これってどうよ?(5)
先日の件がきっかけで、柴田はやたらと村上の家族と行動を共にすることが多くなった。 キャンプも海も遊園地にもあげくには今日は焼き肉だからという訳の解らない理由で誘われまくり、夏休みも終盤に至る。 それは多分、自宅が酒屋を営む柴田が漏らした、家族と旅行に行った記憶がないという言葉に、村上の妻が同情した結果。 村上が言い出している訳ではなく、彼女の方から自分を誘うように言っているらしいことを柴田は感じ取っていた。 もちろん、可哀想な目で見るようなことはなく、達弥と遊んでくれると私たちが楽だから、と柴田が誘いを受けやすい状況を作ってだ。 まあ、半分くらいはそれが本音なのも確かだろうが。 子供の体力というのは、本当に果てしなくて、現役高校生の柴田でさえ、1日達弥の相手をすると、夕方にはぐったりしてしまう程だ。 将来の選択肢の一つに、保育士を入れておこうか。 柴田が結構本気でそんなことを考え始めたある日のこと。 お盆ラッシュをずらし、村上の妻は息子の達弥を連れて田舎に墓参り(おせぇよ)──という名称の上げ膳据え膳生活──に向かった。 最初の予定では村上も同行する予定だったのだが、現実問題としてそんなことをしたところで、誰一人得はしない。 村上にとって妻の実家はやはり気詰まりだし、瑞恵にしたって夫の前でゴロゴロしていると、親が口うるさくなる。 だったら、祐介くん(瑞恵と達弥は既に柴田を祐介と呼んでいる)と釣りに行きなさいよ。 と、村上を置き去りにするだけならまだしも、都合も聞かずに柴田の予定までをも勝手に決める有様。 勝手だと思うならば、断ればいいようなものだが、私の留守中この人が浮気しないように祐介くんが見張ってて、という言葉と共に、1万円札を無理矢理握らされてしまっては、それもできない。 どうやら、旦那付きで実家に帰るのはウザいが、先日の村上の失敗による浮気疑惑が微妙に引っ掛かっているというのが、今回の瑞恵の強引な行動の理由のらしい。 なーんて、無理矢理面倒を押しつけられたポーズをとっている割には、柴田は村上と時間を共にするのが好きだ。 足があるから、普段は行けないような場所にも釣りに行けるし、年が離れている割に、村上と柴田は話が合う。 趣味が同じであることが、その一番の理由ではあるものの、それだけではない。 興味のあるもの、不快に思うこと、黙っていたい時と話したい時のタイミング、それが奇妙にシンクロしているのだ。 こういう相手のとの会話はストレスが溜まらないから楽しい。 その楽しさは、村上が時折、目の前の相手が自分の半分ほどの年齢だということを忘れてしまう程で。 そして、元々自分が柴田を家族に引き合わせた理由さえをも忘れてしまう程でもあった── ☆ ☆ ☆ ってな訳で、朝こっぱやくから、山中湖にバス釣りへと向かう村上の車の中で彼らが交わしている会話はこんな感じだ。「あっ、そうだ。聞いてくれよ柴田」 「先刻から聞いてるじゃん。何を改めて聞けって言う訳?」 「瑞恵だよ。あいつ、昨日、何やらかしやがったと思う?」 「知らねーよ。携帯電話のメモリでも削除された? 先生、疑われてるし」 「それは、そもそもお前が……いや、これは逆恨みだな。そんなんじゃなくてさ〜。はぁ〜」 「ため息つくと幸せが逃げるんだってさ」 「そうは言うけど、ため息くらいつきたくなるぞ。まあ、聞け」 「だから、聞いてるって」 「一昨日さぁ、俺がリビングでコーヒー飲んでたら、隣に座ってTV見てた瑞恵がいきなり無言で立ち上がって電話をかけ始める訳。TVショッピングで紹介されてたダイヤモンド3点セットってのを注文してるってことはすぐに解った。恐ろしいのはその後だよ。受話器を置いたかと思うと、にっこり笑って『よろしく♪』だってさ。これってどうよ?」 「どうよもなにも……笑うしかないんじゃないの? 大体高校生がそんな話題振られて、どう答えようがあるってゆーの」 「確かに答えようがないわな。高校生に限らず、俺だって誰かにこんな話振られたら、コメントしようがないし。ただ、何だかなぁ〜」 「だから笑っとけって。