらも、大塚と蔵本がデキあがったことによって、その存在を忘れ去られた西村望。
 その彼に、再びご出馬頂こうという訳だ。
 蔵本のバックに西村がついていると思わせることができれば、彼を副会長に指名したことに、皆が納得する理由をつけることが出来る。
 そう、前副会長が浜矢であったのと同じ理由が。
 だから、智史は大学を卒業したならば、西村の会社に入社することを条件に、彼に協力を仰いだのである。

☆   ☆   ☆

「…………」
 自分の質問に無言で応える智史を見て、西村は微笑んだ。
 生意気な高校生から1本取れたと思ったからだ。
 不景気風が景気よく吹くこのご時世。
 入社させてくれと頼むならまだしも、入社してやるという態度の高校生に、理由はどうあれ笑わずに居られる会社経営者がいるものか。
 その笑いの理由は、大きく分類して、言った人間を世間知らずとばかにするものと、大した根性だとそれを評価するものの2つ。
 もちろん、西村の笑いの理由は後者によるものだが、彼にしたって高校生ごときに舐められたくはない。
 だから、彼のおかれた事情を察することで、智史を黙らせたのだ。
 更に、もひとつおまけに、智史が認めたがらないであろう事実を告げる。
「ったく、そのカードを自分の為じゃなくて他人の為に切るとはね。やっぱ、お前、自分で思っているよりお人好しだよ」
「別に、そんなんじゃないですよ。結局は自分が罪悪感を覚えるのが嫌なだけですから。俺の場合は何があっても自業自得、まあ、黙ってそれを待っているつもりはないですけどね。でも、蔵本は俺に巻き込まれただけですから」
「罪悪感ねぇ〜」
 智史の言葉を聞き、西村は面白そうに呟いた。
 それでも彼がお人好しなことに変わりはないと思うけれど、智史の言っていることは確かに正しい。
 人が他人の為になにかをしようとする時、それは結局自分の為なのだ。
 智史の言うように、罪悪感を覚えたくないからだとか、そうすることによって相手に好かれたいと思っている時だとか。
 しかし、それを自覚できている人間は、驚くほど少ない。
 だからこそ、自分が相手にしたことによって、思うような結果が得られなかった時に、『ここまでしてあげたのに』という感情を抱くのだ。
 してあげたのに──なんて言いぐさだろう。
 本当に相手のことを思ってした結果ならば、望む結果が得られなかったとしても、こんな言葉は出ないはずだ。
 幾度と無くそんな言葉を投げつけられたことがある西村は、自分の半分しか生きていない高校生が、それを自覚していることに感心した。
 だからこそ、敢えて智史に尋ねてみる。
「その罪悪感ってヤツ。全然関係ないのに巻き込まれる俺に対しては感じないわけ?」
「感じませんね。あなたがこの件に巻き込まれるのは、取引に応じた結果ですから。それに……」
「それに、何?」
 おうおう、言ってくれるじゃないかと思いつつも、西村は消えた智史の言葉の続きを促した。
 ここまではっきり物を言う智史が、口ごもる話の内容に興味があったからだ。
「西村さん、蔵本のこと結構気に入ってたでしょ。聞きましたよ、雰囲気のいいビストロでご馳走してもらったって。そこって、いつだったか西村さんの隠れ家だから他人にバラしたら殺すって俺が脅された例の店ですよね。俺と一緒で自分が思っているよりお人好しな西村さんは、あいつのこと放っておけませんよ」
「あっ」
 と一言発した後、0.5秒おいて西村は再び爆笑した。
 智史の作戦にまんまとはまってしまった自分がおかしくて。
 あそこで智史が口ごもったのは、西村に話の続きを促させるために、彼がわざととった間であったのだ。
 言われて見れば、確かに自分は蔵本を気に入っていたのだと思う。
 性別にかかわらず、単に誰かを真剣に好きな人間は可愛く見えるものだから。
 とはいえ、実のところ西村は蔵本に対し、絶対に見捨てられない程の思い入れはない。
 しかしながら、西村はその事実を智史に告げることはしなかった。
「オッケー。その話乗ったよ。そこまで言われて断ったんじゃ、俺の男がすたるしな」
 その返答を聞き、満足げな笑みを浮かべる智史を見て、西村は意味ありげに微笑んだ。
 そう、智史は知らない。
 自分の懐に自ら飛び込んで来た獲物をわざわざ逃がしてやる程には、西村がお人好しではないことを。
 そして、智史がそれを知るのは、まだ随分と先の、しかも本編とは別の話──

