DESTINY3 (22)



「蒼っ、大変だっ!」
「……和哉、うるさい。そんなに落ち着きないから、彼女が出来ないんだよ君は」
「この状況で落ち着いてられる奴の方が女に退かれるっつーのっ。すなわちお前だっ」
「落ち着いていると女に退かれる状態って、どんな状況だよ。おたおたした方がよっぽど幻滅されそうなもんだけど」
「だから、時と場合によるんだって!」
「なら、今はどんな場合な訳? 和哉、君はそもそも僕にそれを報告しに来たんだろう」
「あっ!」
「あっ! じゃないって。で、何?」
「実は……」
「うん……、うん……、何っ!」
「ほら見ろ、驚いたじゃないか」
「そんなことはどうでもいいよ。……和哉、急いで橘を捜してこい」

☆   ☆   ☆

 目の前で繰り広げられる舞台の練習を見ながら、智史は嫌な顔をしていた。
 神出鬼没な橘信哉役である自分の出番はまだもうちょっと後だ。
 未だ全ての出演者の手に台本が残ることからでも知れるように、今日は初めての立ち稽古だ。
 台本の読み合わせをしている時は、単に朗読を聞いているようなものだったので、さして気になりもしなかったが、それに動きが付くと、不自然さが目についてならない。
 これで、素直に風折が風間役をやってくれていたならば、違和感も少なかったのだろうが、何より弘樹が『僕』だなんて一人称で話しているのが、気持ち悪すぎる。
 普段の弘樹の口調も、地味に偉そうではあるのだが、同じ偉そうでも持つ雰囲気が違うのだ。
 弘樹の場合は、その語り口調に、なんとなく時代劇風な匂いがする。
 『わたし』でも『俺』でもない一人称代名詞を使うのならば、いっそ『拙者』と言ってくれた方が、少なくとも『僕』よりは違和感が少ないだろう。
 ──それにしても、すごい絵だよ。
 智史は小さくため息をついた。
 いくら演技とはいえ、あそこまで躊躇なく風折に向かって命令口調で話せる人間は、多分、弘樹以外にはいないだろう。
 智史が感じている違和感を除けば、このキャスティング──風折以外の人間が風間役をやるのならば──が多分ベストだ。
 はぁ〜、ともう一度ため息をついて、智史は間もなくやってくる自分の出番の為に、パイプ椅子から立ち上がった。
 風間役の弘樹と、修役の大塚が会話しているのを横目に、智史は舞台の上手にスタンバイする。
 そこには、橘を捜しにいくという展開で退場した、和哉──つまり風折──も待機しており、智史に向かって低く呟いた。
「仏頂面してんじゃないよ。コレ、君が書いた脚本だろ」
「確かにそうですけど、まさか……」
 智史が風折に向かって反論しようとした時、丁度彼らの出番がやってきた。
「行くよ」
 と小さく呟いた風折の後ろについて、智史は舞台に上がる。
「蒼、橘、連れてきたぜ」
 初の立ち稽古だというのに、美味い具合に肩で息をする演技をしながら話している風折の台詞が終わったら、いよいよ智史の台詞だ。
 智史は軽く息を吸い込むと、口を開いた。
「風間、殺人事件が起きたというのは本当か?」

