DESTINY3 (30)



「……つまらん──というか暇だぁぁぁ〜〜〜っ」
 智史は抱きしめていたクッションを床の上に放り出しベッドの上でジタバタした。
 仮にもBL系の登場人物ならば、一人でジタバタせずに、相手が居るときにやってくれってな感じだろうが、そこはまあ、神岡智史がやることだ。IQのみならず、オイシイ仕草の無駄遣いも得意だということでご了承頂きたい。
 というか、肝心のその相手がこの場にいないのだから、絡みようもないのだが……
「なんでこんなに暇なんだ……」
 ひとりきり暴れた後に、枕に顔を埋めて呟かれた智史の言葉は、幸いなことに誰も耳にすることはなかった。
 仮に、これが担当編集者や他の生徒会役員に聞こえていたならば、彼はどえらい勢いで逆ねじを食わされたことは確実だ。
 28章の冒頭部分の記述など既に忘れてしまった方も多いだろうが、そこをなんとか思い出して欲しい。
 そう、現在の智史はどちらかというと──いや、確実に──やることがてんこ盛りでちっとも暇ではない筈なのだ。
 それなのに、ああそれなのに、それなのに──
 最近の智史が自室していることといったら、寝てるかぼやいているか暴れているかのどれかである。
 いや、その他にも、風呂に入ったり、トイレに行ったり、歯を磨いたり、テレビのスイッチを入れたり、息をしたり──はしている。
 だがそれらは、一般的に『習慣』だとか『生理現象』と呼ばれるものだから、していることとしての勘定には入らないだろう。
「つーか、なんであの人に天罰が下らない訳〜?」
 再び枕に智史の呟きが埋まる。
 だが、そんな言葉を呟きながらも、智史は世の中なんて、結構そんなもんだということを知っている。
 だからこそ、憎まれっ子世にはばかるだなんて諺が存在している訳だし。
 それに、もし仮にこの場に神様がいたならば、「いくらわしじゃって、あんな奴に関わりとうはない」とか言いそうだ。
 神をも恐れぬ上に神にも恐れられる男、風折迅樹。
 ──ああ、あんたってそーゆーキャラだよね。
 心の中で吐き捨てると、智史はやおら起きあがり、拳を握り締めた。
「こうなったらもう、毒でも盛ってみるか……」
 智史の呟きは、今が秋ならば毒きのこ、春ならばトリカブトを採りに出掛ける程度には、本気だった。
 いやいや、それよりも自分で開発した方が足がつかないだろうか……といった智史の思考は、頭上から振ってきた声に遮られた。
「忠告しとくけど、僕に毒薬は効かないよ」

☆   ☆   ☆

 子供の頃から死なない程度にあらゆる毒物をとり続けされられているから、僕には毒物に対する耐性がある──
 だなんて、あんたはいつの時代の王子様やねんっ、と突っ込みたくなるような、面白い嘘を風折はついた。
 そう、智史の寝室に当たり前のように乱入してきたのは、現在弘樹から部屋の鍵を取り上げて、ここに自由に出入りできるようになっている風折迅樹だ。
 ここ10日あまり、風折は『おしおき』と称して、弘樹を智史から引き離し、常に自分の側に置いていた。
 つまり、今、弘樹は風折の部屋に、ほとんど家政夫状態で同居しているのだ。
 今回、風折が智史ではなく弘樹を自分の部屋に来させたのは、それなりに理由がある。
 その方が、智史がより孤独感を味わうだろうし、自分が遅くなる日は、弘樹に涼の世話を押しつけられるからだ。
 現在、会社設立の準備に奔走する風折は、そのために、放課後のみならず時には早引きしてまで多くの時間を割かなくてはならないことが多かった。
 そもそもは涼のために設立しようとした会社なのに、当の本人は既に別会社からデビューすることが決定しており、風折の目論見は水の泡。
 しかしながら、既に動き出しているものを止める訳にもいかず、そのせいで涼と過ごす時間が削られる。
 風折にしては、らしくなさすぎる本末転倒ぶりであるが、そこは風折、転んでも只ではおきない。
 脅威の一石二鳥ぶりである。
 とはいえ、近い将来自分の側を離れていくだろう涼と少しでも長い時間一緒にいたい風折は、出来うる限り自分で想い人の面倒を見ている。
 それに、着々と涼の餌付けがうまくいきつつある今、自分の作った物以外を出来れば食わせたくはないというの理由もあった。
 もっというなら、自分が作った料理以外を涼が誉めているのを間近で聞くのは、あまり──というか、すごく面白くない。
 よって、風折と弘樹の調理担当比率は、今のところ2:1の割合である。
 とまあ、そんな風折ではあるが、今の彼には涼に関することとか涼に関することとか涼に関することとかの他に、珍しくちょっと面白くないことがあった。
 基本的にはどうでもいいし、仕方がないことだと思わないでもないし、こんなことで気分を悪くするのは大人気ないとも思うのだが、面白くないものは面白くない。
 ましてや、それを無意識にされているだけに、なんとなくムカつく。
 今、風折が地味に不満をかんじていること──
 それは、神岡智史に行動に関するであった。

