8. UNREASONABLE
「杉崎さん! 俺、やると決めたからには作詞もやってみたいんです! やらせて下さい! お願いしますっ!」 ── おいおいおいおい、俺に無茶な要求する人間は工藤ひとりで間に合ってるっつーの! ってな感情の下に、杉崎は絶叫したい衝動にかられた。辛うじてそれを思いとどまったのは、年上の人間としての最後のプライドであろう。 「……否、その気になってくれたのは、ひじょーに嬉しいんだが……。『俺、ちょっと無茶なこと言っちゃってんなー、今更あとには引けないし、杉崎さんがやめとけって言ってくれないかなぁ〜』なんて思って……くれてはいないみたいだな」 涼の真剣な眼差しを確認し、妙なポーズを取りながら一時停止していた杉崎は、しばし視線を泳がせた後に頭をガリガリと掻きむしりながら言った。 涼が工藤に連絡を取った数日後、都内某所のスタジオの一角で、彼らの初めてのデート……基い、打ち合わせが行われていた。 「んじゃ、今まで書いた歌詞の中で良いと思うものを持って来てみろ。工藤と相談する」 「はいっ」 「た・だ・し、期待はするな。工藤はあれでもプロだからな、情けはかけないぞ。ああ、それに丁度いいから、試しにこれに歌詞乗せてみろ」 話しながらポンッと涼に向かった杉崎はカセットテープを放り投げた。 「何ですか? これ」 「話の流れから少しは推察しろよ。俺が作った曲が入っているテープに決まってるだろう」 「じゃあ、俺がこれに歌詞乗っけてもいいんですね」 「だ〜か〜ら〜、試しにだって言ってんだろうがよ。まあ、お前さんに作詞の才能があるんなら、それにこしたことはないけどな」 「というと」 はぁ〜、と大きなため息をついた後、杉崎は堰(せき)を切ったようにまくしたて始めた。 「お願いだから、少しは考えてから質問しろ。アイドルでも無い限り、最近出てくる二人組のバンドっていうのは大抵片方が作詞、もう一方が作曲っていうのがほとんどだろうが。じゃなかったら、有名人がプロデュースしてるだとか。つまりは実力派か企画物(杉崎、それはちょっと言い過ぎ)かってことだけど、少なくてもどちらかを『売り』にしなけりゃ芸能界でやっていける訳ないだろう。俺達に実行できる可能性があるのは前者の方だけだろうが。まあ、そんな気はつい先刻までなかったけどな」 「へぇ〜。あっ、そういえば迅樹も似たようなこと言ってたっけ。プロもアマチュアもそういう処は大して違いがないんですね」 杉崎の言葉の内容を理解しているのか否か、涼はのんきな声をあげた。 「何だよ。お前らのバンド、誰かプロデュースしてくれてる奴でも居たっていうのか?」 「そういう訳じゃないんだけど、この間の学祭、俺が作詞できる状況じゃなかったんで、神崎智美さんに頼んだんですよ。俺が出来ない以上、話題性ってものが必要だからって」 何でもないことの様に、あっさり発せられた涼の言葉に、杉崎は本来切れ長の眼を丸くすることになった。 「神崎智美? どっかで聞いたことあるな……って、おいっ、そいつ確かプロの作家じゃねーか。なるほど、彼女が作詞したんで、最後の曲だけ歌詞の作風が違った訳か」 「ハハ……、彼女ですか。ところで、俺が言うのも何ですけど、何で杉崎さんが少女小説の作家なんて知ってるんです?」 「工藤の愛読書なんだよ。自分が気にいった本を他人に無理矢理貸すのは、あいつの悪い癖だ」 苦笑いしながら杉崎は言った。工藤を批判するような彼の台詞の中に、彼女への愛情らしきものを感じるのは、涼の子供っぽい恋愛観の見せる幻だろうか? 「なんか意外な感じですね。