DESTINY3 (24)



「迅樹っ、すっげ〜良かったよ。あの劇の中で断然格好いいのって、迅樹のやってた和哉だよな。一番口も悪いけど、最終的に犯人に一番優しかったの和哉だったし。あの一言がなかったら、あの犯人、絶対救われなかったよ。くぅ〜、心に沁みる〜って感じで、俺、思わず泣きそうになったもん。誰がなんと言おうと、主演男優賞は迅樹のものだよ。俺が保証するっ!」
 時は流れて、本日は3日ある和泉澤の文化祭の中日であり、新旧混合生徒会主催の舞台劇が上演される日でもあった。
 緊張しつつも、それぞれがそれぞれの役を何とかこなし、更にはカーテンコールを終えて、その脇に隣接する小部屋に戻った途端、冒頭の台詞と共に風折に向かって飛び付く人間が一人。
 どうやって入り込んだものやら(風折が画策したに決まっているが。原田の存在がそれを証明していた)、舞台を終えたばかりの風折に熱く語り掛ける涼に、周りの人間は思いっきり退きまくっていた。
 それはもう、観客の受けが結構良かった舞台の成功を喜ぶことも忘れる程に。
 この場にいるのが、例え涼が風折の首に飛び付いたとしても、ただ無言になるだけのメンバー(旧生徒会役員(智史と弘樹含む))だけだったのは、風折にとって幸いだったと言えよう。
 なぜって、想い人に抱きつかれて動揺しないでいられる程には、さしもの風折も人間が出来てはいなかったからだ。
 つまり──焦りまくっていたのだ。
 だが、そこは風折。必死に平静を装いながら、やんわりと涼を自分から引きはがしにかかる。
「ちょ…涼。解った、解ったから、ちょっと離れて。血糊ついちゃうから……」
 確かに、最後の最後に犯人の取り出したナイフを素手で受け止めるシーンがあった風折の右手には血糊がべったりとくっついており、涼の服を汚してしまう可能性はあった。
 だが、風折が涼を引き離したい理由が、そんなことではないことを知っている人間が、この場には確実に3名存在した。
「天然ってすごい……」
「ある意味凶悪だな……」
「迅樹さん……なんて不憫な……」
 智史、弘樹、原田の順でぼそりと呟かれた台詞は、幸いなことに風折の耳には届いていなかった。
 普段はよると触ると口論をしている智史と原田であったが、今回に限り、意見はどうやら完全一致しているらしい。
「大体、生徒会主催の舞台は各賞の審査対象外だっつーの」
「例え対象だったとしても、風折さんが主演男優賞を取るのは無理だろう」
「せめて、助演男優賞と言ってくれれば、私も彼のことを……だと思わずにすむんですがね」
 自分の人格に関わるからだろう、原田は『……』で誤魔化したが、その部分に入る言葉など、聞こえなくてもたやすく補完できる。
 智史と弘樹も全く同じ事を思っていたからだ。
「いいよ、血糊ぐらい。俺、迅樹に飛び付く以外に、この感動をどうやって表していいか解んないもん」
 涼の言葉に風折の目が一瞬細められる。
「解んないもんって……。君、感動したら、誰かれかまわずこうやって飛び付くわけ?」
 一応笑顔と軽い口調を保つつも、涼に向かってこう聞いた風折の目は笑っていない。
 というより怖い。
 風折を良く知る者だけが解る、風折の心中。
 彼は、そんな人間が居たならば、一人残らず抹殺してくれるぐらいに思っている。
 涼の返答如何によっては、命までは取られないだろうが、社会的には確実に抹殺される人間が出てくるに違いない。
 そんな、ギャラリー3人組の心中を知ってか知らずか──というか、絶対知っている訳がないが──涼は首を横に振った。
「ううん。だって、俺、今まで身近が人間が演じてるもので、こんなに感動したことないもん。舞台に限らず音楽でも。やっぱ、迅樹ってすごいよっ」
 涼の言葉に風折はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
 こんなにポーカーフェイスのできない風折など、既に風折ではない様な気もするが、ポーカーフェイスが崩れても、やはり彼は風折迅樹であった。