☆   ☆   ☆

 いくら、最大の娯楽行事だとはいえ、和泉澤も霞ヶ丘も2ヶ月も先の合同演劇発表会ばかりにかまってはいられない。
 中間・期末テストもあれば、それぞれの学校の行事もある。
 例をあげるなら、霞ヶ丘では11月半ばに芸術科専攻の発表会があり、和泉澤では11月頭に文化祭がある。
 まあ、霞ヶ丘の行事は放っておくことにしても、和泉澤の文化祭は避けては通れない行事だ。
 昔は非公開だった和泉澤の文化祭を、一般に公開するようになったのは今から約20年前、先日ちらりと登場した西村が生徒会を率いている頃だ。
 そして、多かれ少なかれ赤字が出ることの多かった文化祭を、その準備期間を大幅に伸ばすことによって、黒字の出る行事に一転させたのが、前会長の風折迅樹。
 だからして、現在の会長は智史であるが、文化祭企画の殆どの準備を行ったのは、風折生徒会だ。
 2年連続で生徒会長職を勤めた風折は、新生徒会で行われる文化祭の準備期間があまりにも短いのが、どうにも気に入らなかったらしい。
 その短い準備期間の中でも、文化祭を黒字で終えた風折の手腕は大したものではあるが、もちろん不満も残った。
 充分な準備期間があれば、もっと多くの黒字が出せたはずだからだ。
 よって翌年から、風折は文化祭を新生徒会ではなく、文化祭実行委員という名称で旧生徒会が取り仕切るという、反則技を考え出したのだ。
 つまり、代が変わったところで、文化祭は風折の独壇場ってな案配だ。
 そんな中で──いったいいつ頃から何を何処まで狙っていたのかは知らないが──風折が文化祭の余興として計画していたのが、新旧交えた生徒会による舞台発表。
 当初はシェイクスピア作品のパロディを、ウケを狙ったキャストで上演する筈だったその余興は、風折の鶴の一声で、その内容を全く変えた。
 結局、智史が2本も書くはめになった、合同演劇発表会の脚本のウチ、ボツになった推理物の方を使うことになったからだ。
 とはいえ、この件に関しては、風折の主張には一理あった。
 折角脚本もあるし、合同演劇発表会と同じキャストで舞台をやれば、絶対に客が見込める。そして、客が入れば飲み物その他の売上も増える。
 そうなってくると、智史にしても、無理に反対する理由などは全くない。
 全くないから反対はしなかったものの、その心境はやはり複雑だ。
 風折迅樹──よもや、ここまで狙っていたんじゃあるまいな。
 そんな、訝しげな視線で風折を睨みつけながらも、智史の口は淀みなく台詞を暗唱し続ける。
 自分で書いた脚本など、改めて覚えるまでもなく、全部記憶しているからだ。
 他人に指摘されるまでもなく、自分でも思う。
 この頭、もっと有効に活用できないものかと──

☆   ☆   ☆

「流石だね、智史。君は完璧。忙しいだろうから、ある程度こっちの恰好が付くまで、君は練習に出なくていいよ。ってことは智史との絡みが多い弘樹もここにいたってどうしようもないな。じゃあ、ふたりとも上がって。スケジュール空けて欲しい時は、連絡するから」
 いつになく親切な風折の言いぐさに、少々寒気を感じながら、智史と弘樹は講堂を後にした。
 寒気はするものの、生徒会を引き継いだばかりの彼らが忙しいのは事実だ。
 文化祭は風折が仕切ってくれるとはいえ、やらなくてはならないことは、頭が痛くなる位にある。
 ましてや、苦労は最初にしてしまって、後から楽をすることを選ぶ性格の智史は、現在、5つのソフトを同時開発中だ。
 和泉澤学園オリジナルのシェアウェアソフトとしてHPからダウンロードできるようにするつもりだからだ。
 世の中そんなにうまくは行かないだろうが、うまくいったらもうけもん。
 そう思う智史は、ここ最近の経験で、自分が余計な野心を抱かない方が物事がうまく進むということを、ようやく学習できていた。
 そんなこんなで、生徒会室に戻るべく廊下を歩いていた智史は隣を歩く弘樹に向かって口を開いた。
「なあ、風折さん、なんでいきなり機嫌よくなってる訳?」
「お前が知らない風折さん情報を、わたしが知っているはずがないだろうが。後で原田さんに聞いてみたらどうだ」
「絶対やだ」
 そんな会話を交わしていた彼らが、その理由を知るのは、それから2時間後のこととなる。
「今日は遅くなるから、智史と弘樹の部屋で待っててね」と風折が本人達の許可も取らずに告げた相手は西沢涼。
 芸能界デビューする為に、実家に戻っていた彼は、昨夜遅く両親と大喧嘩して、風折の部屋に舞い戻ってきていたのだった。
 成る程な、と全てに納得した反面、智史と弘樹は新たな恐怖を抱く。
 どう考えても、一時的に戻ってきただけな涼が再び風折の部屋を出てゆく時。
 風折に、今度はどんなやつあたりをされてしまうのだろうか、と──

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