DESTINY3 (32)



「風折先輩、もう勘弁して下さいよ〜」
「何、情けないこと言ってるの。ここまできたら、あと1日が我慢出来ない訳がないでしょ」
 ってな具合に冒頭から交わされている会話は、このシリーズではよく見かけるやりとりではあるが、今回泣きを入れているのは、神岡智史ではなかった。
 風折の命を受けて、現在智史の下で働いている生徒会役員の中で、あみだくじに負けてしまった可哀想な書記の一人、天然パーマでパソコンおたく、「基本ですね♪」が口癖で、趣味はプロレス観戦の飯島くん(1年C組)である。
「いや、そうじゃなくって、もう俺達が我慢するしないの問題じゃないですよ、アレは。神岡さん、中庭で伊達さんと話してた白取さんに何したと思います?」
 そして、さっさと話せばいいことを、いちいちクイズ形式にするのは、彼のあまり誉められたものではない悪癖だ。
「何って、何ができるっての? 君たちが揃って智史を取り囲んで弘樹の3m以内に近づけないようにしてるんだろ。精々聞くに堪えない言葉で彼女を罵るぐらいのもんだろう。智史の人間性が他人にどう思われようと僕の知ったこっちゃないよ」
 こういう場合、聞きたい素振りを見せると飯島がいよいよ話をもったいぶることが解っているので──実際あまり興味もなかったし──風折は素っ気ない返答をしてみせた。
「いや、アレ、人間性がどーのって問題じゃないですよ。下手すると──いや、下手をしなくても、和泉澤の生徒会長から犯罪者が出ますって」
「だから?」
「だからって……。風折先輩、いいんですか? 和泉澤から犯罪者が出ても」
「出ないよ」
 智史が何をしたのかを聞きもしないで、そう断言する風折に、飯島は目を見開いた。
 どうでもいいが、弘樹と公認カップルであるにもかかわらず、智史と風折の関係を疑う噂が思い出したように飛び出すのは、前生徒会長のこんな発言に理由がある。
 それは単に、智史が常に理屈や計算で動いているから、風折にとって行動が読みやすいというだけなのだが、端から見れば、何故かそこに深〜い相互理解があるように感じられるという訳だ。
 そんなこんなで、いつぞや大塚(お忘れでしょうが、風折に屋上から絶叫告白をした後、まんまと智史の仕掛けた罠にはまって同級生とラヴラヴカップルになったかと思いきや、余りに度が過ぎたので現在は恋人を別室に隔離されてしまっている本末転倒な人です)も言っていたような、『伊達・神岡偽装カップル説』を思い起こしながら飯島は風折に向かって尋ねた。
「何で、そう言い切れるんです」
「智史は失敗しないことか、失敗しても逃げ道が確保できていることしか行動に起こさないからさ」
「でも……」
「でも、なんなの? この僕が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なの」
「大丈夫って……そんな訳ないじゃないですかっ! だって、神岡さん、2階の渡り廊下から白取さんに向かってダーツ投げたんですよ。10mも離れてるのに」
「外さない自信があったんだろ」
「まさか、あの距離からそんなことできる訳ないでしょ。事実、そのダーツの矢、白取さんの髪の毛かすめて後ろの木に刺さったんですよ」
「でも、結果的には、白取さん本人には当たらなかったんでしょ」
「そういう問題じゃないですよっ!」
「そういう問題さ。それよりも、どっちかっていうと、僕は、どうして君たちがそんな智史の行動を止められなかったかの方に興味があるね」
「……普通止められませんって」
「普通は止められないことを止めるのが君たちの役目な筈だ。それに忠告はしてあっただろう」
 風折に言われて飯島は言葉に詰まった。
 確かに、忠告はされていたのだ。
 智史が悪態をついてる内は本気で怒ってはいない。本当に怖いのはそのよく動く口を噤んだ時だと。
 とはいえ、15分ごとにチッと舌打ちをされたり、ことあるごとに、ムカツク〜とか、何で俺ばっかりとか、お前らばっかじゃねーのとか、てめーらまとめて事故で死ねと呟かれたり、あげくの果てに、ガッコのPC全部に絶対駆除できないウィルス仕込んでやるとか、冬休みになったら実家に通販でエロ本送りつけてやるだとか、生徒会室の湯沸かしポットに下剤入れてやるとか、具体的なことまで口にし出した智史は、飯島他の生徒会役員から見れば、充分本気で怒っているように見えた。