「そりゃどうも。でも一応忠告。僕だからいいけど、君、これ女の子相手にやったら殴られるよ」
 忠告にかこつけて、他のヤツには飛び付くな、と釘を刺す位には。
 だが、風折が風折迅樹である以上に、涼はより西沢涼だった。
「ばかだな迅樹。迅樹だからやってんじゃん。いくら俺だって、こういうことしていい人間と悪い人間の判断くらいつくよ」
 ちょっと自慢気な笑顔と共に、ぬけぬけとこんなことを言いくさる辺りが。
 ──ついてない、ついてない。
 風折が口を開く前に、智史・弘樹・原田の3人は速攻心の中で激しい突っ込みを入れた。
 智史に至っては、口には出ないまでも、その思いが小さく手を横に振るという仕草に出てしまうくらいに。
 これで、涼にその気があるならいざ知らず、そうじゃないなら、風折は確実にこの世の中で彼が一番抱きついてはいけない人間だ。
 その気もないのに期待させる人間というのは、ある意味世界で一番邪悪な人間だと彼らは思う。
 そんな中、智史に向かって『俺達、いたたまれないから出てくから。あとよろしく〜』ってな、ジェスチャーをしてみせたのは、元第2書記の先輩である。
 智史から見ると仕事の手際がいいとは言いかねるが、自分より千倍くらい気のいい彼は、自分の仕事を楽にしてくれた後輩に対して、唯一好意的な態度をとってくれた先輩だ。
 いや、別に他の先輩も攻撃的だったという訳ではなく、智史に対して素っ気ないというだけだったし、その気持ちが解らないでもない──というよりよく解る。
 そんなことを気にしていたって仕方がないと解っているのに、人間というものは、他人に自分の仕事を取られると無性に腹が立つものだからだ。
 だから、「おかげで俺の仕事が楽になったよ。サンキュー神岡」などとにこにこ笑って言える彼を、智史はある意味尊敬している。
 自分もそうなりたいかと言われれば、それはまた微妙で、なろうとしたところで多分出来ないとは思うけれど。
 そんな回想に浸りながら、智史はその先輩に『解りました』と頷いて見せる。
 さっさと逃げ出せる人はいいよな、と思いつつも、後から何で人払いをしなかったと、風折に言いがかりをつけられなくてもすむからだ。
 ならば、智史達も席を外せばいいようなものだが、そこがまた風折の難しいところだ。
「君たちまで居なくなったら『俺、テンション高すぎてみんなを退かせちゃった?』って、涼が気にするでしょっ!」と、これまた台詞まで完璧に想像できる言いかがりつけられることが、解っているのではなくて決まっているからだ。
 そんな彼らの思いをよそに、既にバカップルと呼んでも差し支えないような涼と風折の会話は続く。
「そう、ならいいけど。それにしても、僕の役者ぶり、そんなに決まってた?」
「うんっ! すっげーカッコ良かった。あの場面であんな台詞言える人なんて普通いないよ。なんてったって、『あんたの気持ちは間違っていない。間違っていたのはその手段だけだ』だぜ。口調はキツかったけど、すごく和哉の思いやりが伝わってきた。あんな台詞言えるなんて、すげーよ迅樹」
 ──っていうか、その脚本書いたの俺なんですけど……
 という智史の突っ込みは、一生日の目を見ることがなく、その胸の中にしまい込まれた。
 ここまで来たら、何をどう言ったって、涼が次から次へと風折がサイコーである理由を考え出すことが解りきっていたからだ。
 たとえ、それがどんなに無茶苦茶な理論であろうとも。
 しかも、風折が素直に「ありがとう」だなんて、礼を言っているのだから、突っ込むだけばからしいというものだ。
 というより、既に彼らの会話にヒットポイントを吸い取られて突っ込む気力もないというのが正解だろうか。
「なんというか……」
「これで、別に特別な意味で迅樹さんを好きじゃないってところが……」
「涼の凄いところだよな……」
 弘樹、原田、智史の順で語尾にやたらと『……』をくっつけた会話成立。
 そして、本人達は与り知らぬことではあるけれど、彼らが次に心の中で呟いた言葉は、完全に一致していた。