工藤さんって思い切り現実的なキャラクターなのに」 「多分、自分にないものを小説で補っているんだろうな。ほら、人間年をくうほど、若い奴が良くなるのと同じ原理だよ」 ギャハハ……、とハモってスタジオ内に響いていた二人の笑い声の片方が、突然ドサッという音と共に途絶えた。どこからともなく現れた(入口からに決まっているが)工藤のラリアートが、杉崎に見事に決まったからだ。 「変なたとえ方してんじゃないわよ! 聞いてりゃ、好き放題言ってくれちゃって」 「ゴホッ、ゴホッ。……工藤、お前、手加減しろよ」 「手加減したから、生きてるんでしょうが」 「……」 ふたりに存在を忘れさられている涼は、無言で彼らを見つめていた。理由は簡単、怖かったからだ。 「だいたいお前、なんでいっつも半端に遅れて来るんだよ! 5分や10分遅れる位なら、なんで時間どおりに来られないんだ」 「時間どおりに来られる位なら遅れないわよ!」 当たり前である。 「それより西沢くん!」 「はいっ」 工藤の声に涼はビクッと身をすくめた。 「神崎智美は使えるわよ」 「えっ?」 展開の早さについていけない涼を後目に、工藤はベラベラと話し続けた。 「だって、彼女の読者って、あたしがつかまえたいファン層と年齢が一致してるもの。彼女の読者の一部でもゲットできりゃ儲け物よ。西沢くんが作った歌詞の中に混じってそんなに違和感がなかったってことは、杉崎の曲に乗せても違和感は無いはずよ、系統が一緒だもの。変に作詞家に依頼するより、高校生のヴォーカルに高校生の作詞家っていう若さを強調した方が、絶対ウリになるわ!」 「……若くない俺はどうすりゃいいんだよ」 「いいのよ、あなたは杉崎陸なんだから」 「……」 こうなったらもう工藤の独壇場である。誰のどんな意見も受け付ける気のない無敵モードだ。 「西沢くん、神崎智美の連絡先は?」 「……言えないことになってます。ここで彼女の機嫌を損ねるのはまずいでしょう」 「う〜ん。そうね、所属の出版社に連絡とるわ。善は急げ、それじゃ」 月光仮面の如く現れ去っていった工藤の行動に、しばらく放心していた二人だが、涼が思い出した様に情けない声をあげた。 「杉崎さ〜ん。俺の立場は〜?」 「現状維持、だな。取りあえず」 「はっ?」 「先刻言った通りだよ。作詞の期限は一週間。その前に今までの作品と、神崎智美が書いたっていう歌詞、持って来て欲しい。後の交渉は工藤が勝手にやるだろうよ。疲れたから、今日は解散」 一見、やる気のなさそうな杉崎の態度だが、実は工藤にどつかれた首がシクシク痛んで、打ち合わせどころではなかったのである。 ……お気の毒様。
「りょお〜、あいつ〜。恩を仇で返すとは、正にこういうことを言うんだぞ。どの面下げて、あんな恥ずかしい歌詞、世間様にさらせるって言うんだよ!」 神岡智史こと、神崎智美は激怒してた。理由は言わずと知れよう。 「智史、落ち着け、なあ、冷静になるんだ。100円均一で買った皿は先刻ので最後だ。それは高い」 コンビニの袋に入れた口を結んだ皿を、両手で振り上げ今にも床に叩き付けようとしている神岡を、後ろから伊達が羽交い締めにする。 神岡は先程から持って行き場のない怒りを、100円均一の皿にぶつけていた。が、後片づけの手間を考慮してコンビニ袋を使用している処に少々の余裕を感じられないこともない。 「ぐっ……」 「考えてみろ、悪いのは皿じゃなくて涼だ。安いのならまだしも、高い皿まで割ってたら、お前が損するだけだぞ」 「ちくしょ〜、俺が何したって言うんだよ! 何の罰だよ。何の刑なんだよ!」 「そういう台詞はマレーシアの密林に放り出された時にでも言え」 「……弘樹、お前ね、少しは俺を慰めようとかは思わないのか?」 