☆   ☆   ☆

 そもそも、神岡智史という奴は徹底的に自己管理のなっていない人間だった。
 いや、普段はそれなりの生活をそれなりにやってのけるのだが、一度なにかに集中してしまうと、途端に他のことが煩わしくなるタイプなのだ。
 興味のある文献があれば、何時間でも飽きることなく、それだけを読み続けたり、乗っていれば寝ないで小説を書き続けたり、お気に入りのRPGが発売されたら、それをクリアするまで1日2時間睡眠を続けるだとか……。
 とはいえ、智史にとって睡眠時間が少ないことは、そう大きな問題ではない。
 いよいよ限界になると、電池が切れたようにバッタリと寝に入り、そうなったら最後、30時間は目覚めないからだ。
 問題なのは、そんな時の智史が寝ることのみならず、食うことさえも忘れがちになることである。
 単なる睡眠不足でぶっ倒れるならいつか目覚めるだろうが、それに栄養不足が加わると、悪くすれば寝たまま餓死しかねない。
 幸いなことに、未だ餓死したことはない(生きてるんだから当たり前)智史だが、栄養不足による貧血で倒れたことは両手の指では足りないくらいある。
 弘樹と同居するようになってからは、彼が見張っているので倒れるようなことになることはなかったが、風折は、かつて2度程、智史がぶっ倒れるのを目撃したことがある。
 だから、おしおきを開始してから3日ほど経った時、智史が食事を全く取っていないことにすぐ気付いた。
 どうやら、今の智史は別に何かに集中している訳ではない──いや、ある意味弘樹に気持ちが集中しているとも言えるが──何をするのも煩わしいらしい。
 さしもの風折も、こんなことで後輩に死なれては寝覚めが悪い。
 よって、ここ10日ばかり、自分のところの夕食の余りを持って、智史の部屋を訪問するのが風折の日課となっていた。

