DESTINY3 (21)



「この、全っ──く役に立たなかった実績だけはある、発信器でなにができると?」
 あたり前だが、どうやら弘樹はご機嫌が斜めらしい。
 《全く》の部分に溜めとアクセントを置いて発せられた言葉は、いつもにも増して挑戦的な内容だった。
「確かに智史の校章に発信器仕込んで、君がこれを持っていたところで、無いよりましってなくらいなもんだろうね」
 そんな弘樹の発言を受けて風折が言った言葉もまた、その装置の役立たず具合を肯定するものだった。
 そんなんでは、いよいよ、この機械が出てきた意味が解らない。
 もちろん、弘樹と智史もそう思った。
 口を開いたのは、いよいよ機嫌が傾ききったらしい弘樹の方だ。
「だから、それになんの意味があると聞いているんです」
「僕が結論からものを話さないタイプの人間だってことは、君だって良く知ってるでしょう。人の話は最後まで聞きなさい」
 言って、風折は智史に向かって人差し指を突きつけた。
「えっ? 俺?」
 確かに、弘樹と同じことを思ってはいたけれど、反抗的態度をとった張本人ではなく、何故自分が指差されるのか智史には解らない。
 ──もしかすると、俺が神岡智史だから?
 そんなことを自分で考えてしまった智史が、すごく悲しい気分になったところで、風折が再び口を開く。
「そう、君。使いもしない舞台装置なんて発明してないで、その頭脳と小器用さ、自分の身を守るためにつかったらどうなのさ。君ならこの受信装置とパソコンを連動させることくらい簡単に出来るんでしょ」
「はあ、まあ。でも、そんなもの作る位なら、俺のピッチを位置測定した方が早いと思いますが」
 風折が何をしたいのか解らないまま、智史は思ったままを告げる。
「ピッチなんて電源切られたり、取り上げられてその辺に捨てられたらおしまいじゃないの。その点、ピアスに仕込めるミニサイズのこの発信器なら、何処についているかが解りにくい」
「でも、いつかは解りますよね」
 小首を傾げる智史に向かって風折は噛み付いた。
「ああ、もう〜。君、弘樹に振られそうになって頭腐ってんじゃないの。いいかい良く聞きな。僕の考えていることはこう──」
 風折の語った策の内容は以下のようなものだった。
 まず、何かと言っちゃ、誰かに捜されることの多い生徒会長の所在確認を簡単に出来るようにという名目で、OAルームのパソコンから智史の居場所を検索できるようにする。
 最初は面白がって検索してみる生徒も多いだろうが、その内それは飽きられる。
 しかし、智史を狙っている者にとって、これは大変便利なシステムだ。
 智史が一人で出掛けるのを確認してから、OAルームで智史の位置検索をし、メールか何かでその場所を仲間に報告して、生徒会長を襲う機会を狙うことができるからだ。
 例え、一人で出歩いていても、誰かとの待ち合わせだったり、その道筋に人通りが多かったりして空ぶったとしても、同じ事を数回繰り返せばチャンスがあると奴らは判断するだろう。
 もちろん最初の内は、放送局に新生徒会長の密着取材をさせたり、複数の生徒会役員と行動を共にすることによって、そんな機会は一切作らせない。
 そして、相手がイラついて来たところで、こちらがわざと隙を作ってやれば、絶対に敵は食いついてくる。
 少々、危ない橋を渡ることにはなるが、相手が智史に危害を加える証拠が手に入った時点で、待機していた生徒会役員が、智史を助けに入れば万事OK。
 智史に何かすれば、この証拠を世間に公表すると逆に脅しをかけてやれば、今後一切の手出しが出来なくなる。
「──ってな感じでどうさ。万が一の場合に備えて、僕付きの人間の内、2番目に腕が立つのを貸してあげるよ。もちろん、彼の給料は君が払ってね」
「……風折コンツェルンの御曹司のガードを請け負ってるような人の給料、一介の高校生に払える筈がないでしょうが。どうせ、貸すなら只で貸して下さいよ。じゃなかったら、いっそ貸さないで下さい」
 ──成る程、攻撃は最大の防御ってことね。
 風折の提案を聞き、確かにそれならいけると、気持ちに多少の余裕が出てきた智史は、彼に向かって軽口を叩いた。
「何処の世界に銀行口座に2千万も入ってる一介の高校生が居るっていうのさ。まあ、別に只で貸してあげてもいいけどね。智史、こんな格言知らない? 只より……」
「…高いものはない。いえっ、知ってますっ! 迷惑料も含めて、その人の給料の1.5倍風折さんの口座に振り込ませて頂きます」
 どちらかというと、何よりも怖いものならそこにいる(五七調)ってな感じで、ははぁ〜とローテーブルに額を擦りつけている智史の姿を見て、風折は満足げに微笑んだ。
「そう、金で片を付けられることなら、そうするのが一番さ。単なる取引だから後腐れもないしね。コレ、今後のために良く覚えておきな。まあ、覚えるのがちょっとばかり遅かったかもしれないけどね」
「はっ?」
 風折の言葉に、智史はテーブルにふせていた顔を上げ、上目づかいで風折を見つめた。
「だからっ、不用意に人をそんな目で見ない。僕はなんとも思わないけど、それにやられる人間も居るんだから。いい加減にしとかないと、本当に弘樹に振られるよっ」
「はあ?」
 話が見えず、風折と弘樹の顔を交互に見る智史の視線は、彼らにきっぱりと無視された。
「ってな訳だ。君もあんな変な計画考えるくらいなら、力の限り智史を見張ってなさい。一応聞くけど、この期に及んでまだ智史と別れるだなんて言わないよねっ」
 風折の人差し指が、今度は弘樹に突きつけられる。
 その指先からレーザービームでも出てきそうな気がして、反射的に身体を傾けてしまった弘樹だが、慌ててそれをとりつくろうと、風折に向かって頭を下げた。
 きつい風折の言葉は、彼の怒りではなく、きっと自分たちへの忠告だから。
「……先程の失言、お詫び致します。わたしがばかでした」
「解ればいい。君たちがくっつこうと別れようとどうでもいいけど、こんなに躾が悪い奴を僕に押しつけようだなんて二度と思わないで。どうしても押しつけたいならきっちり調教してからにしてよ」
「いや、それは……」
「無理でしょ。無理なら君が一生面倒みなさいよ。これ、先刻の僕に対する失言を許してあげる条件。せいぜい頑張って」
 いつものように、背中を向けて手を振りながら部屋を後にする風折の姿を、珍しくその部屋の持ち主達はありがたい気持ちで見送った。