ガクリと肩の力を落とし、ため息と共に神岡は伊達に向かって問いかけた。 「慰めてるじゃないか、これで不満だと言うなら身体で慰めてやろうか?」 冗談めかした口調とは裏腹に、伊達の瞳の中に本気の色を感じ取った神岡は、大急ぎで前言を撤回した。 「いえ、充分です。親切な弘樹様にあんな口きいてすみませんでした。もう皿は壊しません」 「解ればよろしい」 頷きながら返答した伊達の表情に、何やら残念そうなもの感じられたような気がしたのは、多分、神岡の被害妄想のせいだけではないだろう。 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピ〜ンポ〜ン。 「……このタイミング」 「やっぱ、あの人だよな〜、どうする弘樹?」 「居留守は通じんだろう。はいっ」 そそくさと玄関に向かった伊達を、神岡はため息と共に見送った。 「邪魔するよ。ねえ、君たち、もしかして涼の悪口言ってなかった?」 ズカズカと部屋に入って来たかと思うと、風折は開口一番こう言った。 風折迅樹の千里眼、恐るべし。 「なんでそう思うんです?」 「勘」 神岡の問いかけに、風折は腰が砕けるような返答をよこした。 「風折さん、まさか、それを確かめるためだけに、ここに来たんですか?」 「まさか。例の話、もう君の耳にも入っているんだろう。この処、涼の様子がちょっと変だったんで、問いただしたんだ。僕も聞いてびっくり、って感じだったけど、君もたいがい荒れてたみたいだね」 ダイニングテーブルの上にまとめて置いてあった、皿の残骸入りのコンビニ袋に視線を一瞬移し、再び神岡に戻した後に風折は言った。 「荒れもしますよ。しかし、風折さん、あなたって人は、よくもまあ、毎回俺をやっかいごとに巻き込んでくれますよね」 「今回の件に関しては僕も被害者だよ。学校祭のステージで涼がスカウトされるなんて、誰にも予想できるもんか」 不本意きわまりないという表情で、風折はサマージャケットの内ポケットからマルボロを取り出し、イライラとふかし始めた。 「で、その諸悪の根元はどこに行ってるんです?」 涼しげな青いガラスの灰皿と共に、アイスティーを差し出しながら、伊達は風折に向かって問いかけた。 「なんだよ、その言い方。あれは涼が悪いって訳でもないんだからね。取りあえず、涼は実家に帰してある。こうなった以上、いつまでも僕の処に居る訳にもいかないだろう」 「今更、俺のところに作詞の打診が来るのは、間違いなく涼のせいですけどね」 「どうせ断るんだろう。ガタガタ言うんじゃない!」 嫌味たっぷり、といった口調で発せられた神岡の台詞を鋭い視線で牽制した後、風折は吐き捨てた。 「まあ、そう……で…す、けど」 神岡の台詞が徐々に怪しくなり、ドサッとソファに倒れ込む。 「えっ? さと…し」 「電池切れです」 2本目の煙草に火を点ける処だった風折は、くわえていたそれを、ポトリと床に落とした。 「はっ?」 「智史は今日(休日の彼にとって)真夜中と言っても過言ではない、8時に起こされたんです。逆上したら最後、誰にも止められない女編集者に、例の件で。つい先刻までは怒りが眠気を凌駕していたみたいですが、限界が来たようです」 淡々と説明し続ける伊達の言葉が、却って風折の怒りを増殖させる。 「……つくづくおめでたいよ、君たちは! 帰る!」 バタンと大きな音を立てて、風折が玄関のドアを閉めたのを確認した後、彼らはウインクを投げ交わした。 このふたりが共謀すると、天下の風折とて騙されてしまうことが、時にはあるのである。 |