2. DISTURBED
「風折先輩、文化祭の企画出来てきましたけど、どうします?」 「どうします? って、聞く前にどうするか少しは自分で考えてみたの。僕にああしてこうしてって言われ中や何も出来ないって言うんなら生徒会役員くびにするよ」 手にしていた書類に視線を落としたまま、風折迅樹(かざおりとしき)は冷たく言った。彼は先程他校の生徒が噂話をしていた、和泉澤の大層な生徒会長である。 「ええっ、だって、俺、これ、そんな……」 「冗談だよ。そこ置いといて」 冗談だと言いつつも、風折は小さくため息をついた。指示されなければ何もしない下っ端役員なんて、居ない方がましなくらいだ。しかし、下っ端だからこそ、一般生徒に近いところに居るわけで、あまりきつくあたる訳にもいかない。有能で評判のいいという肩書きはこんなところで窮屈だ。 「風折さんっ、大変です!」 叫び声と共に、ガラッと生徒会室の引き戸が開き、書記の神岡智史(かみおかさとし)が飛び込んでくる姿を認め、風折は眉をしかめた。下っ端じゃない役員が落ち着きがないのでは話にならない。 「騒がしいよ智史。全く、16にもなって落ち着きが無いんだから」 「この状況で落ち着いていたりしたら、後で風折さんに殺されますよ」 どうやら、この神岡智史は慌てていても憎まれ口だけは叩けるという特技を有しているらしかった。 「どんな状況なんだかね」 「涼が派手な女に誘拐されたそうです」 バサリと音がして、風折が手にしていた書類が床に散らばる。 「ゆう…かい」 彼の茫然自失な呟きは、生徒会室に低く響き渡った。 ☆ ☆ ☆ 「東山君、詳しく状況の説明して」神岡、それに神岡と同室の伊達弘樹(だてこうき)、更に涼のバンドのメンバー東山秀人(ひがしやまひでと)を加え、彼らは風折の部屋に集結していた。 「いえ、実は俺が直接目撃した訳じゃないんですよ。涼のクラスメイトが校門近くでオロオロしてる処に出くわして、事情聞いたら誘拐だって言ってたんですよ。でも、あいつんち商店街の魚屋なんですよね。子供じゃなくて高校生を誘拐するからには、それなりの家庭じゃないとメリットがないと思うし、白昼堂々、校門前でっていうのが納得いかないんですよ」 東山が首を傾げながら、もっともな意見と共に風折に告げた。 「確かに。で、その目撃者はどうしたの」 「ええ、もしかしたら、こちらに関わることかなって判断したんで、俺らが企画したサプライズパーティーだってことにして、自宅に帰しました」 「君の英断に感謝するよ。……東山君、涼がここに住んでいることを知っている人間って、バンドのメンバー以外に居るの?」 風折は、しばし唸った後、東山に今までの話とはまるで関係ないと思われる質問を投げかけた。 「居ない筈ですけどね。だいたい、もし涼がここに入るのを見た奴がいたとしても、遊びに来てると思うんじゃないですかね」 「だから、知っている奴はいないかと聞いているんだよ。もし、知ってる奴がいるのなら、涼の誘拐には必然性が出てくるからね」 「なるほど、身代金を風折さんちに要求するってことですか」 神岡が頷きながら納得した声をあげた。 「そう。でも知っている奴がいないとなるとなあ。多分、僕の方から漏れた情報だね、これは。最初から涼に眼をつけて、僕にたどり着く人間がいるとは思えないけど、逆はありえる話だからね」 腕組みをしながら少々思案した後、風折は意を決したように神岡に問いかけた。 「智史、君の処の電話貸してくれる? まさかとはおもうけど、盗聴器の存在を考慮したい。原田に連絡を取る」 「どうぞ、ついでに場所もうちに移しましょう。そういう可能性があるんでしたらね」 ちなみに原田とは、風折のアンドレ(影の側近)であり、セバスチャンとはちょっと違う。……関係ないか。 ☆ ☆ ☆ 「今の時点で、自宅の方に身代金の要求及び、その他、西沢くんの身柄拘束についての連絡は入ってきておりません。おそらく、そのような連絡が入るとしたら、こちらの方でしょう。迅樹さんには自室で待機していただきます。東山さんは西沢くんが連れ去られる瞬間を目撃した方に連絡を取って下さい。で、そこのふたり、このことは他言無用ですよ」到着した途端、原田に現場の一切をしきられ、神岡の顔にムッとした表情が浮かぶ。 ──突然出てきてこのでかい態度はなんだ。人んちのリビングで人をその他大勢扱いしやがって。こいつ、許さん!── 以上が、神岡の頭の中を一瞬にして駆けめぐった、情けない決意の一部始終である。 役に立つことから立たないことまで全部ひっくるめてメモリーされた膨大な知識を蘊蓄(うんちく)という形でひけらかし、その場を仕切るのは、神岡的にはいつでも彼の役目ではならないのだ。もちろん、相手が風折でなければという条件付きではあるが。 その知識と、ある程度のことは何でもできる小器用さが災いして、彼がやっかい毎に巻き込まれることも多いのだが、彼はまだそのことに気付いていない。 「漏らしちゃいけないような情報なら、俺んちで話さなきゃいいでしょーが。まっ、情報と呼べるものは何ひとつありませんでしたけどね」 「君、今がどんな状況か解っているのか。これは誘拐なんだよ」 あからさまに挑発的な神岡の台詞は、原田にも相手が敵であることを認識させた。人間、自分に敵意を持っている者には敏感である。 「まだ決まった訳じゃない」 「目撃者がいるっ!」 「まだ、状況が不鮮明だから、その目撃者を呼ぶんじゃないの?」 「確認作業だ!」 「黙れっ! ふたり共。原田っ、高校生相手にむきになるんじゃない、お前の悪い癖だ。智史、君も可愛くないね。涼が誘拐されたかもしれないっていうのに、よくも、そんなに冷静沈着に原田のあげ足とりを……。お前らがゴチャゴチャやってる間に涼の身に何かあってみろっ! 僕は、ほんっとーに君たちを殺すからねっ!」 こぶしを小刻みに震わせながら発せられた風折の台詞は、その場にいた全員の背筋を凍り付かせるのに充分なものだった。 「原田、このレーダーを持って都内を回れ。涼のピアスには発信器が仕込んであるから、半径10キロ以内に近づけば反応がある。智史と弘樹、君たちは僕の代わりに部屋で待機。電話があったら弘樹、君が出て、君の方が僕に話し方が似ている。録音を忘れるな。僕はこの部屋で今後の計画を考える。いいねっ、解ったら各自行動開始っ、急げ!」 格が違うとは正にこのこと。原田に命令された時はカチンときた神岡だが、風折の指示には身体が動く。 奇しくもこの出来事は、風折の統率力を改めて周りの人間に認識させた。 |