☆   ☆   ☆

「ばかげてる……」
 風折が智史の部屋に出向いていた丁度その頃。
 弘樹は食器を洗いながら、低い声でぼそりと呟いた。
 おしおきだか嫌がらせだか謀略だかは知らないが、ただ智史と自分を一定期間引き離したいのならば、何も白取清花を使い、弘樹の唇を奪う必要はない。
 例え、白取清花と伊達弘樹がキスをしていた、という噂を流すためだとしても。
 いや、風折の目的が、弘樹に事実無根ではないため強い否定を出来なくすることと、そんな彼の態度がより効果的に智史にストレスを与えることだというのは解っている。
 まあ、今までが今までだ。
 智史が風折が持ち込んだ写真を見て、本気で弘樹の浮気を疑うことはないだろうが、決していい気分もしないだろう。
 これだけでも、充分大した嫌がらせ状態なのに、更に、風折の部屋に同居するだなんて、ある意味拷問に近いと弘樹は思う。
 本人達にはちっともそんなつもりはないらしいが、端から見ていれば浴槽一杯分くらい砂を吐きたくなるようなラヴラヴっぷりを見せつけられるくらいなら、合同演劇発表会までの間、第2寮で寮監の神父と寝食を共にしろと言われた方がまだマシだろう。
「涼、おいしい?」
「うんっ(激しく首を上下にふりながら)。やっぱ、迅樹の料理ってサイコーだよな〜♪」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
 だとか、
「迅樹、俺、アレどこに置いたっけ?」
「アレ? ああ、涼が先刻読んでた漫画なら、そこのクッションの下にあると思うよ」
「えっ? 俺、そんなところに置いた?」
「いいから、見てごらん」
「あっ、ほんとだ。さすが迅樹、俺の行動よく解ってるじゃん」
「まあね。君のすることは全部見てるし」
 だなんて会話を延々と続くのだ。
 そりゃあ、ストレスが溜まって具合も悪くなるというものである。
 交わす会話は甘くないが、れっきとした恋人同士の弘樹と智史。
 恋人同士じゃないけれど、会話はベタ甘な風折と涼。
 どちらが幸せなのかは、大変微妙なところだが、他人に迷惑なのは確実に後者であろう。
 そんなことを考えていて、胃がキリキリしてきた弘樹は、ここ1週間ばかりで手放せなくなった胃薬を、今夜もミネラルウォーターで飲み下した。

☆   ☆   ☆

「もういいの?」
 我ながら絶妙の塩加減でいい出来だと思うクリームシチューを2口ばかり食べた後、スプーンでグルグルと皿の中身をかき混ぜ続ける智史を見て、風折は問いかけた。
「…………」
「ったく、返事ぐらいしたらどうなのさ。まあいい、僕は帰るから、気が向いたら食べときな。じゃあね」
 自分がダイニングキッチンを出た途端、カチャンと智史がスプーンを放り投げる音がして、風折は顔をしかめた。
 昨日の夜はきちんと食事をとっていたし、人間1日2日食べなくたって死にやしないから、風折は別に智史の健康が心配で表情を曇らせた訳ではない。
 予想がついていたとはいえ、智史の舌が自分の作ったものをキッパリと拒否したからだ。
 智史は、風折が持ってきた食事に、殆ど手をつけない時と、美味そうに完食する時がある。
 そんなことを数回繰り返し、風折がつかんだパターンはこうだ。
 弘樹が夕食を作った時──食べる。
 風折が夕食を作った時──食べない。
 最初はささやかな仕返しにわざとやっているのかと思ったが、どうやらそうではないらしいことが、後日の実験で判明した。
 それぞれの味付けの好みというか癖みたいなものや、レパートリーの関係で、どちらの作ったものかを判断しているのだろうと考えた風折が、一度、自分のレシピで弘樹に料理を作らせたことがある。
 一切のアレンジを封じるために、自分も隣に立ちながら。
 そして、その日の食事に智史が手をつけなければ、「それ、弘樹が作った料理だったんだけどね」と、嫌みったらしく言ってやろうと思っていた風折は、逆に自分がショックを受ける羽目になった。
 絶対に弘樹のレシピにはないと思われる、子羊のカツレツと卵とほうれん草のココットだなんてメニューを選択したにもかかわらず、智史がその料理をきちんと完食したからだ。
 単なる偶然だったのか?
 と首を傾げつつ、今度は弘樹のレシピで自分が料理してみたり、それぞれが担当を決めて料理したりと、様々なパターンを組み合わせて見たが、全て結果は同じだった。
 ある意味ものすごく愛がある智史の無意識な行動に、風折はやれやれとため息をついた。
 愛情表現は、もっと本人に解りやすい形でやってやれと。
 互いが互いに当てられ、気分が悪い。
 そんな思わぬ弊害に見舞われている、今回のおしおき期間は、気付けばを後3日を残すところになっていた──

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