DESTINY3 (19)
「智史……。お前は又わたしを入院させるつもりか……」 ──なんで、いつもいつもこうなんるだ? 智史の話を聞いて、弘樹は左手の親指と中指でこめかみを押さえた。 今までも薄々感じていたことだが、ここまでくるともう確実だ。 トラブルに巻き込まれるのは、智史の体質。 本人が聞いたなら、そんな体質あってたまるかとくってかかるだろうし、智史的には『どいつもこいつも俺をトラブルに巻き込みやがって』ぐらいに思っているのだろうが、弘樹は断定する。 トラブルを引き寄せているのは智史本人だ。 よく考えてみなくとも、合同演劇発表会の一件しかり、大塚の絶叫告白事件しかり、今回の副会長指名失敗事件しかり。 智史が何かをすると、もれなくトラブルがついてくる。 ──最悪に、いやなおまけだ。 そんなおまけがついてくるのを、薄々でも想像できていたならば、智史が何かする前に止めればいいじゃないかと言われそうだが、それは無理というものだ。 もし、智史が何かを決める前に弘樹に相談してくれるのならば、止めようもある。 だが、智史はいつだって自分がこうすると決めてしまったことを、弘樹に報告するだけなのだ。 しかも質の悪いことに、智史のたてる計画は、聞いた当初は成る程と思えるものばかり。 人生経験の浅い高校生に、そこまで見抜けというのは、どう考えたって酷だろう。 いや、見抜けなくて当然だ。 その証拠に、西村を巻き込んでの今回の作戦は見事に決まった。 つまり、作戦自体は決して悪くないのだ。 ただ、智史の運が悪いだけで。 この作戦、大塚は大いに不満だろうが、それで恋人の身の安全が確保されるのならば、そっちの方が余程いいではないか。 ──大体、お人好しにも程があるっ! 弘樹はこめかみを押さえていない方の手でこぶしを握り締めた。 そう、智史は口こそ悪いが、実は意外とお人好しだ。 西村というカードを自分の身を守る為ではなく、蔵本の為に使ってしまう程に。 しかも、ある意味自分自身を売ってまで。 まだ高校生で、社会の厳しさを知らない弘樹から見たって、智史は会社勤め──というより、人に使われることに向いていない。 朝が苦手なところも、自分のペースを乱されるのが嫌いなところも、納得できる理由がないと頑として退かないところも。 いや、会社勤めができないことはないだろうが、絶対にそれは智史にストレスを与える筈だ。 会社に勤めなければ生活できないのならともかくとして、既にプロの作家である智史に就職など必要ないし、仮に作家でなかったとしても彼にはいくらでも金を稼げる頭脳がある。 その智史が、そんな取引をしてまで、西村を引っ張りだしたのだ。 つまり、本当に狙われる可能性があるということ。 こんなことを、しかも一番危険なのは自分の恋人であると聞かされて、冷静でいられる人間が居るだろうか? 居るはずがない。 当然、弘樹もそうだった。 今すぐ浜矢を殺しに行かずにここに座っている自分を誉めてやりたいくらいに。 智史の言葉に乗せられて、補佐選挙なんかに立候補してしまった自分を殴りつけてやりたいくらいに。 だが、そんなことをしたって、何の解決にも繋がらない。 『俺なら大丈夫。俺の秘密そのいち〜、空手ができるのはホントだし〜』 とかなんとか智史は言うが、問題はそこじゃない。 いや、空手が出来るのならばそれに越したことはないが、何処で習ったと尋ねる弘樹に、しれっとした顔で『通信講座♪』だなんて答える智史の言葉を何処まで真に受けていいものか。 とにかくっ! 空手が出来ても出来なくても、弘樹は智史が心配なのだ。 このままでは、本当に寝不足で倒れてしまうに違いない。 ──考えろ、伊達弘樹。 こめかみを押さえたままで、弘樹は自分を叱咤する。 ──智史の身を確実に守れる方法を。 たとえ、どんな手段を使ったとしても。 ☆ ☆ ☆ 自分を入院させる気かと呆れた口調で呟いた後、そのまま固まってしまった弘樹を見つめ、智史は困惑した。なんつーかこう、弘樹のキャラが違うような気がして。 