☆   ☆   ☆

「で、何であんたなんだよ。ってゆーか、あんた、そういう立場の人なら、なんでナンバー2な訳? いっそ、ナンバー1の人が風折さんに付けよっ。意味、解んないじゃんっ!」
「意味が解らないのは、あなたが賢くないからじゃないですか」
 数日後、はい、これがナンバー2と風折が智史の元に送り込んできたのは、初対面の人間ではなかった。
 原田彰彦、25歳。
 この男は、以前涼が誘拐(実際はスカウト)された際に、智史ともめた人間だ。
 別にしょっちゅう顔を合わせているわけでもない──というか殆ど会うことがない──というのに、会うと揉めずにいられないのは、ある意味近親憎悪なのだろうか。
 どんなに少なく見積もったって、俺のIQはお前の1.5倍はあるわっと、智史は原田に食いついた。
「何だとっ!」
「考えてごらんなさい。ボディーガードもできる秘書と、秘書もできるボディーガード。どちらが世の中に居なさそうです。後者でしょ」
「あんたねぇ、全部の人間がそんな言い回しの違いで丸め込まれると思ってたら、その内足下すくわれるよ。そんなの、あんこもちとあんころもちの違いみたいなもんじゃないか。食っちまったら司法解剖でもそれがどっちかなんて解るわけないの。つまり、言い回しの違いなんて、見た目の違いと一緒で、構成要素は一緒だってことだろ」
「あんこもちとあんころもちの違いは司法解剖したら判ると思いますよ。普通、あんころもちには片栗粉使いませんからね。一方あんこもちは、片栗粉無しでは形成できません」
「もちと片栗粉は切っても切れない関係だ。どこからでも紛れ込む要素は……うひゃっ」
 智史が変な声を上げて身を捩ったのは、脇腹を隣に立っていた弘樹に肘でつつかれたからだ。
 ああいえばこういう。
 口が達者な人間に対し、よく使われる言葉だが、そんな人間がふたりで会話をしていると、どんどん話がそれていく。
 そんなふたりの間に挟まれて、今まで口をはさむ隙を見いだせないでいた弘樹が、話の余りのそれ具合に、口ではなく、身体で智史にツッコミを入れたのだ。
 それで、我に返った智史は咳払いをひとつした。
「まあ、もちの話はどうでもいいとして。大体、風折さんが会社を設立しようってこの時期に、あんたにこんなことしてる暇ないんじゃないの?」
「ええ、ありませんよ。だから、迅樹さん、今日学校休んでるでしょ。まあ、私に限らず、迅樹さん付きの人間で、暇な者などひとりも居はしませんけどね」
「それって、つまり、この件に早くカタを付けないと、風折さんの機嫌がどんどん悪くなってくってことかよ」
「まあ、そうでしょうね。それでなくとも西沢くんと会う時間が取りにくいのに、こうなってくると、いよいよ迅樹さん、ストーカーまがいなことをする時間が取れなくなるでしょうからね。怖いですよ〜、西沢くんと会うのを邪魔された時の彼は」
 思わずその時の風折を想像しかけてしまった智史は、急いで首を左右に振ると、その想像を振り払った。
 そんな恐ろしいもの、わざわざ想像したくない。
「ああ、それと、ボディーガードとしての実力は2番手か3番手といったところでしょうが、迅樹さん付きの人間の中では、私が一番給料高いですよ。色々な意味でさっさとカタを付けた方がお互いのためになると思います」
「言われなくてもそうするよっ!」
 智史が叫ぶ様子を彼の横で眺めながら、弘樹は悔しいけれど、智史マスターとしては、自分よりも風折の方が一枚うわ手だな、と感じていた。
 ──頑張れ弘樹、未来の智史マスター目指して。彼らの旅はまだまだ続く(大嘘)──
 と、某アニメ番組のナレーションをパクって締めたいところだが、流石にそうはいくまい。
 ともかく、風折による原田投入で、一気に短期戦にもつれこんだこの件の決着は、作中ではなく、和泉澤の転出入名簿に記されている。
 浜矢和音(はまや・かずね)、3学年進級時に私立緑葉音楽学院附属高等学校へ転出──

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