 実際、飯島はコーヒーを飲み終えた直後に、これなーんだ? と錠剤の入った小瓶を目の前で振られてマジで血の気がひいた。
 結果的にはその小瓶の中身は単なるビタミン剤だった訳だが、智史の言いたかったのは仕込もうと思えばいつでも下剤(何なら毒薬でもいいけど)を仕込めるぞ、と脅しをかけられているのも同じだったからだ。
 そんな風に、とばっちりのとばっちりを受け続けていた彼らにしてみれば、鼻歌なんか歌って一見ご機嫌に見える智史の変化を表面どおりに受け取めたくもなる。
 それに時期が時期だった。合同演劇発表会場が明後日に迫り、ゴールが見えてきたから心の余裕が生まれたんだな、と、彼らがすんなり納得してしまうタイミングで智史はキレのだ。
 まさか彼らがそう思うことまで計算済みだったとは思えないが、気のゆるみからガードが緩くなったのは事実。
 まさかいきなりそこから飛び降りるとは思えないけれど、万が一のために今までは絶対に利用しなかった2階の渡り廊下を通って生徒会室に向かうことに同意してしまったのが悪かった。
 2・3・4階の渡り廊下の内、壁で囲われていないのは2階のものだけで、冬場と雨の日に利用する者は殆ど居ないが、智史が自分の教室から生徒会室に行くにはそのルートを使うのが一番早いからだ。
 そして、そこからよく見える場所で、弘樹と白取清花が立ち話をしていたのも、彼らにとって運が悪かったとしか言いようがない。
 それを見て立ち止まった智史は、別段表情を変えるでもなく、ティッシュでも取り出すような何気ない仕草で制服のポケットに手を突っ込んだかと思うと、慎重に狙いを定めることもせずに(そんなことをしていたら、見ている方ももちろん止めるが)いきなりダーツの矢を投げつけたのだ。
 そして、周りの人間がぽかんと口を開けている間に、何事もなかったように再び歩き出したのだから、止めるも止めないもあったもんじゃない。
 しかしながら、風折が忠告をくれていたのは事実だし、これ以上は食い下がれそうもない。でも、このまま帰ったら他の生徒会役員につるし上げをくらうのは確実。
 現在の飯島の心境は、1匹だけどヤマタノオロチに立ち向かうか、ヤマタノオロチじゃないけれど8匹の大蛇に立ち向かうか、どっちにします? と究極の選択をさせられているいるに近しいものがある。
 もちろん、飯島の答えは決まっている。
 ──どっちも嫌ぁぁぁ〜。
 だが、究極の選択というのはどちらかを選ばなくてはならないから、究極の選択なのだ。
 ──ああ、ヤシオリの酒が欲しい。別にアメノムラクモの剣はいらないけど……
 そんなことを考えて、飯島が究極の選択を先延ばしにしていた時、天から神の声──じゃなくって、頭上から風折の声が降ってきた。
「まっ、忠告したところで、キレた智史を君たちにどうにか出来るとは思っていなかったけどね」
 この言葉に、飯島は視線を床から上げて風折の顔に移した。
「え?」
「解ったかい? 面倒を避けたかったら、こういう風に先手を打っておくもんさ。逃げたきゃ「言っておいた筈だ」の一言で逃げられるようにね。まあ、逃げる気もないけど」
「なら…」
「どうして忠告したかって? あみだくじだかじゃんけんだか黒ヒゲ危機一髪か知らないけど、とにかくなにかの勝負に負けた可哀想な後輩へのプレゼントさ。風折流面倒回避講座ってとこかな。報告ご苦労様、もう行っていいよ」
「行っていいって……」
「君たちの仕事はここでおしまいだって言ってるの。ここからは僕の仕事さ」
 そう言って瞳をキラリと輝かせる風折に、本当なら最初から最後まであんたの仕事でしょうがっ! と、つっこむ勇気どころか、そんなことを思いつく勇気さえも飯島にはなかった。
 そんな風折に突っ込みを入れられたり、口には出さないまでも、心の中では散々っぱら風折に悪態をつくことができる智史は、あれでいて結構冷静で根性の座った男なのである。

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