ただし、顔は引きつらせてっていうのが基本かな」 「どんな基本だよ。ったく、人ごとだと思いやがって。煙草吸ってもいいか?」 「どうぞ。つーか、イチイチ断らなくてもいーよ。今更、副流煙だけ毛嫌いしたところでどーなるもんでもないし」 「おいおい、何だか聞き捨てならない台詞だな」 「余計な仕事をしたくないなら、捨てておいた方が得だぜ、先生」 「ははっ、もっともだな。じゃあ、そうしておくか」 「俺が言うのもなんだけど、先生っていい加減だよな」 「失礼な、合理的だと言え」 「合理的ねぇ。物は言いようって、正にこういうことを言うんですね。いやぁ〜勉強になりましたよ、先生」 「ちっ、感じの悪い奴だな」 「いえいえ、感じの悪さでは先生にかないませんよ」 お前らは悪代官と越後谷か。 他人が盗み聞いていたなら、そんな突っ込みをしたくなるであろう会話の流れである。 全く、仲がいいんだか、悪いんだか── ☆ ☆ ☆ 「あっれ〜。孝久じゃん」釣果が今ひとつだった、バス釣りの帰り。 釣具屋を冷やかしていた村上と柴田が店を出た途端、生物教師に声がかかる。しかも、女性の声で。 「! 淑子? 淑子かよ。いやぁ〜偶然。お前やっぱり、まだ前田なの?」 村上が振り返ると、そこには大学時代の女友達の姿。 彼女は美人で気さくで胸もデカいが、何故か彼氏と長続きしないという不思議な女性だ。 かく言う村上も、一時期彼女と親しく付き合っていたことがある。 別れた理由は未だによくわからない。 あれは、ある日の日曜のデート中。 駄目ぇ〜、『はなる』が呼んでる〜っ。 という謎の言葉を残して彼女は村上の前から走り去ったのだ。 もちろん『はなる』が『花×流』であり、彼女が駆けつけたのがイベント会場であるということなど、村上には過去も未来も現在も知る由がない。 「やっぱりって何よ。いきなり嫌なこと聞くわね。生憎と、未だ前田のままよ。君こそ、結婚したって聞いたけど、奥さんに愛のポエムを贈ったりしてる訳?」 「くわぁ〜、それを言うか。俺にも教師としての体裁があるんだから、勘弁してくれよ」 「ああ、そういえば和泉澤にいるんだって?」 「……相変わらずスゲーな、お前の情報網。どっから、そんなこと聞いてくるんだよ」 「ニュースソースと体重は秘密にするもんよ。ところで彼は?」 前田は、村上の横に呆然と佇む柴田を視線で示して訪ねた。 「ああ、俺の生徒。つーか、今の身分は釣り仲間」 「ってことは、和泉澤の生徒なの? あたし、和泉澤の生徒って超インドア派しかいないのかと思ってた」 「そんな訳あるか。まあ、ある意味当たっちゃいるけどな」 「いいなぁ〜。可愛い男の子。釣りって高校生も釣れるんだ」 「釣れねーよ。お前、いくら男っ気がないからって、高校生にまで過剰反応すんなよ。可哀想に、怖がってるじゃないかよ。俺の生徒なんだから食うなよ」 冗談めかした口調と共に、村上は柴田を背中に隠した。 「やめてよ、そんなことしたら、あたしが本気でその子狙ってると思われるじゃない。大丈夫よ、あたしの最近の好みは老い先短い大金持ちだから」 台詞の前半は村上に、後半は柴田に対して向けられたものだ。 微妙に冗談になっていない前田の言葉に、柴田は村上の後ろで顔を引きつらせた。 「それ、お前が言うと冗談に聞こえないから、やめておけ。しかも、未来を夢見る高校生に言う台詞じゃねぇよ」 「失礼ね。愛があれば年の差なんて関係ないのよ」 「……愛があればな」 村上が呟いた言葉は、前田の耳を素通りしたにすぎなかったが、柴田を吹き出させることには成功した。 斯くして。 この毒舌3人組は、居酒屋の小上がり席に、その会話の場所を移すことなる。 村上が酒を買いに行った店に柴田が居たこと。 村上が当直の時に柴田が蜂の巣を見つけたこと。 村上と泊まった民宿で柴田が限界を超えて深酒をしてしまったこと。 村上が柴田を連れている時に前田とばったり会ったこと。 村上の妻子が明後日まで不在であること。 この全てが偶然だ。 しかし── 偶然もこれだけ重なると、それは運命と名を変えるのである── |