☆   ☆   ☆

「結局、経営者にとって一番大切なことは、余計な口を挟んで技術者を邪魔しないということだということです。残念ながら、それが出来ない経営者が多いことも事実ですが。皆さんが、将来経営者になった時に、私のこの言葉を思い出して頂ければ幸いに思います。ご静聴有難うございました。もし、質問などあれば受付ますのでどうぞ」
 そう言って、西村は壇上から辺りを見回した。
 生徒会長の独断により、突如組まれたこの講演会は、放課後に行われているにも関わらず、和泉澤のほぼ全校生徒を講堂に集めていた。
 卒業生とはいえ、企業の副社長が、しかもこんな急なスケジュールで講演会を行うということが、学園生の興味をひいたからだろう。
 西村の発言を受けて、待ってましたとばかりに手を挙げる生徒が10人ばかり。
 目的が目的なので、講演の内容とは関係のない質問をしそうな生徒を選んで指名した西村だが、腐っても名門校、3人ばかり空ぶって真面目な質問に応えた後に指名した4人目がヒットした。
 恋人はいるんですかという質問をした生徒を窘める為に立ち上がりかけた教員を制して、西村は口を開いた。
「恋人はいませんけど、好きな相手はいますよ」
 言って、西村はわざとらしくならぬよう気を付けて、蔵本へと視線を向けた。
 目聡い者が、その視線の意味に気付き、会場が僅かにざわめき出すのを待って、西村は続ける。
「その人の為ならどんな無茶もできる程に好きな相手が。いい年をした大人が何言ってんだかって笑われるかもしれませんがね。でも、私は感謝してますよ。恥も外聞もなくなる程に好きな相手と出逢えたことを。全ての人間がここまで好きになれる相手と巡り会えているとは思いませんから。ってな感じの答えでいいですか」
 西村に問われ、先程の質問者が再び口を開く。
「でも、その相手に他に好きな相手や恋人がいたらどうするんですか? それでも、その出逢いに感謝できますか?」
「出来ますよ。言いましたよね、誰もがそんな相手に出逢えているとは思えないと。その恋が成就するか否かは関係ないんです。とはいえ、私にその人を諦める気はないですけどね。どんなことをしたって手に入れてみせますよ。そこで皆さんにお願いです、私と同じ相手を好きになるのはやめて下さいね。私も前途有望な高校生を潰しにかかりたくはありませんから。っと、冗談が過ぎましたね。先生方の視線が怖いので今日はこの辺で。また、皆さんにお会いできる機会があれば幸いです」
 ──うまい。
 西村のやり方に、智史は少なからず感嘆していた。
 自分の発言を冗談にして壇上を降りた西村であったが、彼の鋭い視線が、それが冗談などではないことを、学園生に告げていた。
 本気ですからと口にするより、こちらの方が確実に効果がある。
 これだけ釘を指しておけば、誰も蔵本に手出しは出来ない。
 例え、智史を蹴落とし自分が会長になりたい人間でも、蔵本をそのまま副会長としておいておいた方がメリットがあるということくらいは判る筈だ。
 ──やれやれだよ。
 智史は、こっそりと安堵のため息を漏らした。
 ここまで来たら、残る問題は後一つ。
 案外と心配性な弘樹をどうやって安心させるかだ。
 自分が狙われている事実を彼に告げない訳にはいなかない。
 もう、弘樹に隠し事はしない。
 それは、他の誰でもなく、自分が決めたことだから──

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