智史は、弘樹にこの話をするにあたって、その矛先が浜矢か風折か自分かは判らないが、とにかく彼が怒りだすと思っていたのだ。 そんな中で、一番有り得そうに思えたのは、『浜矢っ、今すぐ叩き斬ってくれるっ』とかなんとか、時代劇風に叫んで、だけど手ぶらで弘樹が部屋を飛びだすそうとすることだ。 自惚れとか自慢とかではなく、現実問題として、智史の嫌がることをする人間に対し、弘樹は後先考えず攻撃的なる。 5歳だろうが55歳だろうが年齢を問わずいつだって女性には親切で、更に美人ならば当社比1.5倍で親切度がUPする弘樹が、智史の担当編集者の前田や、霞ヶ丘の久保敦子に対しては、反抗的だったりきつかったりするのはその証明だ。 その弘樹が、こめかみを押さえたまま固まっているだけだなんて、絶対におかしい。 ──もしかして、嵐の前の静けさとか? その考えに至った途端、智史は身震いした。 今ここで、怒りをため込んでいる弘樹が爆発した時。 その矛先が、誰であれ、止めるのは自分しかいないのだ。 ましてや、その相手が自分だったならば。 自分に対して怒っている人間を、自分が止めるのはかなり嫌だ。 だって、間に割って入れない。 ──って訳でもなさそうか。 一度だけ、拳をぎゅっと握り締めはしたものの、智史の目に映る弘樹は、怒りを抑えているというよりは、何かを一生懸命考えているように見える。 もしかすると、もしかして。 ──今から自分が副会長になれる手段はないかとか考えちゃってる? だとしたら、それは困る。 何処で習ったと聞かれ、本当のことを言いたくなかったのと、その場の雰囲気を和ませる為に『通信講座』だなんて嘘くさいことを言った智史ではあるが、しつこいけれど、空手ができるのは本当に本当なのだ。 父に似て頭が良く、母に似て文才と良い運動神経を持ち合わせる智史は、水泳以外のスポーツは全てこなす。 つまり、智史が空手を習った人は空手二段の母親で、習った場所は自宅の庭先。 この辺りに、智史が空手の使い手だということを、今まで黙っていた理由がある。 いくら年上とだはいえ、女性である母親や姉に今まで一度も勝てたことがないという事実は、男の子のプライドを傷つけるのだ。 『通信講座』と『庭先』、どちらで習ったところで、信憑性がイマイチなのは同様だ。 ならば、『通信講座』と言った方が、確実に笑いが取れる分まだましだ。 いや、それはともかく。 多分、自分を守りたいと思ってくれているだろう弘樹の気持ちはありがたい。 だけど、智史だって弘樹を危険にさらしたくはないのだ。 発表こそしてしまっていたが、指名翌日のあの段階だったならば、蔵本に事情を話して副会長を辞任させ、改めて弘樹を指名することは可能だっただろう。 それをしなかったのは、弘樹には他にしてもらわなくちゃならないことがあるからだ。 もし仮に、5年ものブランクがある空手ではどうすることもできなくて、何かが起きてしまったとしても、そんなことくらいで弘樹は自分を捨てたりしないと、信じているからだ。 いくら、弘樹に隠し事はしないと決めたと言っても、そこまで自分の気持ちをさらけ出すのは恥ずかしいし、それこそ、自分のキャラと違っちゃってる気がする。 しかも、言ったところでそれに弘樹が納得してくれるだろうか。 ──つーか、無理だよな。 もし自分が弘樹の立場ならば、『わたしは大丈夫だから』と言われて、はい解りましたと応える筈がない。 風折迅樹じゃないけれど、どんな汚い手を使ったって、弘樹を守ってみせる。 そう思う自分は、弘樹に抱かれているけれど、やっぱり男なのだと思う。 そしてこんな時、守られる立場でいることに甘んじられ、かつそれに幸せを感じられる彼女らがちょっと羨ましく思えるのも事実だ。 しかし、だからと言って智史は女になりたいとは思わない。 何故なら、自分という人間が好きだから。 弘樹が惚れた、神岡智史という男が。 これだけははっきりと言える。 だから── ──考えろ、神岡智史。 指先で自分の膝を叩きながら、智史は頭をフル回転させる。 ──弘樹を安心させる方法を。 たとえ、自由な未来を失ったとしても。 |