 西沢涼。ある意味、最強──

☆   ☆   ☆

 興奮し続ける涼を風折がなんとかなだめて、控え室を出た時には、舞台終了から既に20分が経過していた。
 生徒会役員の配慮もあってか、その間智史や風折が呼び出されることはなかったが、流石に前生徒会長(文化祭実行委員長)・現生徒会長・現生徒会長補佐と『会長』と名の付くものが3人とも行方不明であるのは問題があったらしく、15分が過ぎた時点で、弘樹は校内放送で文化祭本部へと呼びつけられていた。
 涼と共に校内の展示をまわるという風折と別れて、智史が本部へ向かおうとした時、前生徒会長は現生徒会長に視線だけでえげつない脅しをかけてきた。
『涼がこれだけ期待してるんだ。無い賞作ってでも、僕に何か賞を取らせなかったら、後でどうなるか解ってるだろうね』
 その視線を受けて、智史も視線だけで反論する。
『そんなこと言ったって、生徒会の劇は、審査対象外じゃないですか』
『そこを何とかするのが、生徒会長の君の役目だろう』
『そんな役目、聞いたことありませんよ』
『聞いたことがなくてもやるのっ!』
『……解りました。なんとかしますよ』
 苦々しい表情で智史が頷くと、風折は満足気な表情を浮かべて、涼と共に廊下を右に曲がった。
 はぁ、とため息を一つついて、廊下を曲がらずに階段を上りだした智史に、現在の仕事が彼の背後をついてまわることな原田は告げた。
「理事長特別賞ってところはどうですか。迅樹さんのおかげで、私も彼とは懇意にさせて貰っています。なんなら私が交渉しますよ」
 普段は険悪なふたりであるが、涼に振り回される風折に振り回されるという共通点を持つ原田は、流石に智史に同情したらしく、悲運な現生徒会長に向かって、こんな提案をしてみせた。
 そんな原田に、今回ばかりはさしもの智史も噛み付くことはせず、彼の申し出にゆっくりと首を横に振った。
「いや、そのアイディアだけ貰うわ。流石に生徒会長特別賞じゃヤラセくさすぎるなって考えてたところだし。交渉くらいは自分でするさ」
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「……いや、なんというか、あの人も結構食えない人ですから」
「ああ、それなら大丈夫だ。そもそも食う気がないから。駄目なら駄目で他の手を考えるし」
「そんな冗談言っている場合じゃないでしょう。それに、他にどんな手があるって言うんですか。大丈夫、大丈夫って、あなたの大丈夫はちっとも信用できませんよ」
「大丈夫じゃなくても、困るのはあんたじゃないだろーが」
「いいえ。迅樹さんに不機嫌になられて一番困るのは私です」
「困ればいいじゃん。言っとくけど、風折さんに不機嫌になられて一番酷い被害に遭うのは俺なんだ。切羽詰まった俺が本気を出して丸め込めない人間なんて風折さん以外に居ないんだよっ! 例え、それが理事長であってもな。ごちゃごちゃ言わないで黙って見てろよ」
 と吐き捨てる智史に、少々見下し気味な視線を流し、原田は告げた。
「そこまで言うなら、お手並み拝見致しましょう」
 そして──
 これでもか、と言わんばかりに嘘と真実を織り交ぜて、智史が理事長をくどき落としたのは、それから僅か12分30秒後のことになる。
 その巧みな交渉術に原田が智史のことをちょっとだけ見直したというのは、どうでもいい話。
 どうでも良くないのは、翌日の表彰式で、風折が理事長特別賞の他に、一般公開に訪れた客のアンケートで決められるオーディエンス賞をダブル受賞したこと。
 つまり、智史の努力はまったくの無駄になったのである。
 そんでもって、更に残念なお知らせがもう一つ。
 涼が風折を褒めちぎった例の舞台は、秘かに智史が主役であったのである。
 神岡智史。どこまでも主役に向いていない少年である──

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